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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その16~北部戦線④~

岩壁鎧アイアンスケイル


 金竜クォドォスの詠唱とともに、突然地面が盛り上がってクォドォスを包んだ。それはさながら岩でできた鎧で、インパルスの最大出力の稲妻に飲み込まれながらも、クォドォスの姿は煙を上げながらそのまま残っていたのだった。


「竜言語魔法まで使わせるとは、大したものよ。いまだそのような精霊剣が現存しているとはな」


 クォドォスが一歩を踏み出すと、岩の鎧が耐えかねたように崩れ落ちた。それを見て、クォドォスの背筋に冷や汗がつたった。


「岩が融解しかけておるわ、なんという威力か。まさに紙一重ならぬ、岩一枚の差だったのだな。それともこの土地の精霊が不足しているのか・・・また精霊を消耗してしまった。古竜たちの戒めを私に破らせた罪は重いぞ、人間よ」


 金竜クォドォスは前に出た。さらに火砲から砲撃が降り注いで皮膚と肉を削ったが、それでも今仕留めぬわけにはいかぬと考えた。あと一発精霊剣を撃たれたら、どうなるかわからない。それに先ほどの攻撃は後方にまで届いている。他の竜たちの生死にも影響すると考えたのだ。

 ここで戦線離脱することになろうとも、あの精霊剣の持ち主を仕留める。その決死の覚悟で血が噴き出るのも構わず足を前に出し、クォドォスは進んだのだ。


「青銅竜の仇よ。このまま潰してくれるわ!」

「ソウはイカンナ」


 突然前足に力が入らなくなり、金竜クォドォスはたたらを踏んだ。見れば、槍を手にした褐色の女戦士が自分の足を斬りつけていた。自分の足を一撃でこれほど切り刻むとは、なんという腕前と槍かと目を見張ると、その槍先には見覚えがあった。


「その槍の素材は――」

「ノロワレタシンリンリュウ、マハーヴァントのモノダ」

「そうか、森林竜マハーヴァントが逝ったか。竜の巣には来ぬと断り続けていたが、奴もついに狂ったのだな。最後は貴様がみとったのか?」

「アア、トドメをサシタ。イダイなシンリンリュウのサイゴにシテハ、ブザマダッタ」

「だろうな。長く生きた竜はやがて皆そうなる運命だが――奴の爪なら我が皮膚にも届こう。戦士よ、名は?」

「オルルゥ。チエアルリュウ、クォドォスよ。イッキウチをショモウスル!」

「森林竜の爪を槍に持つ戦士なら、その戦いの申し出を受けぬわけにはいかぬな。よいな、主よ?」


 クォドォスの隣には、いつの間にかリディルがいた。オルルゥは間合いに近づかれるまで気付かなかったことにびくりとしたが、リディルにオルルゥを気に留めることなく、青銅竜カダケルの死骸をじっと見つめていた。


「だから気を付けろと言ったのにな。カダケルは死ぬべくして死んだか」

「狂うのではなく、戦いの中で死んだのだから本望だろう。主よ、私の我儘を聞いてくれるか?」

「無論だ。見守らせていただこう」

「じゃあついでに賭けるか?」


 突然ラインが会話に割って入った。オルルゥの背後に突然出現したラインに、今度はリディルがびくりとした。互いの力量を、肌で感じ取る。既に間合いは必殺。抜けばどちらかが死ぬまで戦うことになることを察していた。

