シーカー達の苦悩、その5~暗躍その5~
「・・・『もしシーカー達がアルネリア教会との交渉に応じない場合、現王族は全て抹殺したうえで、自分を救出して長老に指名する事。その代償として、シーカーの一族はアルネリア教に忠誠を誓いましょう』・・・これは、クーデターを示唆する内容ではないですか」
梔子が書簡を読んで驚いた。もしフェンナがオルバストフ達の説得に失敗した場合、フェンナはシーカー達を見捨てる覚悟でいたのだ。その代償として、一生彼女はシーカー達に恨まれることになるだろう。その非難をも一身に引き受ける覚悟で、彼女はこの書簡を書いたのだった。
その手紙を見て、ミリアザールはにやりと笑った。
「よいではないか。なかなかの気概の持ち主がシーカー達にもおる。それならば多少はあの一族も信用できようというもの。ワシにとっては収穫だよ。もちろん、最終的には事が全て終わったら自分は自決して約束はなかったことに、とでもするつもりじゃったのだろうな」
そう語るミリアザールは実に楽しそうだ。
「何かを成す時にはこのくらいの覚悟が必要だ。大戦期に比べ、最近ではどいつもこいつも腑抜けたものよと思っていたが、中々どうして」
「あるいは、そこまでせねばならないほどの危機感を、ということでしょうか?」
「梓の報告も合わせれば、そうかもしれんな。あるいは大草原の状況が、我々が思っているよりはるかに酷いのか」
ミリアザールは窓際に歩いていき、見えるはずもない大草原の状況に思いを馳せた。かの地に魔王が大量発生している事は彼女とて既に知っており、その様子を探索させるため、口無し達を何人か既に放っていた。早ければ、数日で一次報告が届くだろう。その報告を待ちわびるミリアザールだった。
***
そしてフェンナの助言の元、シーカー達は一路アルネリアに向かう。ミリアザールからの返事は早く、さらに思ったよりもはるかに色良い返事が来たため、書簡を書いた当のフェンナでさえ少し調子が狂ったぐらいだった。
だがその報告を聞いて訝しげな顔をしたのは、オルバストフとその息子達くらいのもので、他のシーカー達はとりあえず行き先が決まったことに安堵しているようだった。
その安直な思考と態度にフェンナは辟易したが、これから少しでも良い方向に彼らを導けるはずだと、今は納得することにした。
さらに、聖都アルネリアに向かう途中の事。カザスはアルフィリース達の元にいるニアに会うため、単身馬を飛ばして集団を離れて行った。フェンナはそうするわけにはいかないし、正直カザスがいなくなると自分が一人になるような気がしたので彼には傍にいて欲しかったのだが、同時に彼の気持ちも切に理解できるので、何も言わず笑顔で彼を送り出した。
カザスとてフェンナの寂寥感に気付いていなかったわけではないだろうが、ニアへの思慕の情は彼が思う以上に強かった。少なくとも、はかなげなフェンナの元を単身離れることができるくらいには。
カザスがシーカー達から離れて数日後。彼女達を出迎えたのは、ラファティ率いる神殿騎士団の一部隊。そこにはジェイクの姿もあったのだが、そのことに気が付く者はシーカー達の中にいようはずもない。ラファティの方針でジェイクは今回の任務に狩りだされたのだが、これがジェイクの聖騎士見習いとしての初任務だった。といっても、何かを彼が行うわけではなかったのだが、ジェイクもそれなりに緊張していたのは事実である。
やがてラファティがシーカー達を伴い、彼らはアルネリアの余った土地に彼ら専用の居住区を設け、そこに住まわせることになった。当然都市の住人には事情を説明済みであるものの、これからしばらくの間、聖都アルネリアには騒然とした日々が続くのだった。
そんな落ち着かない夜を過ごす聖都アルネリアの夜の街で、影がいくつかゆらめく。
「落ち合う場所はここかしら?」
「そのはずだ」
シーカーの男女が二人、暗闇に明りも灯さず佇む。ここは定められたシーカー達の居住区の一画。シーカー達はとりあえず設けられた居住区に案内されると、貸し出されたテントを設営してすぐにむさぼるように眠りを喰らった。逃亡に逃亡を重ねたシーカー達の体力は、とうに限界を迎えていたのである。この場所がたとえ人間の都市の中だろうと、居住区の外周を聖騎士団がぐるりと取り囲んでいようと、魔王どもに追われるよりはよほどマシな場所だった。
そして居住区全体が静寂に包まれる頃、そっとテントを抜け出す者が二人いたのだ。周囲を護衛する聖騎士団も、センサーでもって中の様子まで伺いはしない。また、センサー防止の結界くらいはシーカーとて張っている。
「それにしても、これほど早くアルネリアの中に潜入することになるとはね。途中で人間達と揉める暇すらなかった」
「思ったよりシーカー達は優秀ね。いえ、あのフェンナとかいうシーカーの力なのかもしれない」
「会議の様子を?」
「ええ、私の分身が潜入していたから」
奇妙な事に、男の口から女の声が発せられた。そう、彼らはシーカーに姿を変えた姫とマスカレイドである。シーカー達の中にまんまと忍びこむことに成功した彼らは、そのまま聖都アルネリアにまで潜入しているのだった。
「それでユーウェインとかいうのは、どのような格好をしているのかな、姫?」
「さあ? 私だって知らないわ。案外呼んだら出てくるかもね」
