大戦の始まり、その3~西部戦線③~
「まず守勢に回った場合。主戦派の将軍方のおっしゃるとおり、シェーンセレノは充分に陣容を整えてから宣戦布告してくるでしょう。そもそも、ディール公のことなど誰か覚えておいでですか? 軍議でも後方に位置し、覇気もなければ大人しい方だったと私は記憶していますが、彼がローマンズランドと揉めるようになることがそもそもおかしい。なれば、この戦いは最初から仕組まれた可能性もあります。ディール公を使い捨てとして最初からシェーンセレノの目的が我々と戦うことなら、どんな言い訳をしても戦いは避けられないでしょう」
「んなっ・・・なぜシェーンセレノが我々と戦う必要がある? 答えよ、アルフィリース!」
「さぁ? それこそシェーンセレノを捉えた後に、拷問でもして吐かせればよろしいでしょう。今はそのことを論じる時ではありません」
アルフィリースには思い当る理由があるのだが、酷薄にアンネクローゼの言葉を切って捨てたので、逆に主戦派の将軍にアルフィリースに感心した者が出た。どうやら皇女の操り人形でもないことが伝わったらしい。
アルフィリースはさらに続ける。
「次に攻勢に出た場合。皆様はグルーザルドの機動力を舐め過ぎです。今シェーンセレノとことを構えれば、側面をグルーザルドに突かれるでしょう。彼らの場所から早ければ一日半でこちらまで戻ってきます」
「一日半で・・・? いやいや、それはさすがにないだろう。馬を使って10日以上の距離だぞ?」
「森や荒れ地を通っての10日です、獣人たちなら苦にしません。それにどうして獣人の脚力が馬より劣るとお考えで? そのように惰弱な種族なら、かつて人間も苦戦しなかったでしょう。シェーンセレノは1日だけ時間稼ぎすればいいのです。今攻めれば、負けます」
「逆に、今攻めねばいつ攻める? 述べてみよ!」
ザガリアが吠えたが、アルフィリースは冷めた目で彼から視線を逸らした。
「攻めたければご勝手にどうぞ、自殺行為に付き合う気はありませんから。私が攻めるのは、勝てる確信がある時だけ」
「ふん、これだから女は臆病なのだ! 自ら火の中に飛びこんで勝利を掴まずして、何とする!」
「ザガリア将軍はたき火に飛びこんで火中の栗を拾うのが大好きなようで・・・私は臆病なもので、遠くから槍でそっと拾いますわ。あるいは水をぶっかけるか、どちらか」
「なんだとぅ⁉」
アルフィリースの言い方が面白かったので、何名かの将軍は小さく吹き出し、ザガリアに睨まれて居住まいをただした。
アルフィリースはザガリアの意識が他所に向いた隙に話を続けた。
「そしてターラムに繋がる隘路を押さえるのは、愚策も愚策。15万近い軍勢の退路を断って死兵とするなど、正気の沙汰ではございません。勝つとしても、こちらにどれほどの被害が出るか。それに、少数の兵なら分散していかようにでも山間の小道から脱走できるのですよ? 現にアルネリアがオークたちの脱出を邪魔するべく動いていましたし、それらの小道も全てアルネリアは把握しているでしょう。全く意味がありません」
「ではなんとする?」
「ですから私はここを落とします」
アルネリアが地図の上にかつん、と駒を置いた。その場所を見て、目を見開かぬ者は一人もいなかった。なぜなら、駒は北部商業連合の傘下にある自由都市に置かれていたからだ。
さすがに将軍たちがどよめいた。
「馬鹿な、中立を宣言した自由都市だぞ! それを攻めればどんな非難を受けるか――」
「シェーンセレノと揉めた段階で、中央部から大陸の東側にかけて我々の悪名が轟くのは間違いありません。今更評判など気にしてなんとしますか。勝った者が歴史を作る。全て倒してしまえば、文句を言う者はいなくなります」
「それはそうだが、暴論ではないのか?」
「強引であることは認めます。それに理由はもう一つあり、こちらの方が重要です。自由都市、と言いますが、それは何から自由なのでしょうか。権力から? それとも果たすべき義務からでしょうか? ローマンズランドの諸将は少なくとも、かの都市と商業連合に苦い思いをさせられたことは?」
「それは――」
アルフィリースの言葉を正鵠を射ていたので、誰も何も言えなかった。
「北部商業都市連合は、先のオークの軍勢に対して一早く傭兵を雇い入れ自衛を行いましたが、周辺諸国からの救援要請は無視しました。そして今流民の受け入れも極力制限しており、食料の提供要請も断っています。家を失った流民が飢餓に苦しむ一方、彼らは安全な囲いの中、余った食料で放蕩三昧。自らの才覚で成した財で何をしようが非難されるいわれはないかもしれませんが、それにしてもあまりに身勝手では?」
