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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その6~西部戦線⑥~

***


「ザガリア様、奇襲は成功です!」

「よし、深追いはするな! 一度隊をまとめ上げてから追撃するのだ。奴らは戦い慣れていない惰弱な軍隊だ。慌てずとも、我々の方が早い!」

「はっ!」


 地上軍を指揮しているザガリアの命令を受けて、若い騎士が走っていった。ザガリア率いる25000の兵はシェーンセレノの軍を攻撃すべく、自ら出撃した。そして出陣し三日目の丁度野営場所を探している中、彼らはシェーンセレノ率いる諸侯の軍と接敵したのだ。

 最初は斥候部隊が互いに遭遇し、驚きのあまり戦闘となった。そこで相手を蹴散らしらザガリア軍は、そのまま敵の陣地を確認し、本隊で襲撃した。相手もまだ野営の準備に追われているところで、面白いように奇襲は成功。ザガリアは大きな戦果を挙げた。

 そのまま周囲を索敵すると、他の諸侯も周辺に陣を張っているではないかとのこと。ここまでシェーンセレノの部隊が近づいていることに驚いたザガリアだったが、何の事はなく、シェーンセレノも戦う気満々だったのだと思い直し、アルフィリースの読みが外れていたことを内心で毒づいた。


「(所詮は戦のいろはもわからぬ、文官の女。恐れていては大功を成すことは出来ぬ。見ていろ、私は惰弱な輩とは違うぞ!)」

 

 ザガリアが息巻き功を焦るのにも、それなりに理由がある。ローマンズランドではかねてより、地上軍の扱いが低い。ローマンズランドの名家は竜騎士の家系で占められ、それ以外の役職は軽んじられる傾向があった。かくいうザガリアも低い家柄の出自ながら竜騎士を目指したが、脱落したクチだった。資格がないわけでも、努力が足りないわけでもなかったが、愛竜を病で亡くしたのだ。

 高い地位にある家柄からの士官ならいざしらず、見習いにまで飛竜の替えを与えるほどローマンズランドの飛竜事情は潤沢ではない。ザガリアは同胞と相争うことすらまともにできず、出世街道から脱落した。

 ならば地上軍でのし上がればと考え、事実彼は将軍となった。飛竜や竜騎士とて生き物。水も飲めば食事も食べる。そのための輜重隊が必要で、そしてそれを護衛する地上軍は必須なのだ。彼は10年の間地上軍の将軍として堅実に勤め上げ、そして現実は何も変わらないことを知った。

 幸いだったのは、ブラウガルド第二皇子は地上軍の扱いに差別がなく、補給線の重大さをわかってくれることだった。その分、今までの指揮官よりも自分の話に耳を傾けてもらえる。ザガリアは必死に意見を奏上し、ようやく一軍の指揮権を拝命するに至った。これでこそ力が発揮できる。その考えに弾む心を抑え、努めて冷静に振る舞い指揮するザガリア。その指揮は好戦的だが、堅実でもあった。


「ザガリア様、連戦連勝です!」

「また一つ相手陣を蹴散らしました!」

「ボムロス公と思しき旗が撤退していきます。我が軍の勝利です!」


 一晩の間に何度も敵を退け、夜襲をしのぎ、反撃し勝利を挙げた。陽が高くなってもその勢いは衰えず、ザガリアとその軍は前進を続けた。


「進め進めぇ! 相手の軍は惰弱だぞ!」

「功を上げろ、首をとれぇ!」

「物資を奪え、陣を焼き払え!」


 既にザガリア率いる軍の中隊長、大隊長は気をよくして追撃を各自の判断で行っていた。その様子をザガリアは頼もしくさえ思っていたが、側近の一声で我に返る。


「将軍、そろそろ一度休止しませぬか」

「何を言うか、これほど意気軒昂に追撃している仲間に手を緩めろと申すか」

「しかし将軍、既に夕暮れです。二晩続けての追撃戦を行おうにも、疲労が頂点に達している隊もいるでしょう」

「ふむ」 


 ザガリアが空を見上げると、確かに空は薄暗くなりつつあった。この辺りは秋の夕暮れが美しいと有名だが、その季節には早いかなどと暢気なことを考える余裕すらあった。

 

「もうそんな時間か。勝ち戦は時を忘れるな」

「はい、大勝にございますれば」

「一度、奪った物資を拠点に運ばねばなるまい。せっかくの略奪品だからな」

「すでに手配済みです。将軍も一度休まれてはいかがですか?」

「なんと! 手際のよいことだ。私は良い側近を持ったようだな。では一度休憩させてもらおうか」

「これは過分なお言葉をいただき――」


 側近が恭しく礼をした瞬間、ザガリアの体は宙に浮き、木に叩きつけられていた。そして折悪く木から枝が突き出ており、さらには遅れて馬が自分を挟むようにして木に叩きつけられると、枝は鎧の隙間から容赦なく彼の体を貫いて木に固定した。

