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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その7~西部戦線⑦~

***


「納得がいかんな」


 グルーザルド王ドライアンは、シェーンセレノとの会談で開口一番、そう告げた。シェーンセレノからの救援依頼がグルーザルドにあり、そしてアルネリアからも同様の声明があった。そしてローマンズランドからは、何の知らせがない。そうなると、グルーザルドとしても非はローマンズランドにあり、とせざるをえない。

 ゆえにグルーザルドは求めに応じ、シェーンセレノの軍を押し込むローマンズランドの横っ腹を急襲した。指揮官を仕留めればそれで戦いは一度沈静化すると思ったからだ。最悪、ローマンズランドからはその将校の責任として、和睦を結ぶとも考えられた。

 だが他でもない、その流れを台無しにしたのはシェーンセレノだった。彼女はザガリアが討たれて敗走するローマンズランド地上軍を執拗に追撃。10000を超える首を挙げたうえで、拠点として駐屯していた街にまで火をかけ、略奪の限りを行った。中には投降した将兵を惨殺したり、食物を差し出そうとした住人にまで無体を働いたそうである。

 ドライアンはその報告を聞くなり、自らシェーンセレノの元に赴いた。その真意を問い質すためであるが、シェーンセレノの返答はすげないものだった。全ては戦場の慣わしであると。あまりに澱みない回答に宰相のロンや同席したロッハ、カプルでさえ気色ばみかけるのを、ドライアン当人が諫めていた。

 そして言葉を探していたのか、あるいは本心を探っていたのか。ドライアンはシェーンセレノを前に、ゆっくりと口を開いた。


「100歩譲ってそれが戦場の慣わしだとしよう。略奪も、軍によっては戦勝1日の間好きにする場合もあると聞いた。それがそなたの軍の規則なら、我が軍に口を出す権利はない。投降した兵を殺すのも、恨みが深いからかもしれぬ。だが貴殿が仲間の将兵を囮にローマンズランドを引き込み、殲滅させたという手法が気に食わぬ」

「これは異なことをおっしゃる。敵の油断を誘ってその隙を突く。兵法ならば、常道でしょうに」

「それは自軍の場合だ。貴殿の軍は連合軍であろう? 囮とした将兵はどうやって選んだのだ?」

「志願してくれましたわ、自ら。ね、ハイデン公?」

「はい、シェーンセレノ殿のおっしゃる通りにございます」


 誇らしく頷いたハイデン公の表情を見て、ああ、これは話し合いのできぬ種類の人間だとカプルは納得した。人間の中には時に、一切の話し合いができない種類の人間がいることをカプルは経験から知っている。価値観を異にする、とも言い代えられるが、彼らに共通するのは「話を聞く気がない」という一点である。

 話を聞かないのではない、その気がないというのが厄介で、こうして話し合いの場を設けつつも決して、互いに理解をえることがないというのがむなしい所だった。

 ドライアンも同じことを感じたのだろう。表情を変えず、がたりと席を立った。


「では好きにされるがよい。ただ一つ確認しておこう」

「なんでしょう?」

「そなた、この戦いの終わりをどこに見据えている? 徹底的にローマンズランドが抗戦した場合、どこで戦いを終えるつもりだ?」

「無論、あちらが謝罪するまでですわ」

「謝罪か・・・なるほど、心得た。一度は求めに応じて窮地に馳せ参じたが、これ以上はない。我が軍はそなたたちとは独自に、ローマンズランドと協議する。その結果、折り合いがつけば我々は引かせていただこう。よろしいか?」

「もちろん、それで構いませんわ。今回の戦いにおける、貴国の助力と友情に感謝いたします」

「友情ではない、あくまでアルネリアの求めに応じただけだ。失礼する」


 ドライアンは笑顔なく引き上げ、そしてロンがセンサー対策に結界を敷いてある天幕に到着すると、難しい顔で地面にどっかと座り込んだ。付き合いの長い彼らは、その表情からドライアンが怒り心頭であることと、そして一抹の不安を抱いていることを知っている。

 そして、諸将が何かを言う前に彼らに告げたのだ。


「まだ他の獣将は呼ぶな、お前たちにだけ話しておきたい」

「なんでしょうか」

「この展開はアルフィリースの予想通りだ。そしてアルネリアのミランダ大司教も同様のことを言っていた。この展開を知らされているのは彼女たち以外には、俺とイーディオドのミューゼ女王、そしてクルムスのレイファン小王女しか知らぬ」

