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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その32~追撃戦②~

「当てて見せましょうか? ローマンズランドは人質ごと都市を飛竜で焼き払った。シェーンセレノは精鋭のみで敵本陣を急襲。敵の指揮官連中を殲滅し、残敵を森ごと焼き払っている真っ最中。間違いない?」

「・・・当りです。アルフィ、使い魔でも飛ばしていたのですか?」


 驚きを隠せないリサに、アルフィリースは不敵に微笑む。


「指揮官の性格を考えれば、想像できたことだわ」

「ブラウガルド皇子のことですか? 常識人にしか見えませんでしたが」

「なんだ、リサ。知らねぇのか?」


 ラインの言い方にむっとするリサ。ギルドを通じた情報には精通しているリサだが、相手が軍属ともなると入ってくる情報も限られることもあるだろうと想定はしていたが。得意分野で露骨に指摘されると、わかっていてもむかっとするものだ。


「ええ、知りませんよ。悪うございましたね」

「まぁそれだけローマンズランドとギルドの関係が薄いってことかもしれんし、情報統制ができているともいえるがね。ブラウガルド殿下は皇太子じゃない、第二皇子だ。これだけでアルフィリースは想像できたようだな?」

「ええ。普通は皇太子は国内のまとめ役、つまり第二皇子は対国外軍事行動の実質的な最高責任者ってことでしょ? オークの軍団が衛星国を襲った時に、無視を決め込む判断をした人ってことよね?」

「そう俺も記憶している」

「あの人がですか? そうは見えませんでしたが・・・」


 リサも人物観相には自信がある方だったが、今それが崩れた気がした。そんなリサを、ラインは素っ気なく慰める。


「ま、相手は海千山千の歴戦の駆け引き上手だ。心音や発汗だけじゃ読み切れんこともあろうよ。軍人を相手にする経験は、お前さんも乏しいわけだしな」

「あと、アンネクローゼが奇跡的にとっつきやすい性格なのよ。ブラウガルド殿下も生来の性格はあのままなのかもしれないけど、軍の司令官としてはいくらでも非情になれる可能性があるってことね」

「だからといって、都市と人質ごとオークを焼き払いますか? しかも念入りに、夜を徹して焼き続けたそうですよ? 物見の報告では、一晩悲鳴が止まらなかったとかなんとか」


 リサが弁解したが、コーウェンがあっさりと却下した。


「でもでもぉ~我々が同じ都市を攻めていたとしたら~、同じ手段を取ったんじゃないですかぁ~? それが一番犠牲の少ない方法だとは思いますがぁ~。犠牲を出しても救う価値のある人がいれば別ですがぁ~」

「・・・さぁ、どうかしら?」

「コーウェン、あなた――」

「嫌ですよぉ~あくまで戦略上の話です~。ねぇ~そんなに眉を吊り上げないでぇ~」


 コーウェンがリサの眉間を小突こうとして、避けられた。リサはむすっとした表情のままコーウェンから距離を取るように立ち直すと、報告を続ける。


「シェーンセレノの方ですが、オークの群れと一度森林外縁で衝突した後、膠着状態に。そして翌明け方、突如として森に火を放ったそうです。オークたちは火を食い止めるべく動くかと思われましたが、指揮官がいないせいか右往左往するばかりで、まとも消火活動もならず多くのオークが火に巻かれて、それはもうひどい臭いだとか」

「敵指揮官はこちらより低級だったのか? あるいはシェーンセレノの子飼いの部下に、そこまでの手練れが揃っているのか」

「すみませんが、そこまでの報告はありません」

「アルフィリース、どう見る?」


 アルフィリースは一間を置いた後、コーウェンをちらりと見た。そのコーウェンも、小さく頷いてアルフィリースの話す内容に同意をした。


「実はレイヤーから報告があったのだけど、大陸平和会議に剣の風がいたわ」

「剣の風が? いや、そこじゃねぇな。『いた』とはどういうことだ? あれは災害じゃ――まさか」

「ええ、剣の風は人よ。誰かまでは特定されていないけど、アルマス2番ののっぺらぼうを倒したのはおそらくは剣の風。そして剣の風はシェーンセレノと手を組んでいるか、あるいは部下である可能性がある。これもアルマスと協力体制になったからわかったことだわ。

 そうなると、敵に少々の格の指揮官がいたところで、まったくの無駄になるわね。あ、これはここ以外では秘密でお願いね?」


 アルフィリースが悪戯っぽく笑ったが、リサもラインも笑い事ではなかったようだ。


「ま、待ってください。剣の風の噂はもう何十年も前から存在しているのですよ? それが、単一の人間ですって?」

「剣の風は最悪の災害だと教えられた。出会ったらそれは死を意味すると――大陸の不思議の一つだぜ? それの正体に迫るとは、よくもまぁ。アルマスと手を組んだのはちと文句をつけたいところだが、情報としては有益だな」

