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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その27~東部戦線⑦~

 灯りもほぼついておらず、静まり返ったと思われる館の一角から、剣戟の音が響いてくる。


「誰かが戦っているぞ!」

「イケ!」


 オルルゥが命令するのが早いか、ワヌ=ヨッダの戦士たちが飛び出した。城門を容易く登る彼らにとって、とっかかりのある館など平地も同じ。三階へするすると登ると、窓から飛び込んだ。

 そこには明かりも剣戟もなかったが、森の闇でも闘争を行うワヌ=ヨッダの戦士団にとって、人工の建造物が作る闇などもののうちにも入らない。彼らはいまだ経っている何者かにとびかかると、一人を取り押さえ、もう一人に飛びかかった戦士が返り討ちにあった。


「ナニ!?」

「テゴワイゾ、センシチョウ!」


 返り討ちにあった戦士が肩を押さえながら飛び退いてくる。暗がりから月明かりの下へと姿を現したのは、調理師風の姿をした何者かだった。何者かとエアリアルが断じ切れなかったのは、人間の風体をした男には、腕が4本生えていたからだ。

 風体は人間のまま、その姿は異形。そんな敵を前に、さしもの熟練の戦士たちの動きが一瞬鈍る中、最も早く動いたのはエアリアル。アルフィリースと旅をしてきた彼女は、多少の異形の出現などで驚きはしない。

 無言で槍を振るい、猛然と斬り結んだ。


「オルルゥ! 負傷者を任せた!」

「ハッ!」


 オルルゥが我に返ると、もう一人、おそらくは異形と交戦していたであろう負傷者を介抱するように指示を出し、遅ればせながらエアリアルに加勢した。手が4本ある敵との戦いに少しやりづらそうにするオルルゥだったが、すぐにその動きを見切る。


「えありある、カワれ。ヒトリのホウが、ヤリヤスい」

「よかろう」


 大刀にも近い骨切り包丁を振り回す相手にオルルゥが正対すると、ふぅっと小さく息を吐き、一呼吸も待たずして棒で相手の腕の根元を連続で突いた。すると敵の腕が一瞬でだらりと下がり、理解できない敵が呆然とする間に武器を叩き落として転がし、その眼前に棒を突きつけた。

 オルルゥの表情は険しいままである。


「モウミキッた。コウサンシろ」

「! いかん、オルルゥ!」


 オルルゥは無駄な殺生をしない。棒術を選択するあたりもそうだし、今回は穏便な潜入任務となる可能性もあると伝えたことから、出来る限り敵を殺さないように制圧しようとする。

 だが、当然ながらそんな理屈が通用しない相手もいるのだ。オルルゥとの圧倒的力量差を知ったらどうするのか。相手の異形は、何のためらいもなく無表情のまま突然燃え始めた。


「ナッ・・・ジバク?」

「無事か、オルルゥ」

「アア、ナントもナイ。ナントもナイが・・・ナンダコイツは?」

「・・・この死に方。使い魔か、果たして」


 エアリアルが助けた人物の傍に寄る。深手だが、まだ致命傷ではない。身なりを見るに、身分も卑しからぬ御仁。

 怪我の具合を確認すると、静かに移動できるように担架を組ませるよう指示をする。そしてその間に質問することにした。


「あなたが領主殿か」

「・・・そなたたちは?」

「まだ身分は明かせない。だが我々が敵ではないことは告げておきたい。我々はあなたがたの身の安全を確保するために来た。ここで何があった? あの料理人の服を着た化け物はなんだ?」

「・・・あの化け物は、本当に当家の料理人だった男だ。事情はこちらが聞きたいくらいだ」


 その言葉に、オルルゥが不可思議な表情をし、エアリアルの表情が険しく変化した。


「急に変化したのか?」

「そうだ。数年前から雇い入れ、口数は少ないが評判は良かった男だった。息子たちがディオーレ率いる反乱軍に参加したとの報告を受けて、中央からどのような裁定が下されるのか、我々は戦々恐々として沙汰を待つ身分だった。だが私は息子たちの判断を間違ったことだとは思っていなかったし、ディオーレ殿のいない中央の政治には疑問もあった」

「叛意を明確にしたか?」

「馬鹿な、これでもアレクサンドリアの成立その後に加わったとはいえ、碌をもらって百年以上が経過しているのだ。沙汰が下されれば従うつもりだったし、罪を疑われれば中央に出向いて裁判を受けるつもりだった。ところが突然、中央から見たこともない使者が来たかと思うと、裁判もなく死刑を言い渡され、一族郎党全員出廷し、そこで刑罰を受けろと来た。裁判の前に有罪だぞ? まだ4歳の子どもも含めてだ。そんな馬鹿な話があるか!」

「使者はどうした?」

「追い返した。後悔しないようにと不気味な笑みと言葉を残したが、まさかこんなことになるとは思うまいよ・・・妻も子も、私以外は皆殺された・・・こんな馬鹿なことがあってたまるか、百年仕えた我々をなんだと・・・」


 嗚咽を漏らした領主を残し、エアリアルが呆然としているセンサーに近き、その肩を叩いた。


「そんな顔をするな。センサーは冷静でいろと、リサに言われなかったか?」

「いえ・・・はい、たしかにそうですが」

「想像できたことだ。嫌な現実だが、ラインの予感があたったぞ。本隊に連絡を入れろ。アレクサンドリアの中枢に、サイレンスの人形がいるぞとな」


 エアリアルの表情は戦闘時のように険しいままだった。



続く

次回投稿は、12/30(木)24:00です。

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