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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その21~北部戦線⑨~

「ぐあっ!?」

「さっきのお返しだ」


 レイヤーが冷たく言い放ったので、ドゥームが苛立ちながら反論する。


「ねぇ君、やりすぎって言葉を知ってる!?」

「お前にやり過ぎて、やり過ぎるってことはないだろう。普通なら致命傷のその傷で、ぺらぺら文句を喋れるくせに何を言う。それより、誰の指示で動いた? やはり黒の魔術士の作戦ってことでいいのか?」

「教えてやる義理なんてないね、ばーか」


 ドゥームが再び短距離転移を発動しようとした途端、一瞬で間合いを詰めたレイヤーがその魔法陣を斬ってすてた。魔法陣は発動を無効化され消え去ると、茫然としたドゥームが残された。

 ドゥームはアノーマリーの能力を一部引き継ぎ、遺跡の力も得ているためこの場から再度逃げることはさして難しくないと考えていた。だが現実は違っていた。魔法陣そのものが繊細なため、ちょっと乱されるだけで発動が上手くいかないことをドゥームは初めて知った。強引に発動すれば、どこに飛ばされるかもわからない。地の底なんかに転移すれば、ドゥームとて脱出は容易ではなくなる。

 それにしても、宙や地面に浮かぶ魔法陣を一瞬で見極め、それを正確に傷つけて乱すとは。レイヤーがそんなことを知っているのかどうかはその無表情から読み取れないだけに、ドゥームはレイヤーを測りかねる。

 短距離転移とはいえ、その間合いをあっという間に詰めて来るレイヤーなのだ。ドゥームは諦めて両手を上げ、降参の意思を表示した。


「わかった、取引しよう。そっちだって、僕で体力を無駄に消耗したくないだろう? 君には勝てないが、君もどうせ僕を殺しきれない」

「さぁ、それはどうかな。面倒なのは認めるけど、交渉するだけの価値がお前にあるのか?」

「あるね。常に手札は用意しておくもんだぜ?」


 ドゥームは懐から一つの果実を取り出すと、レイヤーに投げてよこした。レイヤーはそれを受け取ると警戒しながらその果実をまじまじと調べる。


「交渉の最中だ。変な仕掛けはないよ」

「どうだか。これは何だ?」

「『記憶のなる杖』って知ってるか? まぁ知らなくてもいいんだが、それで特定の土地の記録を調べることができる。魔術を使うよりも体系的に調べることができて抽出も正確だが、時間がかかるのが欠点で、さらには抽出できる記憶がランダムってのが難点だな。まぁ土地の記憶を本格的に調べるとなると術者の脳に負荷がかかりすぎるから、同じような精度でやったら普通の人間は廃人確定だから、その予防措置なんだろうけど」

「? よくわらかない」

「10年間、その土地で起きた出来事全ての記憶を100数える間に全て見ると考えな。そんなことは普通の人間には無理だ。まぁそんな理屈はいいんだよ、問題はその果実の中身さ。なんだと思う?」

「もったいぶるな、さっさと話せ」

「ちょっとは会話を楽しめよ、お前。オーランゼブルの拠点近くの土地の記憶だ。土地に詳しい奴がいれば、場所を割り出すこともできるかもなぁ?」


 ドゥームの言葉の真偽のほどを、レイヤーが測りかねる。それは重大な裏切り行為では――いや、そもそも裏切っていたと遺跡での一連の行動を聞いている。ならば、今回の竜の群れを操っているのは何だったのか。レイヤーが油断なくドゥームを睨んだ。

 ドゥームは指を一本立てながら説明する。


「証拠が欲しけりゃ一口齧ってみるといい。多人数で共有することも可能だが、精度は落ちるし、情報も断片的になる。信用できなきゃ、契約の魔術を交わしてもいい」

「結構だ、どのみち僕には真偽を判定できない。ただ、取引がこれだけなら不十分だな」

「ちっ、わかっているさ。もう一つは情報だ。今まで僕たちが大きな活動をしてきた土地を、地図で確認してみな。できれば正確な地図がいい。仲間に地図の専門家がいたよな? 今のローマンズランド、西のオリュンパス近くの土地、東の真鬼の住処、南の大陸、スラスムンド――」


 スラスムンドの土地に、レイヤーがぴくりと反応する。目ざといドゥームはそれを見逃すことはない。


「ああ、お前の出身の土地だったか? ご愁傷さま」

「あれも、お前たちが?」

「数ある仕掛けのうちの一つだよ。別段どうということはない、ありふれた悲劇だ。そうだろ?」

「だけど、当人たちにとってはそうじゃない」

「そりゃそうだ。悲劇そのものはありふれていても、そのどれもに主人公がいて、悲劇も悲哀も体験する者にとっては絶対だもんな。だからこそ、味わい深いわけだが」


 ドゥームが舌なめずりするのをぐっとこらえ、レイヤーが話を聞いた。その忍耐強さにドゥームが感心して拍手すると同時に、転移魔術を起動する。


「じゃあ情報は充分だな? だけど怒りを我慢したご褒美に、もう一つ良いことを教えてやろう。もう竜の群れは必要がなくなったから、あとは好きにしてくれ。リディルごと仲間にするのもいいだろう」

「必要ない? どういうことだ?」

「それはお仲間の頭の良い奴らに聞いてみな、すぐに理由はわかるだろうさ。さっきの情報も含めれば、何をオーランゼブルが狙っているかはわかるはずだぜ? もっとも、アルフィリースはもうわかっているだろうがね」

「団長が?」

「じゃなきゃあ、直接ローマンズランドに乗り込むなんて真似をするかよぅ。オーランゼブルだって馬鹿じゃない。アルフィリースがローマンズランドに乗り込んだのも知っていて、敢えて放置していると考えた方がいい。その方が奴にとっても都合がいいだろうからな」

「待て、それはなぜだ!?」

「だから団長サマに聞いてみろって。ま、おそらくは言わないだろうけどな」

「だからその理由を――」

「ちょっとは自分の頭を使え、馬鹿たれ。まぁ、世界でただ一人、正確な地形図と、魔術と、竜と、その全てに知り合いがいるあの女じゃなきゃあ気付きようもないことだろうけどな!」


 ドゥームはレイヤーを小馬鹿にしたように笑うと、グンツとミルネーを伴って消えた。レイヤーは手に持つ果実を投げつけたい気分にかられたが、必死に思いとどまると近くにあった木を殴りつけ、その場を去っていった。



続く

次回投稿は、2/18(土)6:00です。

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