大戦の始まり、その31~南部戦線②~
そしてその夜、レイファンは天幕に同行していたグルーザルドの獣将たちを集めて会議を開いた。
「相手はこちらの想定通りの動きを見せています。良くも悪くも、それ以上ではありませんでした。問題なく殲滅できると確信しています」
穏やかな夜の天幕で、明かりに照らされる小王女の柔らかい笑み。それがこれほど恐ろしいとは、獣将たちは誰しも考えたことがなかった。
あの日ドライアンと謁見し、どこか頼りなかった小王女は、今や大人になるに従い傑物へと変貌しようとしている。人間の成長はかくも早いものかと、宰相のロンはひくつく口元を悟られぬように、扇子で口元を無意識に隠していた。
「では小王女。トラガスロンの遠征軍が撤退する背後を、半数の手勢で追撃すればよろしいか?」
「そのことですが、全軍で当たって頂くことはできますか?」
「ぜ、全軍?」
レイファンの提案に、さしものロンも思わず意表を突かれた。驚きを隠せない獣将たちに向けて、レイファンが説明した。
「貴国の護衛はいかがいたします? 失礼ですが、クルムス全軍でも3000少々。ドリストル王国連合軍がこちらに進行してきたら――」
「ドリストル王国連合軍の動きはこちらで掴んでいます。彼らは順調にグランバレーを陥落させましたが、すでにグランバレーはもぬけの空だったとのこと。冬なのに、物資も食料も何も残っていなかったそうですよ」
「もぬけの空? なぜそうなった?」
「そこまでの情報はありませんが、少なくともドリストル王国連合軍は無理をおして進軍したのに、ろくな戦果も食料も得られず、疲労した軍はグランバレー周辺で一度休息。そこにグランバレー守備隊15000が襲い掛かってゲリラ戦を展開。戦況はむしろ優位だと」
その報告に、ヴァーゴが首を傾げた。
「?? ますますわからん。グランバレーは今空に近い状態だ。そんな戦いを展開できる将がいるとは思えん。それに守備隊は5000人だ。15000もの兵がどこに――」
「――ははぁ、なるほど。わかりましたよ。我々よりも下手をすると上手に指揮が執れる者がいるかもしれませんね。それも2人も」
「2人?」
「――ああ、そういうことか」
ヴァーゴとバハイアは首を傾げたが、ロンとロッハは思い至ったようだ。レイファンは報告を続けた。
「ということで、もうしばしグルーザルド領内は安泰ではないかと見積もっています。その間に、後顧の憂いを断つべきかと思います。トラガスロン首都を急襲し、陥落させましょう」
「一国を滅ぼすのかよ・・・またとんでもないことをさらっという王女様だな」
「話はわかりましたが、それは我々に旨い話なのでしょうか? 兵を消耗しただけで、実利がないのでは?」
呆れるヴァーゴに、ロンが冷静な質問を重ねた。予想していたとばかりに、レイファンは冷静に返す。
「それも考えています。トラガスロン首都を陥落、あるいは襲撃するだけで、トラガスロンは降伏するでしょう。黒の魔術士の助成があるにしても、非があるのはあちらですから徹底抗戦は無意味ですし、グルーザルド軍が出て来ただけでもまっとうな人間なら降伏するでしょう。人形たちだけで戦えるほど戦力があるとも思えませんし、やる気があるとも思えません」
「やる気――たしかに人形に期待するものじゃないな」
「となると、和平交渉で土地を割譲すれば、トラガスロンは遷都せざるをえません。結果として、グルーザルドはクルムス、クライアを経由して、ミーシア以外の東への交易路を持つことが可能です」
「――なるほど、それは利になる話かもしれませんね。それに、クルムス、クライアに協力して不義の国を討ったとなれば、国際協調性があることも主張できる」
「そういうことです」
「乗りました」
ロンがぱん、と扇子を閉じた。
「バハイア、ヴァーゴはそれぞれ10000、5000を率いて、鶴翼の陣で後退するトラガスロンを急襲してください」
「そうなると、数で少ない俺の方に相手の陣形は寄るな。どこにおびき寄せりゃいい?」
「さすが獣将の方は話が早いですね。ここがいいでしょう。ここは森が深く、魔物多発地域です。大軍が通るのに適しておらず、道を何本か塞ぐだけで、大軍を誘導できます。ここに先回りできれば、挟み撃ちも可能です」
「道案内はできますか?」
「その土地なら詳しい者が我が軍にいるはずです。案内させましょう」
経済的な成長から、トラガスロンから移住してきた住民もクルムスには多い。戸籍を作製したレイファンは、誰がどこの出自であるのかをこまめに記載させ、把握していた。当然、ここはトラガスロンと決戦になった場合を想定して、必勝の地と考えていた候補の一つである。
その時の想定は、クルムス軍5000名対、トラガスロン20000。現在グルーザルド軍25000
名もの人数がいるなら、負けようがないとレイファンは必勝を確信した。
「トラガスロンにはサイレンスの人形が混じっているはずです。捕虜はとりません、殲滅させてください。たとえ非道と言われようとも、クルムス公国王女レイファンの名において許可します」
「小王女殿下のお墨付きだ。燃えて来たぜ」
「凄惨な戦になりそうですが、その覚悟に敬意を表しましょう」
「塞いで工作をするのは俺たちの部隊だ。呼吸を合わせろよ?」
ヴァーゴとバハイアがそれぞれの感想を口に出し、ロッハが最後の確認をすると、彼らは天幕をあとにした。
これで万全のはずだ――だがアルフィリースならどう言うか。レイファンはそう考え、今までアルフィリースとの話し合いで得た情報を頭の中で整頓した。二の手、三の手は用意しておくにこしたことはない。
「ロン殿、足の速い小隊を2、3お貸し願えますか?」
「それは可能ですが、何かお考えが?」
「念のためです。相手はまっとうな戦に応じてくれるばかりとも限りませんので」
「? 承知しました」
レイファンはいつの日か、ジェイクと共に戦った相手のことを思い出していたのだった。
続く
次回投稿は、1/9(日)24:00です。