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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その23~北部戦線⑪~

 ドゥームが球体に向けて手をかざすと、球体から女の姿が飛び出し、7人ほどの女が突如として出現した。思わずオシリアが身構えたが、それがただの幻影のようなものだと知れると、そっとそれらに触ってみる。


「これは・・・実体じゃないのね」

「ホログラフィ、というかつて存在した女の実際の姿形を再現した物、だそうだ。僕も詳しいことは知らない」

「彼女たちは?」

「リサちゃんと同じ特性をもった女たち、その記録さ。取り出した記憶だけでもこれだけの人数がいた」


 同じ特性というのは珍しい。しかも影響力が強いものほど、稀少になる。それが存在を確認しただけでもこれだけいるとなると――


「もしかして、この特性は遺伝する?」

「それだけじゃない。この特性持ちを殺すと、他の誰かにその特性が渡る可能性すらある。この中には生涯子を成していない女もいるそうだ。人間の意識が大元では根源や太極に繋がっているだのっていう説があるけど、これも手掛りかもしれないねぇ。人間が他の種族を押しのけて発展したのも、この特性が何らかの影響を及ぼしているのかも。ひょっとして、最初からそんな風に仕組まれていたりして?」

「そんなことはどうでもいいわ。なら余計に、リサを殺しても無意味ではなくて?」

「普通の殺し方ならそうだね」


 ドゥームがぺろりと舌なめずりする。その仕草は、まぎれもなくよからぬ企みをしている時のドゥームだった。


「ドゥーム。あなた、何を考えてるの?」

「特性が何に結びついているかを考えている。もし魂に刻まれるようなものだとしたら、リサちゃんの魂を思いっきり穢して、その上で永遠に封印すればこの特性持ちは二度と生まれない。なんなら僕の悪霊に蒐集コレクションすれば、解決すると思わないか?」

「なるほど・・・あなたの言う、普通ではない殺し方、というのにあの下卑たスリーズバグが必要なのね?」

「そうだね。やるなら同じ人間同士、その方が確率は上がるだろう。数々の悪霊を生み出した僕の経験上、そうだったから」

「わかったわ、そういうことなら私も協力する。でも今はそれより、難題があるはずよ」

「だよねぇ・・・」


 ドゥームはオシリアの言わんとすることをわかっているだけに、ため息が止まらなかった。

 当面の問題はファーシル、つまりオーランゼブルの近侍と思しきハイエルフの少年である。他のハイエルフがどうなっているか、ドゥームにはある程度の確証がある。だがファーシルだけが活動している理由は、いま一つ不明だった。

 オーランゼブルに意趣返しをするために、なんとかしてファーシルを取り込めないものか。美しく、脆弱そうな存在を闇に傾倒させることなど、造作もないように思えた。今やオーランゼブルの精神拘束も外す方法を覚え、ピートフロートの手管もある。遺跡から戻ったドゥームはさっそく今や知己ともいえるまでの関係を築いたファーシルの下に、オシリアを連れて赴いた。そこでドゥームは自らの勘違いを知ることになった。

 オシリアが本能で一歩を踏み出すことを躊躇ったので、改めて慎重に探ってみて気付いた。遺跡から帰ったからこそ分かる。ファーシルの魔力の総量は、ライフレスのそれと比べてさえはるかに多いのだ。巧妙に隠しているせいで気付くことがなかっただけだった。最初はファーシルが大人しいか、想像以上に愚鈍だと考えていたが、違った。

 最初からドゥームなど問題にしていないのだ。だから独りでオーランゼブルの近侍を任されている。なんなら、他の黒の魔術士が接近したとしても、引けを取るような戦闘力ではないのだろう。

 ハイエルフという種族が地上から姿を消して久しい。かつては魔人や古竜とも肩を並べた一族だと知ってはいたが、それがどういう意味をもつのか、ドゥームはようやく理解しつつあった。


「護衛は一人で十分だっていう意味か・・・あるいは他の者を起している余裕がなかったのか。一人である必要は、どこにもないと思うんだけどな。推論を重ねてもしょうがないとは思うけど、大胆な行動を起こす前に確証が欲しいな。くそっ」

「(なら、本人に直接に聞けばいいのさ)」


 頭の中でピートフロートの声がした。人心操作に関してはドゥームよりもピートフロートの方に一日の長がある。ドゥームも、この件に関してだけはピートフロートの助言を素直に聞いていた。ピートフロート自身が面白がっているようだから、逆に信頼が置けると感じていた。


「本人に聞くって・・・何を?」

「(オーランゼブルをどう思っていて、自分がどうしたいのかを、さ)」

「話すと思う?」

「(僕たちのことを侮っているなら、話してくれるさ)」

「オーランゼブルに僕たちのことを報告したらどうするのさ」

「(オーランゼブル自身が僕たちのことを侮っているだろう。それなら報告があっても、気にも留めないさ)」

「そういうものかな?」

「(そういうものさ。尊大な奴ほど、自分に自信があって賢いと思っているほどに扱いやすい。五賢者という呼称を考えたのもかつてのオーランゼブルだろう。自ら賢者を名乗る奴に、ろくな奴がいたためしがない)」


 ピートフロートの言葉は自信に溢れており、ドゥームには珍しく彼の言を信じて任せることにした。そうしてピートフロートはドゥームから顕現の許可を得ると、ファーシルの前にドゥーム、オシリアと共に姿を見せた。

 驚くこと、ファーシルは全く気に留めた様子もなくそれを受け入れ、長く雑談することになったのだ。ピートフロートの経験と見分はドゥームをしてすら興味深く聞き入ることができ、いつの間にか彼らは時間を忘れて過ごしていた。

 そうしてファーシルが席を立った時に、ピートフロートがニタリと笑ってみせた。


「長命種は何より、退屈を嫌う。こんなところでいつ終わるともしれない見張りを任され、その任務も今や終わろうとしているのならなおさら、気を抜きもするだろう。好機だね」

「まだ本来の目的を何も聞いていないけど?」

「焦ることはない。どんな種族でも睡眠または休息、それに食事を全くしないわけにはいけない。不死種でさえ、食事の代わりになる行為からは逃れられないんだ。ドゥームのやるべきことは、ファーシルが休息を取った時に精神束縛を解いておくことだ」

「じゃあ、デザイアも呼んでおく?」

「話の流れから、隙を見て切り出そう。グンツ、ミルネー、ケルベロスはいない方がいいだろう」

「こんなに緊張感のある会話、疲れるんだけど?」


 ドゥームがげんなりとしていたが、ピートフロートはますます生き生きとして輝きを増していた。


「僕は楽しいけど? さすがにハイエルフと会話したことはなかったからね。彼らの生態や思考を知れるだけでも興味深い」

「趣味じゃないだろうな」

「実益も兼ねているだろ?」

「はいはい」


 目を輝かせるピートフロートに手で振り払う仕草を向けると、ファーシルが帰ってきた。彼が自らピートフロートの話の続きをせがむのを見ながら、これは月単位の長期戦になるなとドゥームも腹をくくりつつあった。

 ピートフロートとファーシルに付き添う間、各地で起こる戦の詳細を知ることができなくなるが、そこまで大勢に影響はないかと思い直す。どのみちもう、オーランゼブルの計画が成就するまで半年もかからないだろうから。



続く

次回投稿は、12/22(水)6:00です。

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