百万の魔物掃討戦、その33~追撃戦③~
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「お前、調子に乗るなよ。エルシア」
「何が?」
小隊に訓練を施すエルシアに向けて、通りがかりのゲイルがつっかかる。ゲイル率いる小隊も先の戦闘において、それなり以上の戦果を挙げていた。
挙げたオークの首は、実に百以上。そのうち、ゲイルが単独で仕留めたものが9体。この歳の傭兵であれば、十分すぎるほどの戦果だった。
もちろんロゼッタ古参の部下が周囲を固めていたので、戦いやすくはあったろう。他の小隊に比較すれば、十分すぎるほどに連携が取れ、各人が強かったからこそ、この戦果がある。それでも、ゲイルの小隊長としての戦果は上位十指に入る戦果だった。十分に誇っていいことだし、事実ロゼッタにも褒められた。酒の席でちょっとだけ良い思いが出来たのも、ゲイルにしてみれば最高の気分に拍車をかけた。
それが一度しこたま飲まされたあとで、夜中に用を足しに目を覚ましてみればどうか。周囲の話題は既にエルシアの戦功に移っており、エルシアが全体の第四功だというではないか。ゲイルはその話を陰からひっそりと聞き、悔しさに身を震わせながらそのまま朝を迎えた。そつなく小隊を率いて功を挙げたなどという事実に浮かれていた自分が、恥ずかしくなっていた。
そして朝となり、休息十分な者を選抜して追撃に移ると言う話を聞き、ゲイルは当然のごとく志願した。ロゼッタはあまり良い顔をしなかったが、ゲイルの意志を尊重してくれた。小隊の面々もゲイルの胸中を察したか、異を唱える者はいなかった。
そして移動の最中、訓練にいそしむエルシアを見た。どうやら追撃戦には参加しないようだが、その理由がわからない。無視してもよかったのだが、それが当てつけのように感じられたゲイルは、思わず悪態にも近い言葉を放った。当然の如く返ってくるのは、エルシアの冷たい視線である。
「調子に乗ってたら、今頃酒瓶片手に寝てるわよ。朝から訓練なんて、謙虚さの塊だと思わない?」
「ふん、まだ戦功が足らないのかよ。業突張りめ」
「当然でしょ、私の力だけで挙げた戦果ではないもの。どこにも調子による要素がないわ。そして小隊で挙げた戦果でない以上、小隊を鍛えるのは当然だわ。小隊としての戦果なら、あんたの方が上でしょ?」
「・・・だとしても、あまり嬉しくねぇな」
思わぬ反論だったが、ゲイルは素直に受け取れなかった。エルシアの小隊はどう見ても新米が中心だ。経歴を考慮すれば、小隊としての戦果など比較しようもない。
それにゲイルの指揮のやり方などは、全てロゼッタやその周囲の受け売りだ。自分から学んだものが一つもないことに、ゲイルは今気付いた。
「いつか、お前に追いつき追い越してやる。覚えてろ」
「覚えてないわ。だって、同じ傭兵団で戦う以上、追いついたり追い越したりだなんて、無意味よ。全ては協力する仲間であり、そして傭兵という職業はいかに稼ぎいかに生き延びるかだわ。特定の恨みを晴らすような復讐でもない限り、こだわり過ぎると死ぬ。団長が語る心得の中にあったでしょう?」
「・・・そうだった気もするけど」
エルシアの言うことはもっともその通りなのだが、相手にされていない気もするゲイルは口を尖らせた。急に相手が大人になったというよりは、その仕草も含めて自分がまだ幼い事には気づかないゲイル。
そうするうちにエルシアの小隊の基礎体力訓練が終わったようだ。次に移るべく指示を飛ばすエルシア。
「ともかく、私にはやるべきことが山ほどあるわ。あんたも追撃戦に参加するなら、こんなところで油を売っている場合じゃないでしょ? さっさと行きなさいよ」
「じゃああと一つだけ。お前は何を目指しているんだ?」
「いずれこの傭兵団の先頭を任されるくらい、強くなるわ。エアリアルよりも、ライン副長よりも、私は強くなる。それが当面の目標かしらね」
「マジかよ」
想像以上の目標にゲイルは唸った。目線を同じくしないと、同じ目標には到達しない。ゲイルは考えを改めるべきだと思ったが、それでもこの傭兵団で一番強くなる想像ができない。それに、それは本当に自分がしたいことだろうかとゲイルはふと悩んだ。
顔を沈めかける幼馴染を見て、エルシアは思いついた嫌味を投げた。
「アンタの目標は? ロゼッタのオッパイを揉みしだくことだっけ? それとも昨日の宴会でもうやった?」
「な、な、なあっ!?」
顔を真っ赤にしたゲイルと、周りで吹き出した部下を見て図星かとエルシアはあきれ顔になった。そして汚い物を見るような目でゲイルを一瞥したあと、そっぽを向いた。
「このスケベ! 黄金の純潔館のプリムゼにデレデレしてたくせにさ! あんたはハーレム王でも目指して、ターラムで破産するがいいわ! 骨になったら突きの練習台くらいにはしてあげる! 心配しないで、供養はしてあげるから!」
「どこが供養だ、死者に鞭打つよりひでぇじゃねぇか!」
「私なりの供養を、死んでからも泣いてありがたがりなさい!」
「死んでたら泣けねぇじゃねぇか!」
「細かい男ね! 嫌われるわよ!?」
「誰にだよ!」
「大陸中の女によ!」
「そんなにひどいのかよ!!」
この2人の言い合いになれているロゼッタの部下たちはくすくすと笑っていたが、エルシアの部下たちは唖然として見守っていた。ゲイルやレイヤーの前では年相応のエルシアだが、傭兵として活動している時は、凛とした姫騎士の呼称にふさわしい振る舞いを身に付けつつあったからだ。
そしてゲイル、エルシアともに肩の力が抜けたように罵り合いを続けながら、彼らは思い思いの小隊の運用を行っていくことになる。だがこれから先、彼らを待ち受けていたのは思いがけない戦の展開だった。
続く
次回投稿は、10/29(金)10:00です。