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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その19~北部戦線⑦~

「負けん気と執念だけでなんとかなると思っていた。だが現実は違った。今まで何とかなっていると思っていたのは、周囲の配慮と手助けがあってこそだ。そんなこともわからないほど、私は幼かったのだ。伯爵家ともなれば、その権威にかしずく者も多かろう。周囲が私の手助けをするのは生まれた時から当たり前だったし、財も人も消費するものだと思っていた。思えば、アルフィリースはそんな私の気質を見抜いていたのだ。何もかもが中途半端なくせに、傲慢にすぎると」

「・・・」

「そんなこともわからず、彼女をただ恨んだ。あの時の試験でさえ怪我人が出たのだ。先のオーク討伐戦などの規模で私が部隊を率いていたと思うと、どんな被害が出たか想像もつかない。挙句こんな体になって、貴様たちの言いなりになっている。今更どんな顔をして我が家に帰ればよいのかも思いつかない。死んだことになっているのかどうかすら、知らないのだ。だから――」

「・・・ぐー」

「おい、聞いているのか!?」

「はっ!? 悪い、独り言かと思ってよ。でもいいじゃねぇか、連絡するかどうかを悩める相手がいるんだからよ」


 グンツが鼻提灯を割りながら起きた。明らかに寝ていたはずだが、内容は不思議と頭に入っているようだ。

 ミルネーは頬を軽く膨らませたが、やはり独り言のように告げた。


「貴様はたしか、親の顔も知らないのだったか?」

「顔は知ってらぁ。イカれた親父と、頭のおかしい母親がいたな。だが飯を恵んでもらったことはねぇし、人間らしいことは何一つ教えてもらえてねぇよ。あったのは、クソみてぇな日常だけだ。親の顔なんざ思い出してもムカつくだけだ、生きる術は自分で覚えた。誰にも頼れなかったし、周りは利用するかされるかだけだった」

「そうか・・・それは悪いことを聞いたな」

「俺なんかに謝るんじゃねぇよ。だけど最近俺は思うわけさ。最初から幸せそのものを知らねぇ人間と、幸せを知ったうえで全て失くした人間はどっちが不幸なんだろうってな。俺はよ、そうそう自分より不幸な人間はいねぇと思って生きていたよ。だがお前を見ているとなぁ。人生、これだけ真っ逆さまに転げ落ちる奴がいるのかって思ってな」

「なんだ。同情か?」

「いや、面白すぎると思ってな」


 ガハハハ、とグンツが笑ったが、その時のミルネーの表情はグンツにも想像できなかったものだった。泣くか、怒るかどちらかだと思ったのだが、ミルネーは憐れむような視線でグンツを見ていた。

 グンツの笑いがぴたりと止まる。


「なんだその顔は。何が言いてぇんだ」

「・・・お前は、ずっと孤独なんだな」

「あぁん? んなわけあるかよ。これでも傭兵団を率いていたこともあるし、顔見知りも多いぜぇ? 今だってドゥームたちと――」

「違う。お前は誰の悲しみにも共感することがない。それは周りにどれだけ人がいても、お前は誰の感情も理解できないということだ。それは、永遠の孤独だ。誰もお前を理解できないし、お前も誰も理解しない。それは、木石を周りに置くのと何が違う?」

「・・・あん? もういっぺん言ってみろや、テメェ」


 グンツは腰を上げて拳を握った。なぜミルネーに腹を立てたのか、グンツは理解できない。ある日ドゥームが拾ってきた使えないバカ女。その程度の認識しかなかったのだが、今初めてグンツはミルネーに感情を向けた。

 その時、ふと胸の中に風が吹いた気がした。今まで感じたことのない寒さを、グンツは覚えた気がしたのだ。それが怒りを呼び起こしたのだと、グンツは理解できなかった。そもそも、苛立つことはあっても本当の意味で怒りを覚えたことなど人生で一度もなかったのだと、グンツはミルネーを殴ろうとして初めて気付いた。

 いつも人生はクソだという諦めと、幸せの形が何かも理解できないし、するつもりがなったことを知った。あったのは、人を襲った時に怯え怒る相手の感情だけ。幸せを知れば、今度は自分が過ごしてきた人生の意味が全て崩れ去るからだ。30年以上生きてきて、今更そんなことを許せるはずがなかった。

 グンツが振り上げた拳をどうするべきか悩んでいる。ミルネーの表情が全く変わらなかったが、突如ミルネーがはっとしてグンツを突き飛ばした。その速度と膂力に、そういえばこいつも一応エクスペリオンを取り込んで魔王になった女だったと今思い出した。


「テメェ、なにしやが――」


 グンツが何か言い終える前に、ミルネーの体が力なく倒れて覆いかぶさった。思わず抱きかかえたグンツの手には、ミルネーの血がべっとりとつく。もっともそれは既に人間の様に赤ではなく、緑なのか黄色なのか、形容しがたい色をしていた。


「・・・あ? なんだこりゃ」

「まさか庇うなんてね。お前にそんな価値があるとは思えないけど」

「なんだと?」


 グンツの前にいたのはレイヤー。その顔はグンツも頭の中に入れていたが、いつここに近づいたのか気配すらなかった。レイヤーにしてみれば、竜の群れを監視するようになってからその食糧調達があまりに円滑に進むので、おかしいと思って調べてから彼らの存在に気付いて半月ほど見張っていたわけだが。

 見張っている側が見張られているとは気付きにくいものだが、完全に気配を消しているレイヤーを発見できるだけの技術を、彼らが持ち合わせているはずもなかった。


「正直、いつでも殺せたんだ。でもどうするべきか指示がなかったから放っておいた。だけど竜の群れが黒の魔術士から離反するのなら、お前たちに配慮する必要もない。正直面倒だったんだ、水源に毒を仕込んだり、お前たちが集めた食料や襲うように手配した町からこっそり人を逃がしたりするのは。お前たちを殺してしまった方が、余程早い」

「・・・そりゃ、俺たちが雑魚だって言いたいのか?」

「そう言っているつもりだけど。エアリアルとの因縁がなきゃあ、こんな会話もせずに無言で首を落としているさ。さ、選んでもらおうか。大人しくその左腕を返す方法を教えるか、それとも動けないほど切り刻まれてから連れていかれるか。どっちがいい?」


 レイヤーの言葉には人間としての温かみなど欠片もなかった。グンツは知っている。こういう言葉を吐く奴は、関わってはいけない奴だと。他人を殺すのに快楽すら覚えない奴らには隙がない。交渉も無駄、命乞いも無駄。敵と認識されたら、殺すか殺されるか2つに1つだと。そして、人間態から変身もしていないこの状態では、勝ち目が全くないことも。変身しようとする瞬間に、その首が落ちるだろう。

 ミルネーをレイヤーの方に突き飛ばせば、一瞬ともいえないほどではあるが隙ができることはわかっている。だが打開策を思いつくにはあまりに短い隙だし、そもそもミルネーを突き飛ばしてまで生き延びる気がないことに、グンツ自身が驚いていた。



続く

次回投稿は、12/14(火)6:00です。

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