大戦の始まり、その11~東部戦線③~
「アルベルト、次に大きな街が見えたら一度下ろして。傭兵ギルドとアルネリアの支部を通じて連絡を飛ばすわ」
「はい。ここからですが、ヴィシュテルドがよいでしょうか」
「十分だわ。アルフィリースの援護をしなければいけないからね。大陸東部の反乱、魔物や魔王の鎮圧は冬までに終わらせるわよ」
「それはもちろんですが、かなりの数の蜂起と反乱が起きているようです。それまでに全て鎮圧できるのでしょうか」
「ほぼ全ての反乱を、巡礼と口無しを使って把握しているわ。問題ないわね」
ミランダがあっさりと言い切ったので、アルベルトはそれ以上何も問わなかった。おおよその時間をミランダかミリアザールと共に過ごし、情報網の強化に注力しているのは目の当たりにしているが、いつの間にそれほどの情報網を構築したのだろうか。
まして、戦場にいてそれほどの把握ができるとなると、アルベルトのあずかり知らぬ範囲の出来事である。アルベルトは戦場では冴えわたる勘もあるが、ことそれ以外のことでは学問はさほど得意ではないし、頭も回る方ではないと思っている。今はただこの人について行けばいいかと思う一方で、大陸の運命を左右する分岐点で自分の力をどのように振るうのかを決めかねているのも事実だった。
悩みを察したかのように、ミランダがその肩を叩く。
「迷わないでアルベルト」
「はっ、申し訳ございません」
「この戦いさえ終われば、オーランゼブルの介入はなくなる。奴の目的もおおよそ私には見当がついているわ」
「真でございますか!?」
それは初耳だったのでアルベルトは思わず振り返ったが、その時のミランダの表情は今までに見たことがないほど冷めていた。
「アルフィリースには告げていないわ。彼女もオーランゼブルの手段については理解していても、その目的は理解できないでしょう。それに、オーランゼブルの目的は私にとっても都合がよいの。いいえ、むしろそれを拒絶する者は誰もいないはず」
「それはいったい・・・」
「ただ、その手段を許容できる者もいないことは事実でしょうね。そしてアルフィリースは頭では必要性を理解しても、その過程を無視できない。ならば、決着が着くまで知らなくてもいいことだわ。全てが終われば、オーランゼブルはこれ以上の犠牲を望まないでしょう。あとは首尾よく手足となって動いていた黒の魔術士を打ち取れば、それで解決する話だわ。だらからサイレンスが消えようが、アノーマリーが死のうが、オーランゼブルは一向に動く様子がないの」
「それでよいのですか、ミランダ様は」
「私を信じなさい。そして、あなたの力を十全に活用する場所を必ず与えるから」
「・・・承知」
一度信じると決めたのだ。迷うことはあるまい、迷ってはならないのだと再度考えを固め、アルベルトは飛竜の手綱を早めていた。この迷いが、無駄になればいいと思い込もうとしていた。
***
「ジェイク殿、この食料はどこに運べばいい?」
「ああ、それはあちらの天幕にお願いします」
「ジェイク殿、重傷者の搬送を開始します。こちらの書類にサインをお願いします」
「はい、これでどうぞ」
「ジェイク殿、新たな負傷者が到着しましたが、どちらの天幕に収容したらよいですか?」
「現状の天幕はいっぱいなので、新たに天幕を設営してください。場所は――」
ジェイク率いる神殿騎士団中隊は、後方にて負傷者の救助に奔走していた。中隊とはいっても今回の戦のために駆り出されたグローリアの学生が半数であり、人数だけは中隊規模の200名近くとなってはいるが、その仕事は後方で物資の確認と負傷者の介護、手当が中心で誰も戦場を体験していない。
少し前まで伝令の話からは合従軍の連戦連勝、オークの群れは駆逐されたことのことで、もうすぐ戦は終わるのではないかと思われていた。その報告に全員が胸を撫で下ろしており、自信過剰な者は自分でも戦えたという大言壮語を並べたて、臆病な者は早く帰りたいと弱音を漏らしている。また貴族の者は天幕の粗野な暮らしに愚痴をこぼし、緊張感のない平民たちは遠足気分で夜はたき火を囲んで歌や踊りをする者まで出てきた。
戦場を既に複数回経験したジェイクとしては、この空気をどこまで引き締めるかを悩んだが、相談できる者は隊内にはほとんどいなかった。意外にも苦言を呈するのはブルンズで、ラスカルが宥める始末である。
「あいつら、たるんでるぜ」
「しょうがないさ、戦って負けた部隊の話を聞かなかったんだ。傭兵団と合従軍が有能過ぎて、神殿騎士団すらお飾りの状態じゃないか。ジェイクも結局戦場に行かずじまいだ」
「戦わないで済むなら何よりだが、こういう時が一番危ないって聞くぜ。一度引き締めた方がいいとは思うがな」
「まあまあ」
そんな会話を連日繰り広げていたのに、引き締める暇もなく俄に忙しくなった。魔物を掃討したはずなのに、なぜ。そんな疑問を議論する暇もなく、後方は怪我人と死者で溢れた。もちろん生き延びた者の話から事情は理解できたのだが、どうしてそんなことになったのを説明できる者はいようはずもなく。ただただ彼らグローリア出身者で占められた学生の中隊は、こういった形で本当の戦場を知ることとなった。
また折悪く、予備兵力をターラム以南に下げて交代する時期でもあった。そのため正規の神殿騎士団やシスター、僧侶は通常の半数以下。その人員不足が激務に拍車をかけた。
シスターや僧侶の回復は追いつかず、失った手や足、そして火災に巻き込まれた呻く者たちの声で後陣は溢れた。そして死んだ者の端から次々運ばれてくる負傷者で天幕は埋まり、ついには天幕が足らなくなったので自分たちの天幕を臨時で貸し出し、野宿する羽目となった。
そしてこの時期には珍しく、雨が降り始めた。大きな火災のあとには雨が降ると神殿騎士団の指導で習ったことがあるジェイクだが、本当のことなのだなと空を見てぼんやりと実感していた。
そのジェイクの元に、デュートヒルデがすっと寄った。
続く
次回投稿は、11/28(日)7:00です。