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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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シーカー達の苦悩、その3~説得~

「その書簡の真贋しんがんはいかに?」


 部下の一人が叫ぶ。


「ふむ、確かめるか」


 ハルティニアスが何やら言葉を呟くと、書簡の文字が後ろからゆっくりと書き順の逆に消えて行く。その光景を驚愕の目で見るフェンナ。そしてある程度まで文字が消えると、ハルティニアスが詠唱を辞め、別の言葉を呟く。すると、今度は文字が元通りになるのだ。


「父上、問題ありません。少なくとも昨日今日書かれたものではありませんし、オーリにこのフェンナの行動は逐一報告させておりますが、彼女が手紙を書いたなどという報告は上がっておりません。さらにこの文字の染料を詳しく調べれば分かりますが、色からしてシーカーが好んで使う物ではないかと。どうやら本当にアルネリア教会の関係者の書簡だと思われます」

「よかろう」


 ざわめきをオルバストフが制し、ゆったりと言葉を紡ぐ。


「今のは・・・」

「文字の時間を逆行させた。その速度で、だいたいいつ頃作成されたものかわかるのだ。そなたの言葉に偽りはなさそうだな」


 フェンナの疑問にハルティニアスが答えた。


「それで、そなたはどうしたい?」


 今度はオルバストフが問う。フェンナは息を一つ吸い込むと、可能な限り強い意志が伝わるように、しっかりとオルバストフを見据えて言い放つ。


「私は一刻も早くここを離れ、多少強引にでもアルネリア教の庇護を受けるべきかと考えます」

「そんなことができるわけがないだろう!?」


 テーブルを叩きながら発言したのは、またしてもシャーギンだった。


「なぜですか、シャーギン様」

「誇り高きシーカーが、人間どもの庇護を受けれるはずがないだろうが!」

「そんなつまらぬ誇り、犬に食わせてしまいなさい」


 フェンナの言いように、全員がどよめく。


「つまらぬ? 貴様は、我らの誇りをつまらぬといったのか!?」

「つまらないでしょう!? 自分達が生きるか死ぬかの瀬戸際に、誇りだのなんだのくだらぬことを! 考えてもごらんなさい、決断が遅れる程、危険にさらされるのは我らが民なのですよ? その事を承知の上でのその発言ですか!?」

「当然だ! だからこそこうして連日対策をだな・・・」

「それでは遅い!!」


 今度はフェンナがテーブルを叩く。余りに力を入れたのでテーブルが少し変形し、フェンナの手からは血が流れた。その迫力に、思わずシャーギンも怯む。


「今度の相手は普通ではない! 歴史上稀に見る強大な相手です! それを前にしては、全てをかなぐり捨てても足りぬかというのに、第三、第四王子を失ってまでも、まだそんな悠長な事を言うのですか!? だいたいいざという時の対応など、平素から決めていて然るべき事。それを今危機に瀕して、それから対策ですって? どこまで愚かな事を続ける気です?」

「愚かとはなんと!?」

「いいえ、愚かです! そもそも、森に籠り続ける事をいとうて新天地を求めたはずの我ら。それがたった数度の失敗で、結局元の黙阿弥もくあみではないですか! その時に他との交流を断った我らの怠惰を、今このような形で代償として支払っているのです! それとも、我々が全滅するまで対価を支払い続ける気ですか? 決断するなら今しかないのです! 本来なら、貴方達にこんな話をする時間すら惜しい!」


 フェンナが怒りにまかせて一気にまくしたてたせいで、肩で息をしている。そして彼女の剣幕に圧倒され、全員が黙ってしまった。ハルティニアスもシャーギンも目を丸くしている。大人しく見えるフェンナがここまではっきりと物を言うとは、彼らも思っていなかったのだ。

 そんな中、オルバストフだけは冷静だった。彼は穏やかな声で、フェンナを宥めるように声を出す。


「フェンナよ。何を怯えている?」

「怯え・・・いえ、そうかもしれません。取り乱しました事をお詫びいたします」

「いや、そのことはよい。先ほど『歴史上稀に見る』と申したな。何を知っている?」

「はい、実は・・・」


 フェンナはライフレスの事を話した。彼が伝説の英雄王だという事。ライフレス級の敵が何体もいるかもしれないこと。そして、フェンナの里もまた、かれらの手にかかって滅びた事。

