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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その17~北部戦線⑤~

***


「・・・どうなっている?」


 リディルが呆気にとられて、呆然と眼前の光景を眺めていた。彼らが訪れ、小休止を取るはずの場所に火が放たれていた。この位置は誰も知らないはず。どうやって知ることができたのか――リディルの思考は真っ白になっていた。これでは水も食料も取れない。もう3日もほぼ飲まず食わずに近い状態となってしまった。これでは戦うどころではない。リディルは次にどうするべきか、良案は何も思いつかなかった。

 コーウェンの策は単純だ。


「微生物ならいざ知らず~竜でも人間でも~、飲まず食わず~、睡眠もとらなくて戦える個体がいるでしょうか~? 答えは否~。魔王のことは知りませんが~、少なくとも冷静な判断はできなくなりますよね~?」


 竜とは元来、20人から30人くらいの徒党パーティーで1体を相手にするものだ。それが5000もいて統率がとれているとなれば、正面から戦うなどという選択肢はない。

 しかも上位の竜がいるともなれば、生半可な罠や奇襲が効果があるとは思えない。ならばどうするべきか。最初に斥候役の竜を倒して目を耳を奪い、開発に間に合った火砲の威力を見せつけて牽制に使う。アルフィリースが火砲の使用はこちらに回すべしと言ったのは、まさに慧眼としか言いようがない。火砲の開発が間に合ったことも天啓だと考え、コーウェンは竜たちから睡眠と安息、食料を奪った。

 竜たちも夜は休む。それはレイヤーとルナティカの追跡からわかっていたことだったし、低級の竜は食料や水も頻繁に必要とする。それらをどこで調達しているかを調べ上げ、先回りして潰す。夜は騒音を立てては逃げ、時に闇に紛れて火砲を撃ちこみ、悪臭のする香草を風上から焚いて嫌がらせをした。ラインが稼いだ一舎の距離。それが有能な軍師がいる相手との戦いにおいてどのくらいの差となるのかを、コーウェンは示してみせたのだった。

 リディルは統制が取れなくなり、群れから離脱しようとする竜を何体か粛清したところで、限界を悟った。


「群れの頭たちを集めてくれ。話がある」


 リディルは群れの副官を務める緑竜クレイドルに向けて言い伝えた。ほどなくして、群れのまとめ役を務める知恵ある竜たち十数頭が集まる。

 彼らに向けて、リディルは表情を変えずに言い放った。


「聞いてくれ。ここまで我々は黒の魔術士の提案とはいえ、理想郷を求めて進撃してきた。だがそろそろ限界だ。目的地まではいまだ遠く、我々の疲労は濃い。竜たちの統制は間もなく取れなくなるだろう。決を採りたい」

「意見を聞く、ではないのか」


 紫竜ヴェノロアが静かに質問した。だがリディルもまた静かに否定した。


「一応俺が主だからな、考えもなしにこの場に臨んでは不安になるだろう。もちろん、どの案にも従えなければ離脱してくれて構わん」

「聞こうか」


 地竜ガガネルフが肯定すると、他の竜も静かにリディルの言葉を待った。


「一つには、強引にでもこのままアレクサンドリアを目指すこと。アレクサンドリアは肥沃な大地で、そこまであの傭兵どもの手が及んでいるとは考えにくく、町の一つでも襲えば食料や水は何とかなるだろう。それに、これは黒の魔術士との契約でもある」

「そのアレクサンドリアまで何日かかる?」

「現在の進軍速度なら、10日以上かかるな」

「決死行だな。我々翼竜だけなら1日で着くだろうが、果たして他の者が到着したとして戦う気力が残っているかどうか。ここにいる知恵ある竜たちは戦えるだろうが、それ以外の竜は飢えと渇きで戦いにすらなるまい」


 翼竜フラヴニルが目を細めて周りを見渡すと、どの竜も黙してその発言を肯定した。リディルは続ける。


「もう一つは、退却も含めて完全に目的から逸れた行動を取り、水と少量を確保するために動く」

「短期的にはそれでよさそうだけど、後が大変そうね?」

「その通りだ。監視役がいるのだから、黒の魔術士に動きはばれる。そうなると、目をつけられて粛清される可能性もある。当然、彼らの案内もないのだから食料も水も確保できるとも限らない。そしてこのあたりの土地を占拠するとして、理想郷とは程遠い現実となるだろう。理想郷たる土地が確保できなければ、やがてアルネリアの遠征部隊が出向いてくる。終わることなき戦いが始まるかもしれない」

「それなら竜の巣の方がマシ、ってことになりかねないわね」


 蛇竜ネフェニーがため息まじりに呟いた。他にも何体かため息を漏らした者がいたが、それで事態が好転するわけではないことも竜たちは知っている。

 誰も一言も発しない中、聞き慣れぬ声が上から聞こえた。一際巨大な屍竜レギレンドが声を発したのだ。レギレンドが発語するのは他のどの竜も聞いたことがなかったので、思わずぎょっとして彼の方を振り返った。


「・・・竜の巣はどのみち終わる土地だった・・・ここにいる竜は、皆納得して出てきたはずだ・・・最初から伸るか反るかだ・・・今更批判めいた態度はよすがいい・・・」

「批判はしてないわ。ただ、マシな選択肢がないってことだけ」

「・・・主リディルよ・・・他にも考えがあるのだろう? 聞こうか・・・」

「ある。投降しようと思う」


 リディルの言葉に動揺が広がったが、蛇竜ネフェニーは面白そうに瞳を輝かせ、屍竜レギレンドと緑竜クレイドルは納得したように頷き合った。

 だが知恵ある竜の中でも、比較的若い竜たちはそうではなかった。



続く

次回投稿は、12/10(金)7:00です。

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