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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その15~北部戦線③~

「クォドォス殿、砦があるぞ!」

「人間の姿は見えるか?」

「いや、まだわからんが使い古された砦のようだな。城壁はぼろぼろだが――」


 カン、と青銅竜カダケルの頬に何かが当たった。それは人間なら弩弓バリスタの矢とわかる大きさの矢だったが、青銅竜カダケルにはそんなことはわからない。ただ自分に挑むつもりのある者がいて、その者が盾にもならぬ城壁から針ほどにも感じない「舐めた」攻撃をしてきたことと理解したのだ。

 青銅竜カダケルは哄笑と共に、前進を開始した。


「クォドォス殿、一番槍をいただくぞ!」

「待て、まだ何がいるかははっきりとしていない。ここは主の命令を待ってから――」

「生まれ出でてより数百年、人間の武器ではろくに傷ついたことのない俺に対して何ができるというのだ。あんな古ぼけた砦、俺の鼻息でも吹き飛びそうだぞ。一息に突き破ってくれるわ!」


 カダケルが突進を開始すると、砦の上には思ったよりも人が多いことがわかった。総勢数十人は姿が見える。本当にこんなところで防衛戦をやろうとしていたのかと、青銅竜カダケルは人間たちを嘲笑った。数ばかり多くていつまでたっても進歩のない、愚図な種族だと。

 竜の爪先程にもならぬ武器を持って増長して戦いを挑み、負けが濃厚となると命乞いをする無様な種族。それが人間だと、青銅竜カダケルは本気で思っていた。現に今も、効きもしない矢を何本も撃ってきているではないか。


「ハーハッハッハ、そんなものが効くかぁ! 砦ごと叩き潰してしてくれるわ!」

「そりゃあ弩弓ごときではそうでしょうとも~。でも射角はわかりましたよ~、はい、あ~んして~」


 その中心にいたコーウェンが周囲に合図をする。すると、彼らは覆いを取り払い、荷台に乗せた筒を取り出していた。それが何なのか、青銅竜カダケルは知らなかった。もちろん、青銅竜でなくとも誰も知り得ない武器を、大陸で自分が初めに目の当たりにすることになるとは、どんな智の深淵に触れていようと想像すらできなかったろう。

 その筒の名前を、コーウェンとアルフィリースは「火砲」と名付けていた。


「撃て~!」


 すうっと目を細めたコーウェンが振り落ろした手と共に、総数8門の火砲が一斉に火を吹いた。轟音と共に光が放たれたかと思うと、青銅竜カダケルの意識は暗転した。それが自分の頭が半分以上吹き飛んだことを理解する暇もなく、巨体がぐらりと横に傾き、地響きと共に沈んでいった。

 その光景を一番信じられなかったのは、後ろで見ていた金竜クォドォス。知る限り、全ての竜の中で三指に入る堅牢を誇る青銅竜カダケルの頭が、一瞬で爆散した。何が起きたのかしばし呆然とする中、クォドォスは目の前で精霊が収束するのを感じて我に返った。


「精霊剣か!」


 目の前に朝陽が昇ったのかと思うほど、強烈な光。雷の奔流がクォドォスを飲み込んだ。


「ぐぅううう! なんの、これしき!」


 地竜、しかも亜種であるクォドォスは雷に耐性がある。人間が使う魔術はおろか、単なる落雷程度では表面が少し焦げて、体のおりが解消する程度で終わる。だがこの一撃は違う。少しでも油断すれば意識が拡散し、全身が焼けこげるだろう。

 金竜クォドォスは本能で尾を地面に突き刺し、雷を地面に逃がした。だが抑えきれなかった雷が、後方にいる竜の群れにまで襲い掛かるのまではどうにもできなかった。

 痺れから立ち直る暇もなく、続けざまに火砲が火を吹いた。音に遅れて衝撃がクォドォスの体を襲う。


「これは炸薬か!? 炸薬を飛ばすとは、人間め。珍妙なものを作りおる!」


 だが威力は侮れない。青銅竜カダケルの頭を吹き飛ばし、今また自分の皮膚を抉っているのだ。久方ぶりに感じる肉が抉れる痛みに、思わず金竜クォドォスも半身で防御姿勢を取る。

 同時に、再度前方で雷が収束するのを感じた。インパルスを充填する時間を火砲で稼ぐ。そう感じ取った金竜クォドォスは、このままではなぶり殺しにされると感じ取った。


「させるか!」


 火砲の途切れ目に、大きく息を吸いこむクォドォス。自分が吐くブレスもまた雷。どちらが強いか勝負するのも一興と考え、全開で放った。


「ケァアアアア!」

「風舞の七形、おろし!」

「地舞の八形、連巌波!」


 ヴァトルカとジェミャカの放つ風の壁と大地の壁が金竜クォドォスのブレスを遮った。だが2人の舞で、ようやくぎりぎり。ブレスと舞が相殺し、その衝撃で銀の戦姫である2人も吹き飛んだ。


「この金竜のブレスを止めるだと? 銀の戦姫どもか!」

「知恵ある竜のブレスを止めろなどと、副長も無茶を言う!」

「だけどなんとかなったぁ!」

「2度目はありませんよ、これで決めてください!」


 ヴァトルカが叫んだのは、インパルスとその持ち主エメラルド。エメラルドは体調と天候次第では1日3発程度はインパルスを振るうことができる。だが連発は負担がかかるし、これほどの雷撃となるとエメラルドに反動がないわけではない。

 だがさきほどの一撃では不足だと感じた。インパルスに集まる雷の精霊が、さきほどよりも遥かに膨れ上がる。


「エメラルド、無茶だ! この出力は撃ったことがない!」

「1にち3ぱつ、だよね? 2はつぶん、まとめてうつ!」

「そういう計算じゃない、反動を考慮しろ!」

「えめらるど、むずかしいことはわからない!」


 狩人としてのエメラルドの本能。目の前の竜は危険だ。アルフィリースも魔女たちもいない状態では、金竜の防御力を突破できる火力が不足している。火砲の欠点と機動性のなさはコーウェンが説明していたので知っている。これが最初で最後の好機だとエメラルドは判断した。


「いっけええええ!」


 夕暮れの砂を巻き上げる荒野の空気を、雷鳴が裂いた。クォドォスの長き生をもってしても初めて見るほどの魔力の奔流が襲い掛かる。その瞬間、金竜クォドォスの目がすうっと細められた。



続く

次回投稿は、12/6(月)7:00です。

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