百万の魔物掃討戦、その30~報酬②~
「(へえ、一皮剥けたわね・・・思ったよりも早かったかしら)」
「何か用、団長?」
つっけんどんな言い方をするエルシアに、アルフィリースは苦笑いをする。
「不満そうね。戦い終わったままの恰好じゃない。着替えくらい済ませたら?」
「必要ないわ。一休憩したら追撃戦に参加するもの」
「駄目よ、今晩は休息しなさい。これは命令よ」
アルフィリースがぴしゃりと言い切ったので、エルシアぶすりと不満を露わにして、軍人よろしくわざとらしく敬礼をしてみせた。
「了解しました。エルシア小隊長、休息させていただきます。眠れるかどうかはわかりませんが」
「ラーナに言えば鎮静の魔術をかけてくれるわ。今日は無理にでも寝なさい」
「ラーナの傍で眠るとか、怖くて無理です」
「心配しなくても~あなたには興味がありませんよ~。あと数年は経たないとね~」
コーウェンがからからと笑いながらからかったので、ますますエルシアはむっとした。それを窘めるように、アルフィリースが報酬を告げた。
「エルシア、この戦における第四功よ。中隊長への昇格と、特別報酬5万ペンドを出します。小隊の面子にも、それぞれ金一封。何か質問や不満はある?」
「・・・報酬には不満はありませんが、私より上位の功の人は誰ですか?」
「第一功はリサ、二番目はライン、三番目は私」
「なるほど・・・貢献度から考えると私はそれほどでもないはずだけど、他の大隊長は?」
その質問に、コーウェンもからかうような仕草を止めた。エルシアに指揮官としての自覚が芽生えていることを理解したからだ。一皮どころか、二皮以上進歩している。そう感じたのはアルフィリースもコーウェンも同様だった。
「・・・他の大隊長からも助言がありました~エルシアの貢献度を考慮してくれと~」
「誰が?」
「リリアム、エメラルド、タジボが主ね。グルーザルドやブラックホークからも称賛の声が届いているわ。あなたがインパルスの一撃のあとに飛びこまなければ、戦いはあそこで終わらなかっただろうとね。それにシャルロッテをあなたが引きつけなければ、おそらくリリアムは死んでいたわ。リリアムが死んでいれば、右翼の中軸は崩壊していた。自然、ラインが前線に集中できなくなって、他の戦線の押し上げにも影響があったはずよ。今回の戦の要の働きをしたと言っても大げさではないと、個人的には思っているわ」
「・・・たまたまだわ。たまたま私が近くにいて戦って、そして私がとどめをさした。シャルロッテはまだ余力があった。私を道づれにするつもりなら、私は死んでいたわ」
エルシアの表情が泣きだす手前の少女に見えたので、アルフィリースは立ち上がってエルシアの頭をそっと撫でた。
「だから、シャルロッテを丁寧に埋葬したの?」
「そんな場合じゃないのはわかっている。敵兵を埋葬する義理もないことも。でも、尊敬する戦士だと思ったわ。だから――」
「誰も非難しないわ。ただ、相手に感傷を抱くはこれきりにしなさい。でないと、心がもたないわよ」
「戦の心得ってやつ? そう簡単に割り切ることなんて、できるわけないわ! そんな風に割り切れるから、魔王だなんて評判が――」
エルシアがぱんとアルフィリースの手を払いながら見たアルフィリースの表情は自分よりも悲しそうで、エルシアははっとして謝罪した。
「――ごめんなさい、言い過ぎたわ」
「いいえ、気持ちはわかるから。私も慣れたわけじゃないけど、立場ってものがあるのよ」
「理解はしがたいわ。でも、できるように努力する」
「それで結構よ。あと、愚痴る相手を見つけておきなさい。発散する方法を見つけておかないと、後々大変よ」
「ちなみに、団長はどうやって発散しているの?」
エルシアの質問を受けて、アルフィリースも特に固定の方法をもっていないことに、今気付いた。
「な、なんだろう・・・えーっと・・・歌かなぁ?」
「傍迷惑だわ、別の方法を考えて頂戴」
「き、厳しい」
狼狽するアルフィリースを見てエルシアは溜飲が下がったのか、足を外に向けた。
「もう1つ、2ついいかしら?」
「どうぞ?」
