大戦の始まり、その26~東部戦線⑥~
「さすがに城壁は閉まっているな」
時刻は夜半。エアリアルが目にする都市は、当然だが城壁が閉まっている。ラインの情報を元にまず赴いたアレクサンドリア内の都市だが、大きさとしては中規模程度だろうか。この規模の都市ともなれば自警団もあるだろうし、アレクサンドリアの都市はその規模に関わらず領主が必ず騎士団を抱えているそうだ。当然、強引に突破するわけにもいかない。
穏便にいくなら、夜明けを待って旅人を装い、都市の様子を探るのが当然だが。同行しているセンサーが、都市の様子を探っていて顔色を変えた。
「エアリアル隊長、よくありません」
「何がだ」
「都市の結界は作動しているため詳細は不明ですが、都市の内部、その中央付近から微かに戦闘音と悲鳴が聞こえます」
「火の手は上がっていないようだが?」
「だから、微かにです。大規模ではなく、せいぜい十数名程度の戦闘音かと」
このセンサーはリサの推薦で同行しているセンサーだ。入団もイェーガー創立期近くからいるが、最近実力を伸ばしていて、次の機会があればB級に昇進するだろうとリサが太鼓判を押している。
そのセンサーが進言するのだ、無視するわけにもいくまい。背中に乗るオルルゥも、鼻をひくひくと鳴らしている。
「タシカに。チのニオイがスルな」
「ふむ・・・ならば踏み込む必要があるな。この戦力なら強引に突破できなくもないだろうが、さすがにまずかろうな」
「ライン副長は、可能な限り穏便にと言っていたような」
「わかっている。オルルゥ、頼めるか?」
センサーに諫められるまでもなく、エアリアルにもそのくらいの理性はある。オルルゥは二つ返事で頷いた。
「ソノタメの、ワレワレだ」
オルルゥが飛び降りると、さっと手を上げる。同じように部族と共に馬の後ろに乗っていたワヌ=ヨッダの戦士団から、腕利き十数名が下馬して城壁にまっしぐらに駆けていった。
彼らは城壁の取りつくと、まるで木登りでもするかのように駆けあがっていく。ロゼッタの特殊兵も道具を使えば近しい動きはするが、あそこまでの登攀は不可能だ。ほどなくして、城門代わりとなっていた跳ね橋が下りた。
あまりに見事な手際だったが、順調すぎることに逆に不快感を示したのはオルルゥだった。
「ハヤスギルな」
「抵抗がまったくないのか?」
「モンをカクホシツツ、ヨウスをウカガウ」
「ああ」
エアリアルとオルルゥは余計な言葉を交わすことなく、そのまま都市の中に駆け込んでいった。さすがに夜中に城門が勝手に降りたとあって起きてきた守備兵もいたが、彼らは素早く部族やワヌ=ヨッダの戦士団によってとらえられた。
「殺すなよ、事情を聴きたい」
「何者だ、お前たち?」
「それは言えないが、少なくとも敵ではないと告げておこう」
守備兵らしき男は人を縛り上げておいて何を言うのかと反抗的な視線をしたが、殺気立っている部族の兵士たちの表情を見てなお反論するほどの気概はなかった。
「・・・何が知りたい?」
「城壁の守備兵が少なすぎる。このていたらくはなんだ?」
「それはこっちが知りたい。兵士の数が通常の半分以下しかいない。いるべき兵士がいないんだ」
「お前たちにとっても予想外だと?」
「でなきゃ、いくら中央から離れた辺境の都市といえど、こんな体たらくにはならない。この辺には魔獣も出るし、それなりに魔物討伐で実践を経験している兵士も多い。仮にも俺もアレクサンドリアの軍属だ。腑抜けて見張りをサボるような兵士は誰一人いないはずだ」
「なるほど・・・では領主に危機が迫っているかもしれないな。領主の館へ案内してはくれなか?」
「領主様が?」
兵士の態度からも、この都市の領主は慕われる程には善政を敷いているようだ。兵士が返事をする前にちらりと動いた視線の先を、エアリアルは逃さない。
「情報通りだ、向かうぞ!」
「待ってくれ、領主様はご子息の何名かを反乱軍に取られて微妙な立場なんだ。大きな騒ぎを起こさないでくれ!」
「それは騒ぎの中心にいる連中に言うがいい。我々は火消しに来た側だ!」
エアリアルはそれだけ告げて、門の確保に部隊の半数を残すと、残りを連れ立って領主の館に向かった。都市の道はそれほど広くなく、また領主の館に向けて登り階段のようになっていくが、鍛えられた部隊は馬でそれらを難なく登っていく。
だが急勾配となった段階で、さすがにワヌ=ヨッダの戦士たちが焦れたのか、先行して駆けあがっていった。
「センコウサセる!」
「頼む」
領主の館まで駆け上がり、そこでエアリアルたちが見たのは戦いの爪痕を残す領主の館だった。
続く
次回投稿は、12/28(火)24:00です。