シーカー達の苦悩、その4~交渉~
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そしてその話し合いの後、シーカー達の行動は早かった。ミュートリオを撤退するよりも早かったかもしれない。
その理由は、ハルティニアス、シャーギン、ロクスウェルの意見が一致したことによる。この三人はなんだかんだで言い争いをすることが多かったのだが、今は彼らの意見は完全に一致していた。もちろん、フェンナの説得によるものだ。彼らはなすべきことについて手短に話し合い、指示を矢継ぎ早に飛ばす。そして彼らの歯車が噛みあうと、これほどまでにも物事がスムーズ進むものなのかと、当の本人達も驚いていたのだ。
そして、彼らが滞在していた場所を去った直後、殿の部隊から魔王の姿を見たとの報告があった。まさに危機一髪だったのである。シーカー達は余計な戦闘を避けるため、魔王達は幻惑と結界で閉じ込めて、その場にうまうまと置き去りにして来たのだった。
その後もフェンナはシーカーの代表として、桔梗を通じてアルネリア教、ひいてはミリアザールと交渉を続けていった。その間に大草原を出ないようにまだ迷いの森の一部を場所を変えながらさまよってはいるものの、その場所は徐々にアルネリア教会のある東南へと向かっていた。
そして――
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「梔子よ、これを見よ」
「失礼いたします」
ここは深緑宮の一室である。日向が任務で死亡した事を桔梗から報告を受け、同時にフェンナからの最初の書簡をミリアザールが桔梗から受け取ったのである。そのうち青の封がついた書簡を開け、ミリアザールが中を確認したところだった。
書簡の中身を見て、梔子が眉をひそめる。
「これは・・・一大事ですね。シーカー達の保護ですか。いかがなさるおつもりで?」
「そうじゃのう・・・」
ミリアザールは考え込んだ。心情的には助けてやりたいともちろん思うミリアザールである。死にかけのフェンナを救ったのはミリアザールである。不思議な縁も感じる。一度助けたのだから、最初の直感通り厄介事になったことを悔いる一方で、このまま中途半端にほっぽり出すのも性に合わないと彼女は思うのだ。命を助けた責任というものもある。
また、シーカー達を受け入れる事のメリット、デメリットも考慮しなくてはならない。世間的には、ダークエルフと蔑まれるシーカー達を受け入れることで、各国の誹りは避けられないだろう。
「これにかこつけて、ミスリルの権益をよこせなどと言ってくるのだろうな」
「確か50年ほど前にも同じような事があったのでは?」
梔子も代々仕える者として、歴代の状況は事前に聞いている。
「時はそこだけに限らんよ。何十年か周期では、同じような事が起きておる。争いごとを他の事にも拡大すれば、毎年何か起きとるわい。今年とて、ワシの暗殺問題があったろうが?」
「ミーシアですね。ついに尻尾は掴めずじまいでしたが」
ミーシアでミリアザールを襲った連中がいた事を、二人は思いだす。誘い出すまでは簡単だったが、そこから先が全く探れない。暗夜行路の中、突然手繰るべき糸を切られたような感覚に陥り、ミリアザールはそれ以上の動きが取れなかった。
要は先のミーシアは挨拶代わりとでも言うべきもので、結果はどうでもよかったのだろう。戦いは先に攻めた方が圧倒的に有利である。攻める側はいつでも襲う時と場所を選択できるし、持久戦に持ち込むか否かも選択できる。対して受けては相手に応じるしかない。いつ襲われるか知れないともなれば、精神的にも摩耗する。敵の狙いはミリアザールを焦らし、油断を待つことだと彼女は読んでいる。
「(あるいは時期を待つか・・・じゃな)」
その時期とはいったい何なのか。ミリアザールの予想では400周年祭だった。だからこそ、無理に今年は一年祝祭りを後にずらしたという事情もある。戦うにしろ、敵の正体、あるいはどこの国の手先の者か知っておきたいとミリアザールは考えたのだ。だが、そもそもなぜ各国の魔物討伐に協力するアルネリア教の存在を疎んじる国が多いのか。
それはミリアザールが握る莫大な既得権益による。アルネリア教会の私領はこの聖都アルネリアを中心とした、半径100kmにもならない小さなものだ。当初、アルネリア教がこれ以上の領土を所有しないと宣言したことに、各国は安堵と満足を示した。