 何が起きたのか理解できないザガリアの視界には、驚く側近が駆け寄ろうとして後ろから獣人に首を刎ねられたのを見た。そのままザガリアの中軍は、森から湧き出る獣人の部隊によって戦いの咆哮すら上げる暇もなく、静かに完全に制圧されていた。

 その後からゆっくりと、獣将のヴァーゴとバハイアが姿を現す。バハイアは部下に指示を飛ばしながらしっかりと制圧を進めていたが、ヴァーゴには残念で不本意な表情しかなかった。


「あまりにも無防備だったから罠だろうと思って遠当てを撃ってみたんだがよ・・・あっさりと決着がついちまった。こいつがローマンズランドの将軍の一人でいいのか?」

「間違いない。ブラウガルドとかいう総大将の傍にいた奴だ」

「名前は?」

「知らん。人間の顔と名前は覚え難い」


 バハイアの素っ気ない態度に、頭をぼりぼりとかくヴァーゴ。既にバハイアはザガリアに目もくれず、一人一人息の根を止めたかどうか確認していた。どうやら捕虜を取る気はないらしい。

 ヴァーゴは木に刺し貫かれたザガリアに向けて、残念そうにため息を吐いた。


「こんなあっさり終わったんじゃ、手ごたえも何もありゃしねぇ。俺らが到着するまで仕掛けを待った3刻、その間に死んだ将兵になんて言やあいいんだ。これならバハイアとロッハの先発部隊だけで制圧できるじゃねぇか」

「貴様ら・・・獣人如きに・・・」

「プライドだけは一人前だな。お前ら、実戦経験は魔物以外にねぇだろ? もうちょっと注意深く周囲を見てりゃあ、こんなことにはならなかったろうよ。無駄に物資が散乱していると思わなかったか? その割には死体が少ないとか、退却する部隊が整然と逃げているとか。緩兵の計なんざ、獣人の俺でも知ってるぞ。追撃に夢中になって周囲にセンサーすらまともに配置できずに、伸びきった部隊の横っ腹から本陣を急襲されるとか、阿呆か。火をつけて回るとか、俺らに居場所を教えるようなものだ。あの黒髪の女傭兵に、何か言われなかったか?」

「・・・だ、まれ・・・」


 ザガリアはアルフィリースの忠告を思い出して悔しそうに否定したので、ヴァーゴは残念そうに首を振った。


「図星か。多少はあのねーちゃんの話を聞いてりゃ、こんなことにはならなかったろうにな。残念だ」

「ちが・・・う、俺はこんなところ、で・・・死ぬわけには・・・」


 だがザガリアの言葉もむなしく、ヴァーゴは一撃でザガリアの首を刎ねた。その首を持ち上げながら、傍にいた部下に丁重に本陣に届けるように預けた。


「こんなところで、な。戦争で死ぬ奴らは皆、そう言うぜ。お前の敗因は、何十年と戦争をし続けている俺らを舐めたことだ。当然の報いよ」

「その割に、不服そうだな」


 バハイアの指摘に、よりむすっとしたヴァーゴ。


「そりゃあそうだ。あの黒髪のねーちゃんが俺らを裏切ったことにも驚きだが、この展開にもな」

「裏切ったわけではなく、元々雇い主がローマンズランドなのだから仕方なかろう。戦場では昨日の友が今日の敵になることもある」

「それは納得しているが、そもそもローマンズランドとシェーンセレノが揉めていることがおかしかねぇか? 俺らは何のためにここに来た? 誰と戦えばいいんだ?」

「それを決めるのは王だ。そして王からはまだ撤退の命令はない」


 バハイアがそう言い切った後、森のそこかしこからはシェーンセレノの軍の銅鑼が聞こえてきた。どうやら伏せておいた兵で一斉にローマンズランドに襲いかかるようだ。


「もう総大将は死んだのにな。放っておいても敗走するだろ」

「少しでも地上軍を削っておきたいのだろう。ローマンズランドの主力がいかに竜騎士とはいえ、地上軍の随行がなくば役立たずだ」

「なんで今回、竜騎士はいない?」

「こんな森の多い土地で竜騎士が役に立つと思うか? 火を吐けば、味方を焼き殺しかねん」

「なんでぇ、結構不便だな」

「そうだ、思ったよりはな」


 バハイアは宰相のロンとドライアンが語る竜騎士の欠点についてしっかりと聞いてはいたが、こちらが森を中心に散開して陣取っている限り、ローマンズランドは非常に手出ししにくいのではないかと思われた。

 そしてシェーンセレノの指揮が的確過ぎるとも。最低限の被害で、最高の戦果をあげる。この勢いなら、ローマンズランドの地上軍は壊滅するだろう。戦闘経験がないはずの女指揮官がこうまで上手く戦えるものかと、同時に戦上手のローマンズランドにしては妙に雑な指揮ではないかと、バハイアは違和感を感じずにはいられなかった。



続く

次回投稿は、11/18(木)8:00です。

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