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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その37~追撃戦⑦~

 ミランダが苛立ちに任せてテーブルを叩く。


「なんですって!? どうしてこの時にそんなことが起こるの!」

「どうりでこの戦にアレクサンドリアが参加していないはずだ。内乱ともなればそれどころではないだろう。アレクサンドリアを守る最強の盾は、最強の反逆の剣となったか」


 ブラウガルドがふぅとため息を吐いた。ローマンズランドとアレクサンドリアは険悪な仲ではなかったはずだが、この遠征に一部隊すら派遣していないアレクサンドリアを非難する声は、少なからずあった。誰もが未曾有に戦いに不安を抱え、それゆえの発言だったこともあったが、緒戦の大勝に気をよくした諸侯は非難をやめたが、その事情に関しては謎のままだった。

 ミランダがラファティに矢継ぎ早に質問する。


「理由は? 一体何があれば、あの高潔な騎士が反乱を起こすの!?」

「理由などの詳細はまだ何も・・・」

「兵力はいかほどだ?」


 ドライアンの質問に、ラファティが答える。


「はい、辺境派遣軍3万全てがディオーレ様に賛同したとのことです。さらに地方領主がそれに賛同する形で挙兵し、その総勢はあっというまに5万を超えたとか」

「ならばまだまだ増えるだろうな。ブラウガルド殿下、アレクサンドリアの兵力は総勢どのくらいだ?」


 ドライアンの質問に、ブラウガルドがもったいぶって答える。


「さて、兵力だけならローマンズランドの方が多いと思っておりましたが、かの国も兵役があるそうですから。農民からも寄せ集めれば、どのくらいの兵力となるかは想像もつきませぬが・・・」

「中央の軍は8万と聞いています。予備兵役を合わせて12万ほど。あとは領主たちがそれぞれどちらにつくかですわね」


 シェーンセレノが速やかに答える。そしてミランダが付け加えた。


「加えて、アレクサンドリアと同盟関係にある近隣国がどちらにつくか、で勝負は決まるでしょうけど、そちらも大きな戦となることは間違いないわ。アレクサンドリアと軍事同盟を結んでいる国は多い。大戦期からの同盟をわざわざ改訂している国は一つもないはず」

「我が国は結んでおりませぬが、中小合わせれば今も十数か国が軍事同盟を保持しているはず。アレクサンドリア中央が召集をかければ、断る理由がありませんね。総勢十数万の軍が動きうると」


 シェーンセレノの言葉に、場がしんと沈む。オークどころではない、黎明期にも滅多になかった規模の戦争の予感に、ミランダが動いた。


「・・・申し訳ありませんが、私はこれから調停に動きます。ここの指揮はラファティとエルザに預けますので、国境や土地割譲などの詳細が決まり次第、彼らを間とした調停に入ってください。よろしいでしょうか?」

「異議なし。たしかに、大司教級の人間が動かないと停戦はできそうにはありませんわね。こちらは我々に任せ、どうかミランダ大司教は停戦に向かってくださいまし」

「なに、ここまでしていただいたのだ。オークの残党など、我々で蹴散らして見せましょう。なぁ、ドライアン王よ」

「無論だ、責任をもってオーク共は討伐してくれよう。アルフィリースもそう思うだろう?」

「そうね・・・停戦のための行動となると傭兵の領分は超えているわね。ミランダにお任せするわ」


 それぞれの合意を得ると、ミランダは小さく頭を下げアルベルトを伴ってその場をすぐに出た。最低限の移動準備をすると、移動用の飛竜を駆り出し空に消える2人。細かな停戦の取り決めを始めた3人を残し、アルフィリースは空に消えるミランダとアルベルトを見送ると、そのまま天幕をあとにした。

 自らの陣に戻ると、リサがアルフィリースを出迎えた。アルフィリースは外套をリサに渡しながら、リサの防音のセンサーが稼働しているのを確認した途端、大声で笑い始めた。


「ふふふ・・・あーっはっはっは!」

「ついにイカレましたか?」


 アルフィリースには珍しい笑い方に、リサは少し引きながらも冗談を返した。アルフィリースは笑ってはいたが、その表情は笑っていなかったからだ。

 だがアルフィリースはリサの両肩を強く掴むと、苦しそうな表情で説明した。


「全て読み通りだったわ、悲しいことにね」

「・・・ということは、最低の方向ですね。ディオーレが内乱を起こしましたか?」

「そこまで掴んでいたのは私だけだったかもしれないけど、アルネリアだって手紙や使者の検閲をしていたのだから、ある程度のことは知っていたはず。ブラウガルド殿下とシェーンセレノは間違いなく知っていたはずだわ。ドライアン王は本当に知らなかったのかしらね。誰が演技をしていたのか」