実はこの追撃戦の最中、アルフィリースは浮いた時間を使って北部商業連合の会頭たちに何度か面会を申し込んでいる。6人いると言われている会頭のうち、面会に応じた者は3人。そのうち食料解放や流民の受け入れに応じた会頭は1人だけだった。
あとの5人は、自分たちの財を分け与える気などさらさらない者たちだったと、アルフィリースは説明する。
「正直、彼らがいなくなっても困りませんね。それよりは、我々で彼らの財を有用に運用すべきでしょう」
「つまり――」
「北部商業連合の富を、緊急事態の名の下に接収します。ああ、許可は求めません。見逃していただければ、私が勝手にやって勝手に民に分配し、勝手にその後のことを決めてまいりますので。反対意見がなければ私は暴走させていただきたいのですが、いかがか」
ここにおいて、ザガリアもソルダムも何も不満を言わなかった。つまり、アルフィリースは明確に反対されない限り、ローマンズランドに「無許可で」やると言っているのだ。失敗すれば自分の責任。そして北部商業連合が蓄えている財力と食料は、ローマンズランドにとって喉から手が出る程欲しい物だった。
そしてアルフィリースは明確な反対がないことを確認すると、ちらりとブラウガルドの方を見て駒をシェーンセレノの方に進めた。
「私が動いている間、少し時間がかかるかもしれません。どなたか、時間を稼いでいただければさらにやりやすいのですが――」
「ブラウガルド殿下、私にご命令を!」
ザガリアが一歩前に出た。別にアルフィリースの意気に感じたわけではない。彼は彼で、功が欲しいのだ。ブラウガルドはしばし諸侯の顔を眺めたが、やがてゆっくりと頷いた。
「ザガリア、貴殿に25000人の兵を預ける。見事相手の出鼻を挫け」
「はっ!」
ザガリアも意気揚々と軍議の場から出て行き、一度軍議は解散となった。アルフィリースはブラウガルドの方をちらりと見ると、彼は非常に冷めた目でザガリアの背中を見送っていた。その視線が意味することを察し、アルフィリースも足早に天幕をあとにした。
アルフィリースとリサが天幕から出ると、その傍にウィクトリエがすっと近づく。
「団長、話し合いは」
「言質はとったわ。手筈通り、明日にでも決着をつけるわ。手勢は既に潜伏しているわね?」
「はい。団長の指示通り、流民に紛れて既に自由都市には数百の仲間が入り込んでいます」
「ウルス」
「いるわ」
ウィクトリエの後から、拳を奉じる一族のウルスが姿を現した。
「あなたたちにも働いてもらうわ。北部商業連合の会頭たちを全員捕獲する。話し合いができそうな会頭には私とシャイアで向かうわ。反抗的な会頭の身柄を抑えて頂戴」
「それなりに腕利きの護衛が傍にいるはずよ。反抗が思いのほか激しかったら?」
「その時は、やむをえないわね」
澱みない苛烈な言葉に、ウルスの目がきらりと光った。
「承知したわ。現地に乗り込む手段とやり方はこちらに任せてもらうわ」
「無論よ。それぞれの場所に誘導する仲間がいるはずよ。館の仲間では静かに入れると思う」
「そこまでお膳立てができているの?」
「商人の周りには利と金に弱い人間が多いのよ。操るのは容易いわ」
「ふっ、搦め手ありの勝負なら私はあなたの足元にも及ばないわね。いいわ、やってくる」
ウルスが消えると、その後からはラーナとライフリングが姿を現した。
「捕まえた後はあなたたちに任せるわ。彼らの溜めこんだ財産、職業上の伝手、帳簿の在処。全て吐かせて」
「承知しました。吐かせた後はどうしますか?」
「食料などは流民に配布しながら、彼らがターラムに行きつけるように分配して。ターラムの運営会議には話を通してあるわ。そこまで到達すれば、飢え死にすることはないでしょう。残りはローマンズランド軍に預けるわ」
「財産は?」
「同じく、彼らが路銀と当面の生活費で使えるものを預けたら、使えるものは我らでいただきよ。ジェシアに預けた方が、上手く運用してくれるでしょう」
「人は?」
ライフリングが言うと妙な圧があるのでアルフィリースとラーナ、それにリサは思わず彼女を見たが、肩をすくめて答えた。
「別に変な意味じゃないわ。ただ拷問するなら、壊れた後の処置も決めておいてほしいもの」
「・・・可能な限り壊さないようにはやってほしいわね。腕の良い連中がいたらこちらで雇ってもいいわ。それに働き口がない者も。建物への被害は最低限に、いいわね?」
「承知」
そうして人がいなくなると、アルフィリースの天幕にフォスティナが訪れているのが見えた。フォスティナは常に護衛という名目でアルフィリースの近くにいるが、実際に戦わせていることはない。
戦えないほどの体ではないが、いつ体調が悪くなるとも知れないからだ。
続く
次回投稿は、11/12(金)9:00です。