百万の魔物掃討戦、その34~追撃戦④~
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「アルフィリース、1つ言っていいか?」
「なにかしら、ロゼッタ」
神妙な顔をしてロゼッタがアルフィリースに話しかける。対するアルフィリースも表情は硬い。そしてロゼッタには珍しく、言いにくそうにしながらも我慢できずに一言を発した。
「暇だ」
「・・・だよねぇ」
急に表情を崩した2人は、互いに溜め息を吐き漏らした。彼女たちの眼前では、意気揚々と出撃準備に勤しむイェーガーの仲間たちが大勢待機しているのにもかかわらずだ。
彼らを見て、アルフィリースもロゼッタも頼もしく思わないわけではない。だが、それ以上に一つの感情が勝る。あまりに容易い、という感情が。
「いやまぁ、お前の指揮が良いのは認める。コーウェンの指示が的確なのも。アタイらは一月以上に渡るこの追撃戦で、一度たりとも食料も武器も不足していない。燃料や衣服にいたるまで、全てだ。これがいかほど恵まれているか経験の乏しい連中にはわからんかもしれねぇが、傭兵歴の長いアタイはよくわかってる。敵の中央で食料や飲料水が不足したり、追撃戦の真っ最中に武器が不足して転身、その背後を突かれる恐怖なんて味わわねぇにこしたことはない」
「だからこそ、ぬるいと?」
「そうなんだよ。これじゃあただの狩りにしかすぎねぇ。オークってのは腕力と耐久力に優れた種族だが、言い代えればそれだけだ。頭は悪いし、学習能力はゴブリンよりも劣る。持久力も忍耐力もないから、包囲して叩くなり罠にかけるなりやり放題だ。だからギルドでも討伐等級が低いわけだが、じゃあ容易いかと言われると決してそうでもねぇ。ろくな防具や受け方も知らずに戦えば、一撃で脳天カチ割られてしまいだ」
「そうね。いかに恵まれた追撃戦と言えども、ここまでの規模となるともう少し死人や怪我人が出てもいいはずだけど」
目の前の仲間に、そんな悲壮感は微塵も漂わない。
「死人、怪我人がどれほど出た?」
「死者13人、後方に搬送するほどの怪我人で100人程度。アルネリアの援護があるとはいえ、少なすぎるわね」
「だろ?」
ロゼッタが、感謝と諦観をないまぜにした複雑な視線でアルフィリースを見つめた。アルフィリースもまた、ロゼッタが何を言わんとしているかはわかっている。
このままでは戦争が簡単なものになってしまう。そして戦の厳しさや過酷さを知らないまま、名声を得たイェーガーの勢力だけが大きくなる。それは幹が太くないのに、たわわでうまそうな果実をつけた樹のようではないか。さぞかし他所からは狙いやすいだろうと、アルフィリースは再びため息をついた。
「かといって、わざと死者をだすわけにもいかない」
「もちろんだ、だから困っている。それにつけても優秀なのは、リサの率いるセンター部隊だな。あいつらが索敵、隠密、かく乱まで全てやってくれるせいで、ほとんどの傭兵が最後に剣を振り下ろすだけでいい。それが問題なんだ。こんな簡単すぎる仕事があっていいわけがない」
「仕事が簡単なのにこしたことはないと思うけどなぁ・・・ま、対応力や忍耐力を鍛えるには至らないけどね」
「新人どもは優秀だぜ? 講習をきちんと守っているし、それぞれの追撃部隊に組み込んだベテランの言うこともよく聞いてらぁ。だが、だからこそ――だからこそ、どこかに大きな落とし穴が待っている気がしていけねぇ。老婆心みたいなことを言うのは、性に合わねぇんだけどよ」
ロゼッタがこのような懸念を口にすることは珍しかった。豪放磊落と言えば聞こえは良いが、言ってしまえば自堕落な私生活からは考えるべくもない細かな点に気付くロゼッタの配慮は、アルフィリースの想像通り団の運営に役立っていた。
表立って利益に直結するわけではない。そして何か仕組みを作ったりするわけではない。ただ団員のちょっとした不満や物足りなさ、いうなれば心理的な穴――そういったものをロゼッタは拾い上げて塞ぐのがとてもうまかった。
小さな穴も、やがては建物を腐らす元となる。ロゼッタはアルフィリースが期待した通りの役割を果たしてくれているからこそ、団の基本方針について何かアルフィリースに物申すことはなかった。それだけに、今ここでロゼッタが自ら言い出したことは、重要なことのように聞こえた。
「だったら、どうすべきかしら?」
「戦術からして、奴ら新米共に考えさせるべきだな。戦略はそのままに、どこに偵察を出して、どこから攻めるか。その指揮権を大隊以下に下ろせ。お前とコーウェンの戦術はちと優秀すぎる」
「そんなに優秀かなぁ?」
「この一ヶ月の戦果を思い出せよ。豚共に奪われた土地の7割はもう奪回した。残っている連中にもろくなのがいるとは思えねぇ。シェーンセレノの方ですら、諸侯が功を争って小競り合いが起きる始末だ。もう豚共が敵には見えてねぇだろうさ。これ以上の速度でオークを駆逐すると、諸侯に恨まれるぞ。イェーガーで戦功を独り占めしたってな」
「うーん、言い分はもっともだけど」
アルフィリースは困ったようにロゼッタを見上げる。その甘えるような視線に、思わずロゼッタに嫌な予感が差した。
「・・・なんだよ。変なお願いは聞かねぇぞ?」
「いえ、そうじゃなくて。私がもっと暇になるなぁと」
「いーんだよ、団長なんて遊びながらふんぞり返っているくらいで。お前は最近仕事をしすぎだ。たまにはゆっくりしたらどうだ」
「そうだなぁ。あんまり倒し過ぎると、予定が前倒しになっちゃうのか。そうなると、ちょっとまずいかもしれないのか。どうやって暇をつぶそうかなぁ・・・カトライアやドードーのところにでも遊びに行ってこようかなぁ」
アルフィリースが不穏な言葉を発した気がしたので、ロゼッタは聞かないことにした。
「あんまり散財するなよ?」
「へ、何の話?」
「いーんだよ、こっちの話だ。美人だもんな、カトライア」
「そうなのよねぇ、黄金の純潔館顔負けの美人揃いよね。黄金の純潔館は種族なんかも色とりどりって感じだったけど、純粋に人間の美人なら部隊アフロディーテに適う団体は見たことないかも。何食べて育ったらああいう腰の細さになるのかな?」
「知らねぇよ、アタイに聞くな」
「だよねぇ」
「素直に納得されんのも腹が立つな」
ロゼッタが口を尖らせたので、アルフィリースは彼女の心中にも余裕があることを確認し、安心してカトライアやドードーのとこに出かけることにした。もちろん本当に遊びに行くわけではない。陣中見舞いという前置きでローマンズランドの様子も探ってくるし、ブラウガルド皇子に最後の確認をしておく必要がある。
そう、いつどのようにしてシェーンセレノと揉めるのか、ということを。
続く
次回投稿は、10/31(日)9:00です。