男が女のように手を口に当てて、ほほほ、と笑う。どうにも奇妙な光景で、いくばくかの嫌悪感をマスカレイドは覚えざるを得なかった。またその仕草だけではなく、姫ことカラミティにライフレスすら嫌悪感を露わにした理由が、何日か会話をする中でマスカレイドにはよくわかった。
確かにカラミティの声や仕草は蠱惑的だ。男の姿ですらそうなのだから、本体である美女が出てきたらさぞかし抗いがたい魅力を持つのだろうことは、女のマスカレイドでもよくわかる。だが、それでも嫌悪感の方がはるかに上回る。最初はその理由がなぜかわからなかったマスカレイドだが、それなりに顔を突き合わせるうち、今では徐々にわかるようになってきた。
カラミティの他人に対する態度は、まさに家畜に対する態度と同様だった。彼女には信頼も、生物としての情の交わし合いも存在しない。彼女にとって自分が最高、自分が全て。自分と同格たりえる存在など、世界のどこにもいないと本気で思っている。
さらに人が交わすべき情がないからか、喰うか喰われるか、その様な原始的な選択を常に突きつけられているような気分にさせられるのだ。もっと簡単に言えば、落ち着かないと言ってもいい。マスカレイドとて自分がまっとうな生き物だとは微塵も思っていないが、それでも隣にいる女がふとしたきっかけで自分を笑いながら殺すのだろうという事をありありと理解できるような状況を、好むはずもない。そしてもっとも嫌なのは、そのような事をカラミティが態度の節々に出しながら、マスカレイドが嫌な思いをするのを楽しんでいることがはっきりとわかることだった。そして、マスカレイドがその事に不満を漏らした瞬間、マスカレイドはカラミティに襲われて死ぬだろうということも。
仕事とはいえ、まるで虫かごの中でつつかれ続けるような状況に、マスカレイドは徐々に精神的に摩耗していた。だが、それもまたカラミティを楽しませているのだ。まるで、柔らかいが決して切れない蜘蛛の糸で全身を締め上げられるかのような感覚にマスカレイドは陥っていた。
そんな時、不意に背後から声がかかる。
「カラミティ殿、マスカレイド殿ですね?」
マスカレイドは驚いて振り返ったが、カラミティは想像していたのか悠然と対応する。
「どこだ?」
「姿は見えないけど、貴方がユーウェインかしら?」
「はい。マドモアゼルよりお話を承っております」
「マドモアゼル・・・ブラディマリアね?」
カラミティの言葉に沈黙が流れたが、それは肯定の証なのか。そして闇から不意に影が人の形に立ち上がる。最初は目を凝らしてその姿を確認しようとした二人だが、どう目を暗闇に慣らそうとしても姿は見えない。ほどなくして、本当に影が立っているだけだということに、二人は気がついた。奇妙な生物だ。あるいは何らかの魔術なのか。
そのユーウェインを面白そうにカラミティが眺め、口火を切る。
「さて。無事に私達はこの都市へ潜入を果たしたのだけれども、何をしたらいいのかしら?」
「それは私もまだ何とも。ですが、サイレンスの手の者も既にアルネリアに入っております」
「サイレンスの」
カラミティが感心したように頷く。
「彼も働き者ね」
「そちらの方は既に動いているとか。当面は彼の動きをサポートする形になると思います」
「我々が人間とシーカーと争いの火種を作る話はよいのか」
マスカレイドが尋ねる。
「それも時期を待たねばならないでしょう」
「ふむ、長期戦になりそうだな」
「退屈ねぇ。まあ私の本体は別に忙しくしているからいいけど?」
カラミティがくすくすと笑う。
「一つ言っておくけど、私が乗り移れる個体にも限度があるわ。こちらにはさほど力を裂いていないし、同時に動かせるのはあと10体くらいだと思って頂戴。それに、私が乗り移るにも相性があるの。失敗すれば、その個体は死ぬわ。現にシーカー達も、10人試して3人しか乗り移れなかったし」
「思ったより不便ですね」
「仕方ないでしょう? 完全無欠で制限のかからない便利な能力なんて、そうそうないのよ。もっとも私の力は汎用性も高いし、自分ではかなり気に入っているけどね」
「他人の中に虫を植え付けるのがか?」
思わずマスカレイドが吐き気を催すように聞き返す。その彼女に、マスカレイドは男の姿のまま笑顔で返した。
「ええ、中々いいものよ? 乗り移られる方もまんざらでないみたい。中には気持ちよくなって、お漏らししちゃう人もいるんだから」
「・・・もういい」
マスカレイドは心底聞き返した事を後悔した。マスカレイドから視線を外して、ユーウェインの方を見る。
「では、すぐにどうするということはないのだな?」
「はい。私はこの都市と外の出入りも比較的自由に行えるので、何かあれば連絡をいたします」
「では連絡方法を決めておこうか」
そうして三人は一通りの打ち合わせをすると、ユーウェインは再び闇に姿を消した。残されたマスカレイドとカラミティも、自分のテントに戻ろうとする。が、
「マスカレイドは、私の事を嫌いなのかしら?」
「は?」
唐突に、カラミティが問いかける。そしてマスカレイドは思わず足を止めてしまう。止めてからしまったと思ったマスカレイドだが、もう遅い。
カラミティが後ろからマスカレイドに抱きつくようにのしかかり、服の中に手を入れ、乳房を強引に掴み上げる。
続く
次回投稿は6/1(水)7:00です。