大戦の始まり、その9~東部戦線①~
「どう見る?」
「・・・例年より、冬の訪れが遅いかもしれないな。水の精霊が少ないようだ」
「やっぱり」
アルフィリースは腕を組んで唸った。どうやら天候を読んでいたらしいが、アルフィリースは本格的に深刻そうな表情となった。
冬の訪れが戦を止めるはずなのに、これでは戦争が長引いてしまう。
「7日、10日くらいかな?」
「いや・・・下手をすると雪が降るまで半月遅いかもしれない」
「20日以上も!? 何が原因だろう、バイクゼルを倒したから?」
「それもあるかもしれないが、ピレボスの向こう、北端の氷竜たちになにかあったかもな。彼らが雌を巡って争う戦いが、ピレボスに吹き荒れる氷吹雪を巻き起こしているとも言われている」
「そんなに氷竜の戦いって凄いの?」
「気性が荒い竜だが、季節風の向きが変わると、増幅した風が以南では吹くということさ。いつの時代も、どんな種族も生存競争は過酷だろうがね。まぁ先代からの言い伝えの範囲で、たとえにしか過ぎないとは思うが」
「そうだよねぇ。まさか竜の戦いで気候が変わるなんてねぇ」
クローゼスも自分で言っていながら信用はしていないようで、アルフィリースも素直には納得していなかった。だがまさかドラグレオが氷竜を倒したせいでそれらが現実となったことは、彼女たちをもってしても思いもよらないことだった。
そしてクローゼスの意見を聞いた後、半日悩み抜いたアルフィリースが取った行動とは――
「森を焼きなさい!」
「は、はい!」
戦場にいるかのような表情で、アルフィリースが森に火を放つことを命令した。これにはブラウガルドも難色を示し、アンネクローゼに至っては猛反対したが、全ては敵の追撃を振り切るためだと説明し、強行した。その命令を下すアルフィリースを、ローマンズランドだけでなくイェーガーの者たちも恐怖に濁った眼で見つめていた。
理由はある。だがそれを、アルフィリースは幹部にすらほとんど説明しなかった。隣にいるリサは炎の向きをセンサー部隊で感知し、調整しながら自軍が火災に巻き込まれないように指示を飛ばし続ける。その作業の傍ら、燃え広がる火災をじっと見つめるアルフィリースに問いかけた。
「今度こそ、悪評から逃れられませんね。イェーガーからすら、非難の声が数多出ています」
「そりゃあそうね。私でも知識がなければ正気を疑うもの」
「これで雨が降るということですが、本当ですか?」
「計算の上ではね。まだ風は南から吹いているわ。今なら北の山岳地帯に雨雲が形成されるはずだから、水の精霊が増えて多少なりとも冬の訪れが早まる――」
「本当に?」
「かもしれない」
今度はリサが険しい顔になった。だがアルフィリースも表情は崩さない。
「非難はやめて、リサ」
「しませんよ。しませんが――言いたいことはあります」
「わかってる。そのために私は覚悟を決めたわ。そしてこちらの部隊には、私に対して忠誠心が高いか、諸々も事情からイェーガーに逆らえない人材を選んだ。それこそ、私が死ねと命じれば死地に飛びこむくらいの面子を中心に」
「とはいえ、出だしからこれでは先が思いやられます。彼らの忠誠心が零になる前に、決着をつけてください。背中から刺されて死ぬのは御免です」
「悪い虫はブッスリやってくれるんじゃなかったの?」
旅の最初の方にリサが言ったことを思い出すが、リサはお手上げをした。
「センサーは全方位逃しませんが、リサの手は二本しかありませんので。あと、都会育ちなので虫は苦手です」
「スラム育ちなのに?」
「嫌いなものは嫌いです。そのあたり、チビどもには徹底させていましたから」
「じゃあカラミティとか、最悪じゃない?」
「あそこまでえげつないと、虫以外の何かとして思い込むことにしています」
「うーん、確かに私も虫とは思っていないなぁ」
頷くアルフィリースに、リサが心配そうな顔をする。
「最近、彼女と仲良くすらありませんか?」
「互いに敵として出会ってなかったらね」
「情が移って手を下せない――なんてことはないでしょうね」
「それはないわ。もちろん展開次第では味方に引き込むこともある可能性は残しているけど」
「カラミティがそうすると思いますか?」
「思い難いわね。ただ、まだわかっていないことがあるのよ」
アルフィリースの言葉に、リサは不思議そうに首を傾げた。
「わかっていない?」
「カラミティは怒りのあまり南の大陸の人間を滅ぼしたのよ。でもカラミティからは――オルロワージュからはそこまでの怒りを感じない。それがオーランゼブルのせいなのか、あるいは怒りが薄まったのか。そこまで聞き出すに至っていないわ」
「怒りが薄まっていたら?」
「オーランゼブルを倒すまでは共闘したいかもね」
「なるほど。手ぬるいのでなければ安心しました」
リサがそう言って火災の方向を確認するために、部下たちのもとへと向かった。アルフィリースは燃える森林を見つめながら、けっしてこの光景を忘れまい――今自分がやっていることと、これからやることを忘れまいと、ひそかに誓うのだった。
***
「じゃあ、和睦をするつもりはないということね?」
「当然だ」
大陸東部、アレクサンドリア東方の都市サマルカスにて、ミランダの前に据わるのはディオーレ=ナイトロード=ブリガンディ。
その態度は威風堂々としており、なんら己の行為に恥じている様子はない。それどころか、殉教者のような――死地に赴く戦士を連想させるような血色の悪い顔と、ぎらついた目つきだけが印象的だった。そこには統一武術大会で見た、壮麗で優美な精霊騎士はどこにもいない。
ミランダはしばし険しい視線でディオーレを睨んでいたが、それでディオーレの考えが変わるはずもない。ミランダはがたりと席を立った。
「当然のことながら、貴女なりに正義はあるでしょう。そして同じように相手にも。だけど我々の提案を受けないと言うのであれば、当然援助もしないわ。それでいいかしら?」
「構わぬ、我らは既に死兵。祖国に刃を向けた時から、無事に帰る覚悟など捨てている」
「どうやってこの戦争を終結させるつもりかしら? まさか、貴女が王位に就くなんて言わないわよね?」
「それこそまさかだ。バロテリ公を殺害した犯人を渡せと言っているだけなのに、まるで応じる気がないから佞臣どもをまとめて粛清に行くだけだ。そのうえで私に罪があれば、裁きを受けるさ」
「精霊騎士を殺せるとでも? 人的な損失だけでなく、精霊の祟りをアレクサンドリアは恐れるのではなくて?」
「なんだ、そなた。知らないのか?」
「何を?」
ミランダに向けて、ディオーレが初めて表情を崩した。意外そうに、そして人払いをさせるのを見て、ミランダもアルベルトを下げさせた。ディオーレがミランダに秘密裏に話す。
続く
次回投稿は、11/24(水)8:00です。