 リディルは油断なくラインの提案を聞いた。


「何を賭ける?」

「お前たちが勝てば俺たちは撤退する。もう邪魔はしない。アレクサンドリアに攻め込むなりなんなり、好きにすればいいさ」

「そちらが勝ったら?」

「一舎、つまり一日分の進軍距離を退いてもらう。それでどうだ?」

「そんなことでいいのか? 随分と我々に有利な気がするが」

「もちかけたのはこちらだ、当然譲歩するさ」

「断ったら?」

「互いが全滅するまで徹底的にやるだけだ。まずは四方八方から、お前たちに火砲を撃ち込んでやるかな」


 ラインが手をあげると、夕暮れのそこかしこで松明が揺らめいたのが見えた。どうやら既に包囲されていることを知り、リディルは頷いた。


「よかろう。一騎打ちに応じる」

「無駄な死人はこちらも出したくないからな。頼むぜ、オルルゥ」

「マカサレタ」


 オルルゥがひゅん、と槍を振り回して構えた。その全身から殺気が立ち上ると、雄叫びと共に金竜クォドォスに斬りかかっていった。


***


「ライン副長~、いいところで邪魔しないでくださいよ~」

「上手くいったんだから、いいじゃねぇか」

「あんなことしなくても~、砦の中におびき寄せれば罠が満載だったのに~」

「金竜とやらはそれで倒したとして、あの勇者リディルは無理だろ? あいつがキレて竜の軍団に特攻をかまされてたら、相当な被害が出たと思うがなぁ?」


 コーウェンがむすっとして頬を膨らませたが、ラインの指摘はその通りだったと思うので、何も言い返さなかった。


「・・・勘で軍略を上回る人は嫌いです~。周囲の火砲も、嘘ですよね~」

「当然だ、あの戦いの中で火砲を移動させながら包囲する時間なんかあるかよ。だが、あれほどの竜が群れでいるとは誰も予想できねぇさ。竜の巣なんて、辺境もいいところで誰も立ち入ったことがねぇんだからな。ギルドや民話で伝説や逸話になる竜が群れで襲い掛かってくるなんて、考えたくもねぇ。

 本来なら斥候役の走竜と飛竜を片付けて、突貫してきた竜を火砲で引きつけて、砦の中に引き込んだら爆破。その隙に離脱の戦法でいくはずが、あんな大物の竜が複数いるとは計算外だ。全開以上のインパルスの一撃に耐えるとか、想定できるかってんだ。オルルゥが機転を利かせなきゃ、今頃どうなってたことか」

「ツカレタ」


 珍しくオルルゥが肩で息を切らしていた。二刻に渡る激闘の末、オルルゥは金竜クォドォスを討ち果たした。接近戦では竜言語魔法も使えず、爪と尾、それに小規模のブレスだけで戦う羽目になったクォドォスだが、そのどれもが人間にとっては必殺の一撃。

 初撃こそ不意をついたオルルゥだが、正面切っての戦いではそうもいかず、少しずつ着実に相手に傷を負わせ、持久戦で勝ち切った。もし火砲やインパルスの攻撃でクォドォスが傷ついていなければ、マハーヴァントの爪が怨念で呪われたせいでクォドォスの肉を腐らせなければ、かつて部族長になる際に知恵ある竜と戦った経験がなければどうなったのか。それは戦ったオルルゥにしかわからないことだった。

 そしてリディルは律儀に約束を守り、それだけではなく青銅竜カダケルと金竜クォドォスの素材の一部を渡してきた。討伐した者の誉れだとして、ギルドに提示するように提案したのである。その方が、彼らにとっても弔いになるだろうということだった。


「勇者リディルはいっとう真面目な性格とは聞いていたが、ああなっても本質は変わってなくて助かったぜ。あそこで約束を反故にされたら、それが一番やばかった」

「もしオルルゥが負けてたら、どうしましたか~?」

「もちろん約束どおり撤退したさ。ただし、嫌がらせはとことんやってやったがな。ここから先の糧秣を焼くとか、水場に毒を放り込むとか」

「さっすが副長~その性格の悪さ、大好きですよ~」


 コーウェンが投げキスをしたので、ラインが振り払う真似をした。


「ともあれ、これで時間が稼げた。改めて作戦通りにやるとするか」

「はい~、一舎あれば十分です~。改めて我々の恐ろしさを思い知らせてやりましょう~」

「コーウェンの性格の悪さ、の間違いじゃないのか?」

「何をおっしゃる~竜と正面切って戦う必要なんてどこにもありませんよ~。どれほど強かろうと、逃れられない運命があることをおしえてやりましょう~」


 コーウェンの左右で違う色の瞳がきらりと光ると、イェーガーは改めて動き始めたのだった。



続く

次回投稿は、12/8(水)7:00です。

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