だが、実際にはミリアザールは土地は沢山持たないものの、あちこちに飛び石のように土地を押さえており、その代表格が鉱山だった。特にミスリルやアロンダイトといった魔術装飾をできる鉱石、いわゆるレアメタルをアルネリア教会がほとんど抑えていることに、交易が盛んになって現在の経済状況が成立してから各国は気づいたのだ。さらには、沿岸部での塩の生産、果ては海運業や輸送業までミリアザールの息のかかっていないものはないほどなのだ。唯一あまり権力が及ばないとすれば、傭兵などの事業を取り仕切るギルドだろうか。それにもミリアザールが一枚かんでいることには間違いないが、他よりはマシ、というくらいである。
それは当然と言えば当然だった。そもそも街道などはミリアザールが率先して切り開かせたものだし、その交通における輸送業をミリアザールが独占していたとしても何の不思議もない。輸送業の発想自体、ミリアザールが始めたのだから。各地の開墾や海運業も同様である。もちろん鉱山もだ。この大陸東側でミリアザールの息のかかっていない事業を見つける方が難しいだろう。
鉱山を早めに抑えたのは、アルネリアの活動資金の実に30%近くを叩き出す利益と、必要以上に強力な武器防具を世の中に流出させたくないという彼女の願いもある。そしてこういった事業が生み出す利益の多くは、各国で救済を求める人達の元に分配されていくのだが、その事を説明しても、各国の大使は誰も信じないだろう。ミリアザールも、今さら人間を説得する事は半ば諦めている。
ただアルネリア教会の活動状況を裏情報などで知る者や各国首脳陣は、アルネリア教会がこの大陸の既得権益の大半を抑えている事を全員が知っていた。そうでなければ、アルネリア教会の活動資金の説明がつかないのだ。だからこそ、何かにつけて各国はアルネリア教会の既得権益を掠め取ろうと、虎視眈眈と狙っているのだった。ミリアザールもそれを分かっているからこそ、逆に各国に援助を惜しまない。恩を売って、強く言えないようにしているのだ。
大抵はそういったもちつもたれつでやっていけるのだが、時に度の過ぎた行為を示す国、個人が出現する。どうやっても反発する者には、やがて口無しが差し向けられ、アルネリア教会への反乱の芽は大きく育つ前にいち早く摘み取られるのだ。
だが、今回は敵の姿すら見えない。これはミリアザールにとっても初めての経験である。
「よっぽど敵は賢く慎重なのかもしれんな」
「はい」
普段は何かにつけてミリアザールを茶化す梔子も事の重大さを感じとったか、静かに頷くのみである。正直シーカー達を受け入れることに梔子は反対である。だが、決して彼女はその心情は口にしない。ミリアザールが腹を切れと命じられればその場で何の疑問も挟まず腹を切り、各国の要人を誘惑しろと言われれば、たとえ良人がいようがその男と寝るのが口無しの役目である。ミリアザールがシーカー達の処遇に関してどのような結論を出そうが、梔子はただ黙って任務をこなすのみだった。
そしてその梔子と桔梗を前にして、ミリアザールは悩んでいた。正直、ミランダの依頼でなかったら躊躇なく断っているだろう。たとえフェンナの頼みでも、である。シーカー達を受け入れるメリットが少なすぎるのだ。
「交換条件を出すか・・・それによっては受け入れてもよいか」
やがてミリアザールは答えを出した。その目には計算高い思惑が見て取れる。今はミランダに嫌われるわけにはいかない。いずれ嫌われることになるのは、確実だろうから。今から彼女の好感度や信頼度を下げるわけにはいかないとの判断だった。
「いかがなされますか、ミリアザール様」
「その前に、書簡はもう一つあったか」
「はい」
桔梗がもう一つ、赤いほうの書簡を出す。ミリアザールはその書簡を広げると、すらすらと読み始めるが、その途中でミリアザールの目が驚愕に開かれた。そして、書簡を読む目にも真剣な色が出ており、彼女は内容を確認するように、書簡を二度読んだ。
「いかがされました?」
「フェンナはよほど曲者よな・・・やりよるわ」
ミリアザールはばさり、と広げた書簡を投げ捨てた。その内容に目を通す梔子と桔梗。
続く
次回投稿は5/31(火)8:00です。