大戦の始まり、その14~北部戦線②~
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走竜たちは斥候である。
馬よりもやや大きい体躯に、発達した後ろ足。最高速度こそ馬に劣るが、半日を休むことなく二本足で駆けることができる持久力と、一度狙いをつけた獲物を決して逃さないという追跡能力では並ぶものがない。
元は大草原を住処としており、生下時よりの飼育ならば人間が使役することも可能となる生物だ。それらを使った部族は大草原の掟に違反し、ファランクスに粛清された。その際に脱走した走竜が竜の巣に流れ着いて野生化し、100体前後の集団を形成した。
戦闘力こそ竜族の中では高くないが、大草原にはない立体機動を獲得し、さらにはコミュニケーションを取りながら狩りをする珍しい性質を備えた彼らは、竜の巣でも生存するだけの縄張りを持つに至っていた。
それらをリディルが従えた。走竜たちは最初自分たちの前に現れたリディルと一刻程睨み合い、そして自ら頭を垂れた。コロニーの全戦力と比較して、服従以外の選択肢がないことを悟ったのだ。
竜の巣からの移動が始まってより、主となったリディルの意図を彼らは察して斥候を務めている。他の竜は動きが遅く、移動も時間がかかる。また餌や水も必要である。それらの在処を探索し、確保あるいは襲撃する。その分新鮮な肉と水にありつける。
これらの役割をこなすうち、彼らの中には徐々に自我と知性が芽生えつつあった。軍隊の様に役割を分担し、その中でさらに性質を特化していく。もう少し時間があれば、そのような進化を来した可能性もあったかもしれない。
「ケアッ、ケアッ!」
「ギャ、ギャ」
荒野に吹く風が砂を巻き上げ、視界を狭めていた。定期的に取り合う走竜たちの合図が頻繁となり、離れて走る別の個体から聞こえてくる。しばらく間を置いてそれらを繰り返すことで、異常がないことを示すことができる。言語を持たない走竜の伝達手段としては初歩的だったが、斥候役となってから規則的に行うようになった。ただその欠点として、合図が常に規則的かつ一方向であることを理解できるほどの知性を獲得するには至っていなかった。
外からの合図を受けて、中央付近の走竜が隣を見る。隣の走竜もこちらを見たということは、合図を折り返す順番だ。2体の走竜は異常がないことを確認する泣き声を上げ、伝達を折り返すべく外側をそれぞれ見た。だがその目に入ったのは、砂交じりの風に紛れて槍を突き出す褐色の肌の狩人だった。
「止まれ」
リディルが異常を察して竜の群れを止めた。リディルはセンサーではない。だが元々、聴覚を含めた五感は異常なまでに発達している。魔術で阻害されない限りは、並みのセンサーよりもよほど鋭い。
そして優れた第六感。元々視界がきかないことで警戒もしていたが、風に乗って聞こえていた走竜たちの泣き声がぴたりとやんだ。獲物を見つけたか、あるいは何かの問題があったか。頭上を旋回する飛竜を眺めると、そのうちの一体がふらりと墜落するのが見えた。リディルがずらりと剣を抜き、戦闘準備に入る。
「気を付けろ、敵だ!」
竜たちから返事はない。だが主の警戒が上昇したことはわかるのか、彼を中心に円形の陣形を組んで周囲を威嚇し始めた。そのうち、リディルの隣に巨大な影がぬっとあらわれた。
「主、敵か」
「まだ姿は見えないが、飛竜が矢で落ちた。間違いないだろう」
「我々が行こうか?」
人語を解する竜は、須らく大きく強い。そして名付きの竜は畏怖の対象である――そんな定説を証明するかのような巨大な影が2つ。
「青銅竜カダケル、金竜クォドォス。やってくれるか?」
「無論、主の頼みとあれば」
「嫌はなかろう」
青銅竜カダケルは千年も経た大樹のような足を持ち上げ、地面を踏み鳴らしながら前進を始めた。金竜クォドォスも同じく続く。
並走する巨竜のために他の竜が道を開け、しばらくして彼が目にしたのは等間隔にこと切れている走竜たちだった。
「やられておるわ」
「砂に紛れた一瞬で、戦いの気配も感じさせず仕留めたのか。かなりやる人間たちのようだな」
「走竜など、トカゲとさして変わらぬよ。同じ竜扱いされてはこちらが迷惑さ」
「またそういう憎まれ口を叩く。だから嫌われるのだぞ」
「端から嫌われ者よ。人間どもに崇拝される対象となったこともある竜殿は、言うことが違うなぁ」
青銅竜カダケルが目を細めてふんっ、と鼻息を荒くした。それにため息を漏らしながら金竜クォドォスが続く。
「余計な軋轢や闘争は面倒だと言っているだけだ。上手くやるにこしたことはなかろう」
「金竜殿ほど長生きしておらぬので、まだ血気盛んなのだよ。悪かったな」
「その気性を愛いとも、懐かしいとも思うがな。油断だけはするなよ」
「並の人間の武器では傷一つつかぬ体ぞ。心配めさるな」
やや自信過剰気味に青銅竜カダケルが足を速めた。青銅竜とは本当に青銅で体が構成されているわけではなくただ鈍く青光りする鱗に覆われているというだけで、その堅牢は鋼以上だった。数多の竜殺しと呼ばれた傭兵が彼に挑むも、討伐は適わず。ギルドの討伐依頼はS級まで上がったが、報酬と名声にかられて際限なくやってくる人間を面倒と感じたカダケルが竜の巣に引きこもってから、50年が経過していた。
金竜クォドォスは200年以上も前に人間と共に生活しており、大戦期には人間に協力したこともある竜だった。他種族とも友好的に交流する落ち着いた気性で、地竜の亜種である彼は太陽光を受けて黄金に輝く体表をしており、その鱗で一攫千金となると信じた人間たちと自らを崇拝する人間たちが争いとなったため、彼は争いを止めるために竜の巣に移動した。なお、戦闘力は人間の一軍をたやすく退けるほどで、竜族の中では最強の一角かつ竜の巣のまとめ役の一体でもある。
その2体が並んで前進する。この上なく贅沢な威力偵察だと思っていたのは、彼らとてそうだったろう。だからといって油断があるわけではなく、やや先行する青銅竜カダケルが砂埃の先にぼんやりと砦を見つけた。
続く
次回投稿は、12/4(土)7:00です。