「中隊長への昇格は保留にして頂戴。もう少し小隊の面々を鍛え上げて、中隊長としての講習と実戦経験を経てから中隊長昇格にしてほしいわ。それまでに、3小隊ほどの同時指揮の経験も欲しいわね。その時の小隊人員の選抜は、私に人事権を頂戴。それを報酬の代わりにして」
「承ったわ。もう1つは?」
「シャルロッテの親衛隊オークの処遇よ。彼らは投降したけど、どうするの?」
オークは基本皆殺し――がアルフィリースの方針だったが、シャルロッテの親衛隊はシャルロッテの死後、半数が後を追って自決、半数はそのまま投降して処分を待っていた。なんでも、自分たちが自決をするとシャルロッテの遺志を誰も継がなくなるとかなんとか。
敗北した自分たちは処刑されるならそれでもかまわないと告げ、自ら武装解除して投降した。その潔さに誰もが顔を見合わせ、処遇はアルフィリースに一任されることになった。
アルフィリースもそんなオークがいるとは思わなかったので、実は悩んでいた。
「エルシアはどうしてあげたい?」
「・・・もし今回の功で彼らの助命嘆願ができるなら、お願いしたいわ」
「その意図は?」
「完璧に統制が取れる屈強な兵士よ? オークであっても運用しない手はないわ。獣人だって、かつては同じようなものだったのでしょう? これから先、オークもそうでないと、どうして言い切れるの?」
「使える者は、オークでも使うと?」
「違うの?」
アルフィリースも実はエルシアと同じ発想だったので、この提案に感心した。
「・・・いえ、違わないわね。ではもっとも厳しい局面で彼らを三度運用。それで生き延びることができたなら、彼らに我らの傭兵団に加わるかどうかを選ばせるわ。そして女性とは離して運用、生活させる。それでどうかしら?」
「いいんじゃない? 私生活の見張りは半年から一年でいいと思うわ。まともなオークなら、それでぼろが出るはずだし。良くも悪くも、彼らはまともじゃないと思うけど」
「採用するわ。それ以上、何かある?」
「いいえ、ないけど――」
エルシアは少し恥じらうようにもじもじとした後、顔を上げて切り出した。
「団長、私強くなるわ。強さもそうだけど、勉強も苦手なんて言ってられない。私をもっと訓練して頂戴。いずれ強くなってその時がきたら、私がこのイェーガーの先頭を駆けるわ」
「それは夢?」
「いいえ、決意表明よ。いずれ必ずそうなるというね」
「なら、学ぶことは多いわよ」
「上等!」
エルシアは不敵な笑みと共に天幕を出て行ったが、その時にエメラルドが待っているのがちらりと見えた。エメラルドはアルフィリースに目配せすると、出てきたエルシアを伴って宴の方へと消えていった。
「任せて大丈夫そうね」
「しかし~一度の戦で化けましたね~。もしかして予想していましたぁ~?」
「半分くらいは。あの子、強い敵と戦うほどに成長するわ。良き戦、良き好敵手に恵まれるといいのだけど」
「ゲイルじゃあちょっと役者不足ですかね~レイヤーも正体を明かすつもりはないでしょうし~」
「レイヤーは規格外よ。参考にしてはいけないわ」
「レイヤーと素の状態で戦える人間なんて~今は団内にいないでしょうからね~」
そう、今レイヤーはレーヴァンティンの所有者でもあるのだ。レイヤーがその気になればイェーガーはおろか、街や国一つがこの大陸から消滅してもおかしくない。その恐ろしさをアルフィリースは知りながら、同時にレイヤーが一番その恐ろしさを噛み締めているだろうと確信していた。
レイヤーは何を考えてるのかわからないところがある。だが自分を裏切ることはないと告げた言葉を信じるしかない。アルフィリースは相変わらず薄氷を踏むような道のりだと、危うい自分の立場に思わずため息を吐いた。
「泣いてエルシアを斬る~なんてことにならなければいいですね~」
「それはあなたも同じよ、コーウェン。リサの言う通り、私に仇なすようなら切り捨てるわ。前にも告げたわね?」
「おっと~藪蛇でしたか~。でも私が死んで泣いてくださるんなら~それもいいかもですね~」
「あなたの冗談、わかりにくいわ」
アルフィリースの言い方にコーウェンも苦笑いすると、一礼して天幕を辞した。そして一人になったアルフィリースは、頭の中で影に語りかけた。
続く
次回投稿は10/23(土)10:00です。