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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その24~東部戦線④~

***


「全隊、止まれ」


 エアリアルが指揮する部族の部隊は足を止めた。エアリアルは現在、ラインの命令でアレクサンドリアの領内に侵入している。傭兵とはいえ、正式に国境を経由したわけではないので、れっきとした侵略行為である。もちろん、この行動には意味がある。

 数日前のこと――


 予想外に竜の部隊の問題を片付けたイェーガーは、時間を少し持て余していた。とは言っても補給の事などやることは山ほどあるが、本来この部隊は予想されるローマンズランドの進軍に対して遅滞戦術を行うために派遣されたもので、ローマンズランド本隊が進軍してくるまではまだかなりの時間があることが予想される。

 理想的には紛争地帯の依頼を片付けるという名目でアレクサンドリアの内乱に加担し、ディオーレもしくは「その反対側」を勝たせたうえで、大義名分を得ながらローマンズランドと対峙することが望ましい。そうでないと、ローマンズランドに雇われているアルフィリースたちの身に危険が及ぶことになるからだ。

 アルフィリースは最悪真っ向勝負となっても何とかしてみせるとラインには告げているが、冬のローマンズランドに閉じ込められたイェーガーの面々がどんな目に遭わされようが、外から手助けすることは不可能となる。最悪、ローマンズランドに派遣されている5000名の仲間をすべて失う可能性だってある。

 東部戦線での行動は、大筋での予定調和以外細かな采配は全てラインの裁量に任されている。そのうえで戦略や戦術を調整するために、コーウェンをこちらに派遣した。今回の竜を率いたリディルとの講和や、一部の人化できる竜を仲間に加えることすら、ラインの独断なのだ。

 そしてレイヤーがドゥームと取引らしきものをしたことで、ラインはレイヤーが持ち帰った情報をコーウェンとともに吟味した。


「副長~、どう思いますか~?」

「・・・そうか、そういうことか。だから、なのか」

「? 意味がお分かりで~?」

「確証はない。だが、何が起きていたのかは分かった気がする・・・そうか、全ては繋がっていたのか・・・」


 ラインの苦しそうな表情を前に、さしものコーウェンもそれ以上聞くことはできず、レイヤーと顔を見合わせてただ首を横に振っていた。

 そしてラインは、近くの魔術協会支部に何かしらを問い合わせているようだった。ほどなくして、ラインの下に魔術協会の会長に返り咲いたテトラスティン自身が、リシーを伴って赴いてきた。


「失礼するぞ」

「! こりゃまた大物が来たな。魔術協会とは縁が切れたんじゃなかったのか」

「生憎と返り咲いた。その必要ができたからな。本来はそうする予定ではなかったのだが」


 テトラスティンは悪びれもせず、いっそ尊大にすら見える態度で堂々と正面からイェーガーの駐屯地に乗り込んできた。いちおうここにイェーガーがいることは、現時点では公にできないのだが。

 そしてリシーに顎で合図すると、何らかの地図を広げさせて不満を述べた。


「貴様、もうちょっと慎重な連絡方法はないのか? 貴様の情報の意味を知る者が取り次いでいたら、俺の立場や魔術協会内の均衡どころか、現在の国家間の関係が崩れかねんところだったぞ」

「なら、そこの美人さんの個人的な連絡先でも教えといてくれよ。そうすりゃ今度から配慮するさ」

「魔女がいるだろう」

「生憎と出払っているよ。それにお前さんは魔女に憎まれているくせに」

「言うじゃないか」


 実力だけではなく、機転も利く。リシーの牽制に対する反応も見事。入った瞬間からリシーが水面下で威圧しているのだが、それも流したり機先を制したりしてリシーが仕掛けられない。いっそ取り押さえて力づくで言うことを聞かせてしまおうかと考えていたテトラスティンだったが、それは無理だとリシーが目で合図した。

 やはり有能な副団長だと、テトラスティンはラインのことを認めた。そしてラインとコーウェンが広げられた地図を見て、首をかしげる。地図には、国境線とは全く別の図が描かれており、なおかつ地図は2種類あったからだ。


「これは?」

「魔術協会の勢力圏における、虚ろの出現地点。あるいはは精霊が枯渇した加護なき土地。もう一つはそして魔力だまりと呼ばれる、精霊の豊富な土地を示したものだ。この周辺限定だがね」

