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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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シーカー達の苦悩、その2~フェンナの決意~

 シーカーと人間は扱う言語が本来異なるが、もちろん王族であるフェンナは一定以上の教育を施されている。人間が扱う文字にも苦労はない。だがこれはフェンナの両親独自の方針であり、実はミュートリオのシーカー達は、会話にはそれほど困らなくても、人間世界の文字を読むことはあまりできないのだ。

 フェンナが書簡に目を通すと、そこには自分達の無事と、これからの進路が書いてあった。また、困った時はアルネリア教会を頼ってよい事も。フェンナはアルフィリース達の無事を確認し安堵する一方で、気を引き締め直す。そして桔梗に書簡を返した。


「桔梗とやら、お勤め御苦労。事情は分かりました。要は、困った時はアルネリア教会をシーカー達は頼ってもよいと?」

「そのようにミランダ様は私に申しつけられました。必要とあらば、私が使者として仲立ちをしろとも」

「ミランダにそこまでの権限があるとは・・・」


 フェンナもミランダがただ者ではないとは思っていたが、どうやら彼女は言う通りの立派な立場の者らしい。普段のミランダを見る限り、そのような気配は全くないのだが。

 だがこれは、フェンナにとっては千載一遇の機会かもしれない。もちろんシーカー全体にとってもだ。


「(ここに留まっても、座して滅びを待つばかり。また、今のシーカー達には、この状況を覆すだけの決断力も、選択肢もありはしない。要は私の決断一つということ。だが、私の言うことを彼らは聞くだろうか・・・)」


 フェンナは項垂れる。


「(いや・・・聞くかどうかではなく、聞かせなければ駄目だ! それが王族として生まれた私の使命。正直こちらの王族になど未練はないが、何も知らない民まで我々のいたらなさに巻き込んではいけない。やらなければならない。たとえ、誰も助けてくれないとしても・・・アルフィリース、私に力を!)」


 フェンナは自分の事を友と呼んでくれた、アルフィリースの顔を思い浮かべる。少なくとも、今は彼女を頼ることはできない。だが、彼女に再び出会うためにはこの試練を乗り越える必要がある。

 フェンナは決断した。


「桔梗とやら、その話受けましょう」

「はい。して、段取りはいかように?」


 ある程度予測していたのか、桔梗の返答は早い。


「今から私は書簡をしたためます。紅の封をした書簡は、私の説得が上手くいかなかった時のもの。これはいずれにせよ、アルネリア教会のしかるべき人物に届けてください。そして、青い封の書簡は私の説得が上手く言った時に、さらに届けるべきものです」

「その書簡はいつ?」


 桔梗は淡々と話を進める。


「明日の同じ時間、この場所に書簡を置いておきます。その後、その足で私は長老の説得に向かいます。さらに翌日、私が同じ時間にここに来ぬ時は、説得は失敗したとお思い下さい」


 フェンナが決意を固めるように、ぎゅっと口を固く結ぶ。


「そして、今の書簡はここに埋めておくように。明日必要になるでしょうが、ここで持ち帰って持ち物を改められてはまずいので」

「承知いたしました。では」


 そのまま桔梗は姿を消した。そしてフェンナも何事もなかったかのように、自分のテントに戻って行くのだった。


***


 翌日、書簡をしたためたフェンナはカザスの元に寄り、アルフィリース達の無事を示した手紙をそっと渡す。そして昨日と同じ言い訳でオーリと遠ざけると、彼女はその場に書簡を置き、代わりにミランダの書簡を懐に忍ばせると、長老達の元に案内するようオーリに詰め寄った。

 フェンナの決意のこもった目に押されるように、オーリはフェンナをオルバストフ達の元に案内する。元々フェンナは王族なので、オーリとしてはフェンナの言葉を無視するわけにもいかない。最初は衛兵に会議中だと断られたが、フェンナはその場の護衛を押しのけるように天幕の中に入って行った。あっけにとられた衛兵がフェンナを拘束する前に、彼女はずかずかと天幕の中に踏み込む。


「失礼いたします」

「なんだ、貴様!?」

「(貴様ときましたか・・・)」


 許可も得ず天幕に入ったフェンナを、オルバストフの側近が咎める。


「衛兵は何をしておるか? すぐにこやつを叩き出せ!」

「黙れ下郎!」


 その言葉をフェンナが一喝する。その剣幕に、天幕の中にいた者が一斉にはっと息を飲む。


「な、下郎と・・・」

「貴様は一体何様のつもりだ!? 末席とは言え、このフェンナ=シュミット=ローゼンワークスは王家の血につながる者。貴様のような輩風情に『こやつ』呼ばわりされるいわれはない! 非礼を詫びよ!」

「・・・申し訳ございません」


 側近は明らかに反省の色の見られぬ態度で、言葉だけを口にした。そんな瑣末な出来事は既に気にとめぬフェンナは、さらに言葉を続ける。


「非礼は重々承知の上で、我々の長であるオルバストフ様に申し上げたい事がございます。どうか私の話を!」

「非礼を承知の上というのなら、この会議の後ではいかぬのか、フェンナよ」


 口を開いたのは、ハルティニアス。彼はフェンナの乱入にも、声を荒げることなく静かに対応した。だがフェンナも一歩も引く気はない。


「そういうわけにはまいりません、事は一刻を争います。それにここにおられるお歴々にも、ぜひ聞いていただきたい」

「だがそれは・・・」

「私の立場は覚悟の上です。私が裏切り者の血筋ということも聞いております。いかな処罰も覚悟の上」


 その一言に、天幕の中がざわめいた。だが、フェンナの凄然とした態度と物言いに、その場の全員が圧倒されつつあった。そしてさらに何か言おうとしたハルティニアスを、オルバストフが制する。