「あなたも演技をしたでしょう?」

「ええ。慣れない演技は難しかったけど、他の人にはどう映ったかしら。それより、悲しみを抑えることが難しかったわ」

「これからたくさんの人が死ぬことですか?」


 リサの質問に、アルフィリースは首を振った。


「違う、それはもう覚悟したわ」

「では何が?」

「地図よ」

「地図?」

「シェーンセレノが持ち込んだ地図。カザスと同じものだったわ」


 その意図がわからず、首をかしげるリサ。


「カザスが敵だとでも?」

「違う。ミランダと昨晩打ち合わせをした時に使ったのは、一般的な詳細図。アルネリアがかつて土地の測量をした時に作成されたものよ。作成は数十年前だわ。対するカザスの地図は7年ほど前のもの。最新版で、さらに精度が上がったものよ」

「それが何か? カザスの仕事の一環で土地の測量をすることはおかしくありませんし、大陸中央部までは仕事を請け負うことがあったと以前――」

「シェーンセレノが持っているわけがないのよ。だって、詳細図はその国の機密事項だわ。他国に漏れると、そのまま地理的不利や条件が漏れることになる。詳細な地形図は国の宝の一つよ。だからカザスはどの国や土地の測量をしたのか、私たちにも詳細を話したことがない」

「あっ・・・」


 リサも言われて初めて気付いた。今回の戦いでも、アルフィリースとコーウェン、ラインは詳細な地図を元に戦術を練っていたが、大隊長以下に話す時はもっと大雑把な地図をわざわざ作って持って行っていた。その意味を、リサは初めて理解した。

 アルフィリースは語る。


「だからカザスはメイヤーの教授職でありながら、行き先を告げずふらりと旅に出る。そうすることで自らの身を守りもするし、傭兵にもいざという時の自衛のために伝手が多かった。国家機密に関わる仕事をしているからだったのよ」

「ならば、その地図をシェーンセレノが持っているというのは――」

「シェーンセレノはオークとグルよ。いえ、違うわね――シェーンセレノは確実に、黒の魔術士に連なる者だわ。そもそもカザスに依頼をしたのも、おそらくはシェーンセレノの関係者。その策は最低15年前から動いていることになる。カザスの前任者にも同様の依頼があったそうよ。そして完成させたのがカザスだと聞いたわ。カザスは今回の戦いで我々を心配して、禁を破って詳細な地図を寄越してくれた。その際に手紙に事情が添えてあったわ。そしてそうなると、シェーンセレノが仕掛けたのはこれだけではないはず。おそらくはアレクサンドリアの内乱も――」

「ディオーレすらも掌の上だと?」


 アルフィリースは頷き、周囲を見渡した。


「ラインとコーウェンは出たわね?」

「え、ええ。それが何か?」

「下手をしたら、ラインの一連の悲劇もシェーンセレノや黒の魔術士が関係しているかもしれないわ。そう考えたら、悲しくなったの」

「な・・・」


 さしものリサも動揺してアルフィリースの外套を取り落とした。アルフィリースは自分の椅子に深く腰かけると、酒を手にして煽った。アルフィリースがこのような行為に走るのは珍しいが、リサは別段止めることはしなかったし、できなかった。

 リサはつかつかとアルフィリースに歩みよると、酒瓶をひったくって自分も煽った。


「飲まなきゃやってられないと、生まれて初めて思いました」

「私もだわ」

「そして地図が違うとなると、何が起こるのです?」

「ローマンズランドとシェーンセレノが率いる諸侯は、土地の割譲で国境線を定めるのよ? その当事者同士が、違う地図を元に話し合いをすれば、どうなるか。火を見るよりも明らかだわ」


 アルフィリースの言葉は現実のものとなる。ローマンズランド、天翔傭兵団イェーガー、グルーザルド、シェーンセレノ率いる諸侯軍が共同作戦でオークの残りの集落を滅ぼし、残敵を掃討するだけとなって戦争の終わりが近づくことに皆が湧き立ち喜びを噛み締めようとした矢先、それは起きた。

 土地の割譲を行おうとしたローマンズランド軍と、シェーンセレノの付き従っていた諸侯の一部が国境線のことで争いとなり、あっという間に死傷者が多数出る戦いとなったとの報告が彼らの元に届いたのだ。



続く

次回投稿は、11/6(土)9:00です。

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