「私が迫った訳じゃないわ、私は剣の風の攻撃を見ただけ。聞けば、レイヤーは三度遭遇して生き延びている。レイヤーこそが剣の風の正体にもっとも近い存在よ」

「三度だって? あの野郎、今までそんなことを一言も――」

「知らされたのは私たちも最近です~」


 コーウェンが割って入ったが、今度は目が笑っていなかった。それどころか、残念そうにあるいは迷惑そうに話していた。


「レイヤー少年なりに~我々のことを慮っていたようです~。一度目の遭遇は~クライアの依頼を受けている最中のことで~闇猿を退けた戦いで偶然に遭遇したそうです~。その時にはまだ何も確信がなかったそうですが~2回目の遭遇で相手は人間だと確信を得たそうですよ~。でも相手の力量を考えて~、正体を知っていると疑われるだけで消される可能性があったから誰にも言えなかったとか~」

「私も見たことがあるけど消されていないと伝えると、レイヤーも安心して話してくれたわ。どうやらまだ消される対象だと思われていないのか、その真意は不明だけどね。だけど、これである程度シェーンセレノの謎も解けつつある。私も仮説が正しければ、シェーンセレノに対する切り札にもなるわ」

「切り札? どういうことだ?」


 アルフィリースはこの質問にも、歯切れ悪くはぐらかすだけだった。


「シェーンセレノをこの戦いでどのくらいあてにしてよいかも不明だけど、戦力として計算できることはわかったわ。でも迂闊に手を出しにくくなったのも事実。そして剣の風の正体次第では、少し戦略や戦術にも変更が必要になるかもしれない」

「それは、俺も関係した方がいいことか?」

「いえ、これはレイヤーにやらせたいわ。剣の風のことは、レイヤーが一番分かっていると思うから。ラインの担当は表。裏はレイヤーとルナティカにやらせるわ」

「相手は表の顔も持っているのかもしれねぇじゃねぇか」


 さすが鋭い、とアルフィリースは感心した。この短時間でラインはアルフィリースが何を想定し、何を言わんとしているかを察している。ラインは自分のすべきことを全て承知したうえで、なお助成を申し出てくれているのだ。

 今更ながら、彼が団にいてくれてよかったと思う。そうせざるをえないとはいえ、一つの局面を完全に任せることができるから。


「いえ、それでも表の顔を決して崩さないと確信しているわ。私たちも、どこかで会ったことがあるかもね」

「だけど、正体を晒す時は相手を殺す時だけってか」

「そうよ。そして剣の風が相対してなお、しくじった相手はおそらくレイヤーだけ。どこかで、レイヤーとケリをつけるために姿を現すでしょう」

「そこまで考えて単独行動にしたのか?」

「あるいは、レイヤーがそこまで考えたかもしれないわ。あの子は戦略なんて知らないだろうけど、戦いに関しては確信めいた予感があるだろうから」

「厄介なことだ。お前に似てらぁ」

「私に?」


 アルフィリースが予想外のことを言われたようにきょとんとしたので、ラインが指さしながら指摘した。


「確信めいた予感をもとに突っ走るのは同じだって言ってるんだよ。暴走するのは一人で結構だ、フォローするこっちの身にもなってみろ!」

「そっか・・・感謝してるわ」

「いやに素直ですね、気持ち悪い。それともアレですか?」

「アレって何よ。紛らわしいこと言わないで」


 アルフィリースが困ったようにため息をつき、ラインがぱんぱんと手を叩いてその場を締めた。


「よし、そろそろ行動に移すか。戦略が変わらないのなら、予定通り俺が追撃戦の指揮を執る。アルフィリースはローマンズ正規軍との交渉を頼む」

「ええ、合同作戦を展開するつもりよ」

「ではでは~シェーンセレノは無視ということで~」

「ふぅ・・・なんという一世一代の大博打。さしもリサも胃が痛くなりそうです」


 リサがお腹を押さえる演技をしたが、アルフィリースは笑ってそれをやり過ごした。


「こんなことで驚いてもらっては困るわ。まだまだこれから、一つずつの手が間違えられない戦いが続くの。一つの手札のきり方を失敗するだけで、大勢の死人が出るわ。各自、自分の役目をしっかりね」

「わかってるさ」

「もちろんですとも~我らが団長のために~」

「早くリサは心の平穏が欲しいですね。それまでは澱みなく隙なく、完璧に遂行しますよ」


 それぞれの返事の仕方で、彼らは任務に向かうのだった。



続く

次回投稿は、10/25(水)10:00です。

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