「そこまで言うならよかろう。申してみよ」

「ありがたきお言葉。長老の慈悲に感謝いたします」


 フェンナは丁寧に礼をすると、天幕の中心にあるテーブルの末席に進み出る。その心臓は早鐘を打ち、足は震えていた。足元がおぼつかず、まるで雲の上を歩いているのではないかというような錯覚にフェンナは囚われる。


「(しっかりしなさい、フェンナ! ここからが本番よ!)」


 フェンナは内心で自分に喝を入れると、会議の席に臨んだ。列席する全員が、フェンナの一挙一動に注目している。


「まずは私に発言の機会を下さったことに感謝いたします。私の話したい事は、これからのシーカーの取るべき道についてです」

「ちょうど今、我々もその事について話しあっていた所だ」


 オルバストフがゆっくりと答える。フェンナは務めて落ち着いて質問しようとした。だが、どうしても少しは声がうわずるのだ。そんな自分の事を馬鹿にされるのはよかったが、言葉に力がなくなるのは避けたかった。


「会議はどこまで進んでいるか、伺ってもよろしいでしょうか? 私は詳しい内情は知らぬもので」

「徹底抗戦と退却で議論は別れておったが、退却の方に話は傾きつつある。だが、その退却先で揉めておる」

「斥候を既に外に大地に放った。彼らが詳しい待避先の情報を持って帰るのを待っている所だが、それだけで何もせぬのも馬鹿馬鹿しいので、どこにどう行けばよいのか、あらゆる道筋の可能性を検討していた」

「(今さらなんと悠長な)」


 そのような事は、常日頃から準備しておいて然るべきことなのだ。魔王の群れに追い立てられている今になって、そのような事を検証するとは。フェンナは内心で呆れたが、そこはぐっと我慢した。


「・・・それでしたら、私に良い案があります」

「ほう、申してみよ」


 やや挑戦的に、シャーギンが聞き返す。


「アルネリア教会を頼るのです」

「アルネリア教会?」


 全員が顔を見合わせる。そしてシャーギンが吐き捨てるように言った。


「何を言うかと思えば、馬鹿な事を。そんなことができるわけはないだろう?」

「なぜです?」

「考えても見よ。アルネリア教会といえば、人間側の魔物討伐の筆頭。それが、シーカーを魔物の一部とさげすむ人間が、我々を受け入れるわけがなかろう?」


 シャーギンは、フェンナを馬鹿にするように見下している。もっとも、フェンナとて心の内ではため息をついているのだ。なぜシーカーの連中は、自分達の無知を棚に上げてこうも強気の態度に出れるのだろうかと、不思議でならない。


「シャーギン様。お尋ねしますが、我々シーカーが直接アルネリア教会と対立した歴史がおありで?」

「ふん、そのようなものはなくともわかるだろうよ。常識で物事を考えよ、小娘」

「では、対立した歴史は不確定なのですね。オルバストフ様」


 フェンナがシャーギンと話しても無駄だと考え、オルバストフに話しを振った。オルバストフは顎ひげを撫でながら頷く。


「うむ。私の知る限りではそのような歴史はない」

「ではこの書簡をお見せしてもよさそうですね」


 フェンナは最初の関門を突破したように安堵し、懐のミランダの書簡を取り出してオルバストフに見せた。


「これは?」

「わが友からの書簡にございます。旅の間、私はアルネリア教のシスターと行動を共にしておりましたので」

「待て、その書簡をどこで受け取った?」


 シャーギンが鋭く指摘する。そのくらいはフェンナも想定済みだったので、淀みなく回答する。


「貴方達は随分と自分達の能力に自信がおありの様ですが、所詮外の世界を見ようともせず、自分達の居心地のいい場所に閉じこもる種族になど限界があります。いともたやすく潜入できるのですよ、他の者がその気になりさえすればね。ですが貴方達はそんなことも認めたくないのでしょう?」

「こやつ! 言わせておけば!」


 シャーギンが立ち上がり、腰の剣に手をかける。


「こやつは裏切り者だ! 外の世界の者達と手を組んで、我々を貶めようとしている!」

「無礼な! 私にそんな事をして、なんの得があると!?」

「大方、自分を村八分にした我々への復讐だろうよ」

「そこまで私は度量が小さいわけではない!」

「やめよ」


 いがみ合うフェンナとシャーギンを、オルバストフが制する。


「この娘の言葉が真実かどうかは、後にわかる。そしてそれを決めるのはこの私だ、シャーギンよ。そなたではない」

「は、出過ぎたまねをいたしました」


 シャーギンは憮然としながらも、頭を下げ椅子に座る。そしてオルバストフは書簡を受け取り眺る。そして読み終わると、ハルティニアスに朗読させ、全員に内容を聞かせる。その内容に、少なからず天幕の空気が揺れた。彼らにしてみれば、アルネリア教会から救いの手が差し伸べられるのは、それほど意外な出来事だったのだ。



続く


次回投稿は5/29(日)9:00です。

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