「少なくとも、シェーンセレノがローマンズランドを滅亡させるところまで戦うつもりである、ということですかな?」


 ロンの言葉に、ロッハとカプルが唸った。


「馬鹿な、ローマンズランドを滅亡させるだと? そんなことができるものか!」

「左様。かつて複数の魔王の軍勢すら退けた、ローマンズランドの堅固な城と冬将軍。たかが十万そこそこの軍勢で落とせるとは思えませぬ」

「方法はさておき、やるつもりではいるだろう。あの女狐めは、『謝罪』と申した。この戦い、発端となった出来事は価値観の相違よ。シェーンセレノ側はたかが飛竜ごときと考え、ローマンズランドは大切な飛竜を傷つけられたと思っておる。その価値観の差が埋まらぬ限り、つまりは歩み寄らぬ限り戦いは止まらぬ。あの女狐の態度を見る限り、シェーンセレノが歩み寄るつもりは欠片たりともあるまい。となれば、決定的にどちらかが壊滅するまで戦うことになる。もう既に引き返せぬところまでどちらも被害を被ったとは思うがな」


 論の冷静な意見にロッハが黙ったあと、顔を上げた。


「それでもこれ以上の戦火は――」

「加えて、だ。ローマンズランドとシェーンセレノは通じているかもしれないと、アルフィリースは言っていた。どちらもオーランゼブルの手が入っていて、何をどうしても止まることはないと。だから2国の戦いを止めるための努力は、そもそも不毛だと言っていたよ」

「は? 馬鹿な、では彼らは合意の上で、互いに殺し合っていると言うのですか!?」

「そんな馬鹿な話があってもおかしくはないのだ。俺も同じ感想を告げたが、それよりはやるべきことがあるだろうとアルフィリースは言った。これがオーランゼブルの計略だとして、既に何年も前から、ひょっとすると何十年も何百年も前から決まっていたことだとすれば、我々にできるのは相手の意表を突くことだけ。相手の裏をかくために、できることを探して成すべきだと言っていた」

「できることとは?」

「一つには、この戦は最後まで我々が関わること。我々は本来ならお役御免だが、アルネリアから依頼が出ている体でなら、関われるだろうということだ。もう一つは――」

「お話の途中申し訳ありませんが、急使のようです。取り次いでまいります」


 結界を張っているロンが外の様子に気付いて、一度天幕の外に出た。だがしばらくして、そのロンが飛びこんできたのだ。


「王よ、申し上げます!」

「――反乱か」

「は、はい! 反乱ですが――え? ご存じで?」


 機先を制されたロンが驚いたように顔を上げ、そこには見たこともないほど険しい表情をしたドライアンがいた。負け戦や、獣将が討たれた時ですら、ここまで険しい表情をしたドライアンを見たことがない。

 ドライアンはゆっくりと口を開いた。


「――当ててみせよう。トラガスロンが主導し、クルムスに兵を向けたのが一つ。グルーザルドの四方を囲むように小規模の内乱が起き、鎮圧のために出兵の依頼がきた。そして俺と姻戚関係にある西のドリストル王国が、グルーザルドの国境線を突破した」

「は――合っております。慧眼恐れ入るばかり」

「これは全て、アルフィリースの読みだ」


 その一言に、ロンは身震いした。かの女傭兵は何を掴み、そして何を見ているというのか。根底が自分たち獣人とも、人間とも違う。そう感じざるをえない、精霊あるいは魔王めいた先見の明だった。

 ドライアンが続ける。


「自分がこの遠征に参加する連合軍の一員として、もっともやってほしくない策を想定したそうだ。もちろんクルムスがここまで成長するとは誰も読めなかったとして、副案をいくつも同時に走らせているはずだと」

「つまり、こちらの出方に応じていかようにでも反乱を起こせると。そう言いたいのですか?」

「その可能性がある。そして我々が仮に全軍で引き上げようものなら、反乱は瞬く間に自然鎮圧するかのように消えるだろうともな。そして全力で移動した軍隊は人的にも物資的にも疲弊し、二度目の出兵は規模を縮小せざるをえない」

「もしくは、出兵できない何かが起きると」


 カプルとロッハも黒の魔術士の仕掛けがわかってきた。そこかしこに黒の魔術士の手は入っており、それらをいつ爆発させるかは思うがままというわけだ。どうりで南方の大森林の部族がいつも悪い間合いで騒ぎ立てるはずだ。全てではないにしろ、彼らの手が入った戦いが少なからずあったのだろう。

 老練で冷静なカプルをもってして、血管が切れんばかりの勢いで拳を握り込んでいた。この場にヴァーゴなどがいたら、確実に天幕を破壊していただろう。今までの戦いで死んでいった将兵は何だったというのか。戦友が死んで悲嘆に暮れたあの日々が誰かの意図したものだと思うと、やりきれないのはグルーザルドの三軍全員が同じ心境になるだろう。

 その怒りをドライアンは既に飲み込んで終わったのか。盛大にため息をつきながら、これからのことを説明する。



続く

次回投稿は、11/20(土)8:00です。

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