 フェンナは自分の里が滅びた時の状況を語るにつけ、いつの間にか涙が頬を濡らす。先の戦いの事を思い出していたのだ。そして、全てを語ったフェンナはその場に泣き崩れてしまった。


「私、私は・・・もう、誰にも死んでほしく・・・ない・・・だから!」


 人目もはばからず泣くフェンナを、誰も責めも侮辱しもしなかった。あまりに泣き声と泣き方が悲痛だったのだ。感情が薄いといわれるシーカーとて、無感情な生き物でも残酷な生き物でもない。ハルティニアスがフェンナの肩にそっと手を置き、彼女を宥めた。

 そしてゆっくりとオルバストフが語る。


「英雄王グラハムか・・・その名前には心当たりがある」

「え?」


 オルバストフの方を向いたのは、フェンナだけではなかった。ハルティニアスやシャーギンまで、彼の方を見た。


「800年ほども前だな・・・私は曽祖父の膝の上で話を聞いたことがある。英雄王と呼ばれた人間の事を」

「父上、私は初耳です」


 ハルティニアスが意外そうな顔をする。


「当然だ。私も今まで忘れていたよ。私にとっても幼い頃のおとぎ話のようなものだ。だが、私は当時その話が大好きだった。戦えば必ず勝ち、どんな苦境も乗り越えて見せる英雄達の物語。彼の部下も一騎当千の英雄揃い。英雄王の右腕と言われた私は魔術を一切使えぬドルトムント将軍が、不意打ちを受けながらも少女を守りながら魔術士100人を相手に勝利する話が好きだった。それが今や敵とはな」

「父上・・・」


 ハルティニアスが意外そうな顔をする。オルバストフは懐かしき光景に思いを馳せた。


「それに我々の先祖は、かの英雄王に仕えたことがある」

「なんと!?」


 これには全員が驚いた。シーカーが人間に仕えるなど、決してないと思っていたからだ。


「英雄王は自分に従う者を拒まなかった。彼の軍勢は実に多様な人種で構成されていたそうだ。我々の祖先も彼の強さに感じ入り、仕えたことがあるらしい」

「そのような歴史が・・・」

「そして今は英雄王が敵となるとはな。運命とは皮肉なものよ」


 誰も何と言ってよいかわからなかった。オルバストフの口から次々と語られる事実に、周囲のシーカー達は思考が追いついていなかった。


「そも、我らの歴史を紐解けば」


 オルバストフはさらに語る。


「我々は大元のシーカーの集落から袂を分かち、新天地を求めた身。フェンナの言った様にな。そういった意味では、我らもまた裏切り者ということになる。そのような事情において、シュミットの一家を迫害し続けたのは、まったくもって悪しき風習と言わざるをえない。これはフェンナ、そなたの両親には伝えたことだが、今一度そなたにも謝罪しよう。許してくれ」

「いえ・・・オルバストフ様!?」


 フェンナが気がつけば、オルバストフは立ち上がり、頭を深々と下げていた。その行為にフェンナは戸惑い、シーカー達は止めに入る。


「父上!?」

「長老! 面を上げてください。このような者のために・・・」

「その姿勢がいかんのだ」


 オルバストフは自分を起こそうとした部下を制する。


「私はもっと早くにこうすべきだった。事実、彼女の両親とはいかに融和するか、他の者の理解を得るかを常に話し合っていた。だが何の事はない。私がこうやって皆の前で頭を下げさえすれば、それが一番だったのだ。もちろんそれは私も提案した。だが心優しいフェンナの両親は、『長老にそのような事はさせられない。私達は急がないから』と、断ったのだ。だが、多少強引にでもやはり融和を進めておくべきだった。さぞかし彼らも無念だったろう。私の不明を許してほしい」


