百万の魔物掃討戦、その35~追撃戦⑤~
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「コーウェン、リサ。少しいいか?」
「なんですか~副長~」
「助平なことはやめてくださいませんか?」
リサが何の脈絡もなく体を守るようにかき抱いたので、壁に手をついたラインがずり落ちそうになる。
「声をかけただけだろが!」
「それが助平だと言っています」
「どうしろってんだ!」
ラインが憤慨しそうになり、リサがふっと笑った。
「冗談、冗談」
「ったくよ、余裕があるのはいいことだけどよ、戦時だぜ? もうちょっと緊張感を持てよ」
「センサーである私以上に、緊張感を持っている役割があるとは思いませんが。さて、何の御用ですか?」
「やや時期尚早かと思いましたが~、そろそろですか~」
「そう思うんだが、どうだ?」
ラインの意図を察し、コーウェンがぱんと手を叩いた。
「はい~策を実行に移しましょう~」
「よし。なら手筈通り俺は姿を消す。コーウェンは俺と同行してもらうぞ」
「いいですよ~同衾はしませんが~」
「おい、お前もそういうことを言うのか」
「冗談~冗談~」
コーウェンがへらへらと手を振ったが、今度はリサが真面目に切り返す。
「そろそろ真面目な話をしますが、例のコーウェンからの預かりもの。あれはデカ女で本当に扱えるのでしょうね? 組み立てられないなんて羽目になったら、ただのガラクタですよ?」
「あは~、あれの製図をしたのが誰だとお思いで~? 基本構想は私でも~細かな図面を引いたのは他でもないアルフィリースですよ~。それをドワーフの技術で寸分たがわず再現して~、修正を加えた最終版があれです~。問題ありませんってば~」
「ならいいのです。運用はそちらでも行うのでしょう?」
「ですから~私とアルフィリースが別々に動く必要があるのです~。ドワーフは図面から作ることはできても~、仕掛けや細かな製図そのものはできないんですよ~」
いざという時の預かりものの修正。そして戦略を動かすことができる頭脳が一か所に固まっていては、いざという時に困るということか。リサはコーウェンの言わんとすることを理解した。
「つーことだな。さて、かなりそっちは大変になると思うが、選抜に抜かりはないか?」
「大変なのはどちらもですが、新規の傭兵も入れ替えながらそのほとんど全員を運用したことで、おおよその個性を判断することはできました。ひょっとすると他国の間諜のような連中も混じっているかもしれませんが、どのみち一蓮托生。逃げられませんし、逃がしません。ま、忍耐強い連中を中心に選んだつもりです」
「頼もしい限りだ。ブラックホークの動きは?」
「ドライアン王とヴァルサスとの打ち合わせどおり~、半分が例の洞穴に向けて戦場から消えました~。残りの半分は連絡役として~、戦場のそこかしこに分散させたようです~」
「ドライアン王は真面目にオークの残党を狩り回ってますね。おかげさまで進軍が早い早い。アルフィリースが宥めに何度も行ってましたよ、このままでは計画が崩れるってね」
「ローマンズランドの動きは予想通りほとんどなかったな・・・自国の衛星国の奪回だってのによ」
「予想できたことですよ~。誰に言われたわけでもなく~、エクラさんもそう思っていましたし~」
「後方のアルネリアも同じことを考えているだろうな」
ラインは小さく唸ったが、何が不満と言うわけではない。ただ、ここまでほとんど全てが
アルフィリースの思惑通りということが、逆に怖いくらいだと思っている。
それはリサも同じ考えのようだった。
「では、ここから先の戦争こそが本番なのでしょうね。果たしてどれだけの人が死ぬやら」
「言うな、遅かれ早かれ起きたことだ。それを可能な限り最小限に抑えることが肝心だと、アルフィリースも言っていただろう?」
「そうですとも~。そしてもっとも大事なことは~、我々が揃って生き残ることです~。死ぬのは軍人さんと~、欲の皮が突っ張った連中にお任せしましょう~」
「最悪、アルフィリースと幹部だけでも生き延びさせてみせます。そちらも抜かりがないように」
「誰に言ってやがる」
「ですです~」
三人は軽く拳を突き合わせると、その場から静かに去った。時は夏前、蒸し暑さが本番を迎えようとする頃のことである。
同じ頃、後方でミランダが唸っていた。後方からアルネリアの周辺騎士団と神殿騎士団を動かしつつ、最初はターラムに陣取っていたのだが、月一回の進軍状況と戦死者、負傷者そして戦いの調整をするためにミランダが前線にまで出向く事態となっていた。
アルネリア関係者の多くは反対したが、ミランダ自身が調整を自分でした方が早いだろうとのことで、ローマンズランド、グルーザルド、そしてシェーンセレノ率いる連合軍の中継地にまで足を運んでいた。
もちろん、後方であるからとアルネリアが暇を持て余しているわけではない。負傷者こそ少ないが、進軍が予想より早いせいで土地の浄化が追いつかない。シスターや僧侶は夜を徹して浄化活動を行っているが、一部土地では汚染が進み、土地から魔獣や魔物が発生する事態となりつつあった。それらに対処することが今の主なアルネリアの使命となっており、せっかくの神殿騎士団も最前線での活躍の機会を得られる部隊はほとんどなかった。
ミランダの傍にいるラファティが、戦況図を眺めながら不思議そうに感想を漏らす。
「これが本来のアルネリアの立ち回りといえばそうですが、大戦期のこととはいえ、アルネリアは最善も後方支援も、そして土地回復のための浄化も行えたものですね。どんな部隊運用をしたのでしょうか」
「単に数が多かっただけでしょう。諸侯の軍勢の過半数をアルネリアが常に占め、だからこそアルネリアは八面六臂の活躍をした。今のアルネリアは軍縮をかなり行った結果、現在の規模となったわけ。ま、戦が減った世の中なら常設軍をそこまで維持するのは、金銭的にも無駄が多いわ」
「なるほど。ですがこれだけの規模しかいなくては、衛星国の奪回はできても治安回復と国土復興には至りませんね」
「まさにそれよ。諸侯連合やグルーザルドはともなく、ローマンズランドの軍の動かし方・・・まるで衛星国の復興をしようとしているように見えないわ。どうするつもりなのか、問いたださないとね」
グルーザルドやイェーガーなどの傭兵団が治安復興に興味がないのはわかる。シェーンセレノも、下手をすれば内政干渉として非難を浴びるだろう。だがローマンズランドが奪回した土地の復興を行っていないのは、なぜなのか。この機会に問いただす必要があると、ミランダは感じていた。
続く
次回投稿は11/2(火)9:00です。