「これで全部ですか~? 数が釣り合いませんねぇ~」


 コーウェンの間の抜けたようで鋭い指摘に、テトラスティンが鋭い視線を向けた。


「もちろん全てではないだろう。虚ろの中には一瞬で消えるものもあるし、魔力だまりもその土地の魔術士が巧妙に隠している場合もある。魔力だまりを使えば、自分一人では行使できないような魔術も行使できるからな。何を隠そう魔術協会の本部も、その当時発見されていた中で一番大きな魔力だまりの上に作られている」

「その事実を差し引いても、魔力が枯渇した土地や虚ろの出現の方が多いようだな?」

「その通りだ。だがこの地図がお前の求める答えの一端を示している気がするな」

「部外秘なんだろ?」

「当然だ。お前からもらった情報の対価として。また私が直接持ってくる意味を考えてくれ。これ一つを餌にするだけで、魔術協会の派閥の半分を権力闘争で消すことができる」

「そいつは大事だな」


 ラインはそう口先では告げたが、正直ラインにとってはどうでもよいことだった。ラインはテトラスティンやリシーのことは忘れたように、じっくりと地図を眺めた。地図には自分が知っている土地や町の近くにも点が描かれており、一つ価値観の違う見方を挟むだけで、地図というものは全く違う意味を成すことに気付いた。

 元騎士であるラインにとって、国境線のない地図を眺めることは新鮮でもあった。そうしてしばらく眺めていたが、一つのことに気付く。


「俺は魔術に関してはほぼ素人だが、魔力だまりってのは2つ以上を結ぶと効果が上がったりするのか?」

「性質にもよるな。当然だが、相反する性質の精霊が集まっていれば、逆効果になることもある」

「もう一つ教えてくれ。この地図は正確か?」

「いや、かなり大雑把だな。地図そのものの原形が作られたのは、200年以上も前だそうだ。当時の製図の技術など知れているから、おおよその位置関係を示しただけに過ぎないだろう」

「コーウェン、カザス作の地図があったな? 持ってきてくれ」

「はいは~い~」


 ラインはカザスと話す中で、その編纂作業の過程を聞いたことがある。その精度に感嘆し、報酬の代わりにカザスの地図を受け取ったこともあるくらいだ。

 今回の戦いに際し、戦術に活かすためにもカザスからは知りうる限りの詳細な地図を受け取っていた。イェーガーの大きな利点の一つである。

 コーウェンが持ってきた地図を前に、ラインは次々とテトラスティンに質問をした。そうしてカザスの地図に、次々と点が描きこまれていく。そうしてあらかた移し終る頃、テトラスティンだけでなく、4人の顔色全てが変わった。

 途切れているところもあるが、おおよその点を結ぶと意味があるかのような図形が浮かんできたからだ。


「これは・・・」

「まさか、地脈図なのか」


 テトラスティンの言葉に、コーウェンがぴくりと反応する。


「地脈とは~導師や魔女しか知らないという大陸全域の魔力の流れのことですか~?」

「現在の魔女は地脈を知らんだろうな。魔女の晩餐で情報交換をしなくなって久しいだろうから、互いの住処を知っていればあるいは、ということもかつてはあったかもしれないが。導師もここまで正確な地脈図を知っているとなると、何人いるか」

「完全に部外秘ですね~稀少鉱物なんてのは精霊の流れに左右されることもあるそうですから~この地図に沿って土地開発を進めるだけで一財産どころでは済まないのでは~」

「その可能性はある」


 コーウェンの提案に、テトラスティンが頷く。リシーが地図をなぞりながら質問した。


「魔力だまりの間に点在するように虚ろが出現している場所があるわ。これの意味するところは?」

「さてな。虚ろの発生原因は仮説だけでよくわかっていないことも多い」

「・・・いくつかの場所では大きめの戦いが起こっているな。戦地だけではなく、魔王が出現したり、今は鉱脈が尽きて廃村になった場所とかもある」

「ああ~本当ですね~。歴史上の大きな戦いもありますね~」

「そうなのか?」

「テトラスティン、お前は歴史に詳しくないのか?」

「・・・こちらにも事情があるんだ」


 テトラスティンは詳細を避けたが、まさか数百年間の間、遺跡の中でリシーに殺され続けていたなどという馬鹿げた話をするわけにもいくまいと思った。リシーの方をちらりと見たが、目を合わせすらもしてくれなかった。



続く

次回投稿は、12/24(金)6:00です。

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