大戦の始まり、その13~北部戦線①~
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「よし、到着したか。どうだ、戦況は?」
「フン、アイテにナラン」
眼下に広がるのは、荒野に晒された無数の死体。血風吹き荒ぶ中、ワヌ=ヨッダの戦士団が念入りに相手のとどめを刺して回っていた。それを眺めているのは、戦士長であるオルルゥと、ラインだった。
オークの追撃戦に移る戦場から、密かに離脱したライン。彼は実に10000のイェーガーの部隊を引き連れ、紛争地帯に移動していた。無論、アルフィリースと予め相談していたことである。
その動きを誰にも気づかれぬために、ターラムで交代したり、アルネリアのイェーガー本部に移動するふりをしながら、徐々に追撃するイェーガーの数を減らし、少しずつ分散して移動した。そしてワヌ=ヨッダの戦士団5000と合流し、合計15000人の部隊となった。これは現在アルフィリースが率いるイェーガーの3倍の戦力である。
残り10000は予備戦力として、各地域の傭兵ギルドと本部に点在させている。彼らは流浪の傭兵を装いながら、各所で何が起きているかを逐一報告。そして軍隊がいなくなった各土地では傭兵の仕事が増えることを予想して、イェーガーの知名度を上げるために活躍してもらうのだ。
彼らの目的は紛争地帯での依頼の受領という建前で、ローマンズランドの動きを掴むことだった。そして紛争地帯で不穏な動きをしている小国や傭兵団、あるいは所属不明の軍団がいた場合、秘密裏に処理するために彼らは赴いている。
各所から制圧が完了したとの報告があがってくると、ラインがオルルゥに確認した。
「一人も逃がしていないな?」
「モチロンだ。ドコのレンチュウかはシランガナ」
「いいさ。どうせ裏工作をしているか、名もわからん小国や反乱軍、盗賊がほとんどだろう。捕まえたところで何か有用な話が聞けるとは思わん。仮にアルマスの末端だとして、ウィスパーがあずかり知らん部隊は始末してもよいそうだ」
「あるふぃりーすは、ココでナニをスルツモリダ?」
「聞いてないのか?」
「キイタが、アイツのアタマノナカはフクザツでワカラン」
オルルゥがむすっとしたので、ラインは笑いながら説明してやった。
「推測の段階だが――いや、もう確信に近いがな。こちらにローマンズランドが攻めて来る。そいつらに対する遅滞戦術をやる必要がある。このまま奴らが東進すると、内戦中のアレクサンドリアはひとたまりもないからな。そのまま大陸の東側はローマンズランドの勢力下だ」
「ヤツラがコナカッタラ?」
「それはない。アルフィリースいわく、随行していた地上軍の少なさと練度の低さを見れば、本隊が別にいなければおかしいとさ。アルフィリースがアンネクローゼ殿下から話のついでに聞き出した印象だと、オークの掃討に地上軍の2割も割いていないはずだと。ローマンズランドの物資のなさから動かせない可能性もあったが、アルマスは充分量の武器と馬を供給したそうだ。ならば、それらはどこに使われるのか」
「ベツのセンジョウがアルトイウコトカ」
「そう考えるのが妥当だろうな。ウィスパーからの情報提供がなければ、ここまでの確証は得られなかったろう。ただいくつか懸念があって、それがどう出るかで対応が変わるわけだが――」
「?」
ラインの懸念をオルルゥが理解することはなかったが、その時ルナティカが影のようにするりとラインの背後に現れた。あまりの気配のなさにオルルゥですらもびくりとして構えたが、ラインは予想していたかのように平然と声を投げた。
「どうだった、激走する竜どもの追跡は?」
「予想通りの進路、こちらに向かって一直線。このままいくと、10日程度でぶつかる」
「構成は?」
「走竜が半日ほど先行し、亜竜、野生化した飛竜が続く。それからさらに遅れて火竜、地竜、屍竜、青銅竜なんかの大型竜が続く。総勢5000」
「率いているのは?」
「勇者リディル。今は魔王リディル」
「想定通りだな」
ルナティカの報告に、ラインが小さく頷いた。その時、コーウェンがすうっと姿を現した。
「いよいよですね~腕が鳴りますぅ~」
「まずは一撃離脱の戦術で戦う予定だが、ルナティカはどう思う?」
「止めた方がいい。あのリディルの警戒範囲は異常。手強いと見たら、必ず出て来る。あれに勝つのは至難。相当の被害を覚悟する必要がある」
「お前とレイヤー2人がかりでも無理か?」
「3の7で負ける。そのくらい」
「それほどか」
ラインは唸った。最初は徐々に相手の戦術を削る作戦で行く予定だったが、リディルがそれほどの相手となると戦術を変える必要がある。
噂ではリディルの精神はとうに崩壊していて、まともな判断なんてできないのではないかということだったが、どうやら話が違うらしい。そもそもアルフィリースが懸念していたことが、ここでも的を射ているわけだ。
「(竜を統率するとなると、実力だけじゃなくて知性もあると思うのよね――)」
一段階どころではなく進歩している可能性もある。あれほどの竜の軍勢を率いるとなると、既に大魔王級じゃないのかという想像をしてしまうが、だからどうだともラインは考え直す。
「(戦術を変える必要があるが、囮をどうする? あれほどの相手となると、囮や罠すら命がけだ――誰を犠牲にして、誰を残すか。いや、落ち着け。こういった想定以上のことを踏まえて、アルフィリースは俺をここに送り込んだ。必要なのは、まず生き延びること。アレクサンドリアのことは、最低俺が一人で負えばいい――)」
「そいや~」
コーウェンがラインの頬を突然指で突いた。考えに没頭していたため、コーウェンに触れられるまで一切気付くことがなかった。
「・・・何の真似だ?」
「アルフィリースが言ってましたよ~。ラインが悩み始めたら良くない徴候だから引き戻せって~」
「ほほぅ。だが具体的な解決策がなければ、悩みが改善されることはないがな?」
「わかってますってばぁ~。そのために軍師コーウェンが同行しているのですから~、私の知恵にお任せあれ~」
コーウェンが珍しくウィンクをしてみせると、具体的な戦術を彼らに授け始めた。
続く
次回投稿は、12/2(木)7:00です。