大戦の始まり、その32~南部戦線③~
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「では、トラガスロンとしては戦争を起こすつもりはなかったとおっしゃるのか?」
「は、はい」
ファイファーはクルムスとトラガスロンの国境沿いの砦で小休止を取ったあと、宣戦布告とクルムス、クライア両国の正当性を主張した文章をトラガスロン側の砦と本国に送り付け、それから戦争を開始した。
トラガスロン側の砦は多少攻め寄せるとあっさりと陥落し、抵抗らしい抵抗も受けなかった。そして2つ目、3つ目の砦もあっさりと白旗を上げ、順調さに訝しんだファイファーが罠を疑う頃、トラガスロン王からの使者がファイファーの元に出向いて反抗の意思がないことを伝えた。
その使者はいかにも怯えた様子で、どうして戦争になったのかということを不満と言い訳を交えながら、つらつらと述べ立てた。汗を拭きながら取り繕うその様子があまりにも憐れで、これが演技だとしたら大した役者だと思うファイファー。
「そこまで非がないとおっしゃるのなら、なぜ貴国は3万もの軍を率いてクルムス側に攻め寄せたのか?」
「それは、将軍数名が勝手に兵士を動かしたのです。出兵に関してはなんら協議すらされておらず、我々としても寝耳に水のことでして。戦端が開かれてから、クルムスの抗議文で戦の存在を知ったような始末にございます」
「ではなぜ王命で軍を引き揚げさせないのか」
「その命令も既に三度発行しておりますが、軍が命令を受け付けません。完全に暴走している状態としか言えないのです。どうすべきかと思案している時に、クルムス、クライア連合軍が攻めて来るとの布告があったので、慌てて私どもが出向いた次第でして」
筋は通っていなくもない。だがファイファーは徹底的にこの使者を問い詰めてみることにした。
「だが貴国は常々、自分たちの軍を動かしてクルムスやクライアの国境を脅かしていたな? 我々の国とて成立から現在に至るまであまり褒められたものではないかもしれぬが、そなたらの言はその我々からしても信用できぬ」
「お言葉ごもっともにございます。ですが、その戦争すら進言したのは現在暴走している将軍たち。国内の主戦派は少なく、一部将兵に強硬策を主張する者がいた次第にございます。不思議と、その時は戦争をする方がよいような気分になっておりましたが、冷静に戻ってみればトラガスロンに利はなく、いたずらに資源を消耗したばかり。まして合従軍を興して魔物を討伐しようというこの時期に、どうして他国に戦争を仕掛けるような非人道的なことをいたしましょう」
「では現在の王や宰相、その他文官は、戦争には反対と申すのだな?」
「もちろんにございます」
へりくだった使者に対し、ファイファーはやや無理難題を突きつけた。
「では我々が首都にまで出向くので、それまでの砦全てに白旗を上げさせろ。そのまま首都で我々は王とその側近たちと会談を行う。これらの要求が通らぬ場合、敵意ありとみなして途中までの砦、町などは全て焼き払う。同時に再三反乱軍に撤退命令を出せ。我々の軍が首都に迫っているため、転進するように伝えるのだ!」
「な、なんと。それだけのことをするのには私どもの権限ではできかね――」
「くどいぞ、使者殿!」
ダン、とファイファーがテーブルを叩き、怒りの形相で立ち上がる。その剣幕に、使者は後ろにひっくり返ってしまった。
「ひえっ!」
「ならば色よき返事が届くまで、我々は進撃を止めぬ。それが嫌なら死ぬ気で首都まで馬を飛ばして王から返事をもらって来るがいい! それまでに出た死者には、貴様が詫びるのだな!」
「は、ははぁ! かしこまりましてございます!」
「3日待ってやる。それ以上は待てぬ!」
それだけを声高に告げると、使者はまろび出て馬を走らせて首都の方に駆け去っていった。その様子を見た副官のオズドバが、さも困ったような顔をした。
「ファイファー様も意地悪でございますな。首都まで往復で20日はかかりましょう。それまで待てぬのですか?」
「オズドバこそ何を言う? 仮に遠征軍が本当にトラガスロンの命運をどうでもよいと思っているとしたら、我々が首都に攻め寄せても転進せぬ可能性もあるのだ。そうなれば戦局は全く変わってしまうではないか」
「それはそうですが」
「万一のことを考え、首都陥落もしくは一時休戦とし、我々が遠征軍側に転進する。そうすれば挟み撃ちも成立するだろうが、今のままで遠征軍の動き次第では各個撃破される可能性もある。敵地で孤立するほど恐ろしいこともない。辺境伯である貴様なら、ある程度の心得はあるだろうが」
「それにしても強引だとは思いませぬか」
「アルフィリースの強引さに比べれば、可愛いものよ」
「それは確かに」
ファイファーの冗談めかした言葉には、オズドバも頷かざるをえなかった。今回の大陸平和会議ではそれほど話す時間も取れなかったが、アルフィリースはファイファーの立場が上がったことをちゃんと知っていて、祝辞を述べに出向いていた。
その際に、これから戦争となったとしても対外的には強引かつ冷徹な将軍と思われておいた方がよいことをアルフィリースは提案していた。それこそ、ファイファーが王になるまでは、と言い添えて。
そろそろ態度を軟化させようかと考えていたファイファーだったので、その指摘には驚いたが、結果的に上手くいっている。女傭兵如きの掌の上で踊る気はファイファーにもないが、有用な助言を聞き入れるだけの度量はなくしたくないと思っているファイファーだった。
続く
次回投稿は、1/11(火)24:00です。