 オルバストフは忸怩じくじたる思いで、フェンナに詫びた。フェンナの里が襲われ、全員が生死不明という事を聞かされた時、オルバストフの内心は穏やかではなかった。今度彼らがミュートリオを訪れる時があれば、フェンナをオルバストフと引き合わせ、本格的に関係を改善しようと画策していたのだ。その事が、現在のシーカーの行動を変えるきっかけになるだろうと。

 だが思いは叶わず、オルバストフは自分の不明を恥じた。そして今またフェンナがこうして乗り込んでこなければ、自分は愚行を繰り返す所だったのではないかと思ったのだ。内心が一番穏やかでなかったのは、あるいはオルバストフだったのかもしれない。

 そして二度同じ過ちを繰り返さないためにも、オルバストフは問うた。


「フェンナよ、改めて聞こう。我々はどうすべきだと考える?」


 その問いに、フェンナは涙を振り払って答える。


「まずは一刻も早くこの場を離れるべきかと。魔王だけならともかく、敵の幹部が出てきたらそれまでです。私達はなすすべなく踏みにじられてもおかしくない」

「それほどなのか?」


 ハルティニアスが疑惑の視線をフェンナに向ける。だがフェンナはゆっくりと頷いた。


「敵の全てを知っているわけではありません。ですが、ミュートリオを急襲した連中と、他に炎獣ファランクスを倒した者が最低います。失礼ですが、炎獣と戦ったとしたらこの里の戦力でどうにかできますか?」

「それは・・・厳しいだろうな」


 答えたのはシャーギンだった。


「もちろん戦いに相性はある。だが、かの炎獣は別格の生物だった。その炎獣が負けたとなると・・・」

「ならばなおさらです。炎獣は戦いの途中で何をどうしても勝てない事を悟り、私達に逃げるように促しました。敵が英雄王とその男だけではなかったら? 少なくとももう一人、私は別の敵を見ています」


 それは初心者のダンジョン、廃都ゼアで出会ったドゥームの事である。


「炎獣級の敵が三人と仮定して、それを上回る戦力はこちらにはないでしょう」

「それはその通りだ」


 シャーギンは素直に認めた。彼は好戦的で自分が先陣を切る性格をしているだけに、戦力差というものには非常に敏感だった。互角に持ちこめそうな敵や、戦力不明の敵ならともかく、全く勝つ見込みのない敵に対して、部下を連れて討ち死にしに行くほど彼は無謀な性格ではない。

 フェンナはなおも続ける。


「ならばやはりここを一刻も早く離れるべきです。急遽落ち着ける場所のあてはありませんが、少なくともこの土地を出て、アルネリア教に近い場所に陣取るべきです。かの教会ならば、救いを求める者がシーカーとて無碍な扱いはいたしますまい」

「なるほど。頼るのは結構だが、交渉は誰がやる?」

「許可さえいただければ、私がやりましょう。そのように書簡にも書いてあったはずです」


 ハルティニアスの言葉に、フェンナは即答した。しばし二人は見つめ合って互いの意志を確認したが、ハルティニアスのため息と共に、彼はオルバストフの方を振り返る。


「父上、私はこのフェンナに任せてもよいと思います」

「父上、私も同意しましょう」


 さらにシャーギンも同意したことに、全員が驚いた。


「シャーギンよ、お主・・・」

「何ですか、父上。私はそこまで石頭だとお思いですか?」


 シャーギンが鼻息も荒く言い返す。


「確かに私は頑固で粗野なのは認めますがね、愚か者ではないつもりですよ。父上が正式に皆の前で謝罪し、協力を申し出るという。それにこのフェンナも中々肝の据わった女で、言っている事も理路整然として正しい。すぐに感情的になる女と違って、ちゃんと話ができるではありませんか。これで私が反対したら、私は里の皆から愚か者の烙印を押されるでしょうよ」


 シャーギンがどっかと椅子に座りなおした。その拗ねたような仕草が少し子供らしく、フェンナはくすりと笑う。

 そのシャーギンの行動で全員が少し和み、また彼らもフェンナを認めざるをえなくなった。こうして、フェンナは晴れてアルネリア教会とシーカー達の交渉を進めることに成功したのである。



続く


次回投稿は5/30(月)8:00です。

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