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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
225/2685

シーカー達の苦悩、その1~迷走~

***


 話はしばらく前にさかのぼる。


 アルフィリースが沼地で苦悩を抱えている頃、大草原の東、迷いの森の中ではシーカー達の議論が紛糾していた。

 会議に列席しているのは、シーカー達の長であるオルバストフと、その息子である三人の王子。さらにはオルバストフの直の部下である者達である。


「オルバストフ様、いかがされるのです?」


 部下の一人が心配そうな声で尋ねる。だがオルバストフは目を閉じたまま、答えようとはしない。代わりに第二王子であるシャーギンが答える。


「決まっている、徹底抗戦だ! 弟のチェザーリも攫われ、先の戦いではさらにニューマスも殺された。ここまでされて黙っていては、いかに我らが戦いを好まぬ種族といえど、以後侵略するに易しと思われるだろう!」


 シャーギンが主張するように、実はライフレスがミュートリオに侵略してきてから、毎日のように大草原には魔王が100体ずつほど送り込まれている。もちろん主にブラディマリアが魔力を使って送りこんでいるのだが、送り込まれた魔王はさらに魔物やヘカトンケイルを召喚するため、異常な速度で異形の魔物たちが大草原に増えていた。

 そのうちの一部が、東に逃げるシーカー達と戦ったのである。最初こそ互角以上に戦いを展開したシーカー達だが、送り込まれる魔王達は、徐々にシーカー達が戦いにくい個体へと変貌を遂げて行った。これはもちろん、アノーマリーが戦いの一部始終を使い魔を通して観察しながら、送り込む魔王達の種類を微調整していった結果である。

 そのせいでシーカー達はミュートリオに戻るどころか、じりじりと後退を余儀なくされ、ついに先日、魔術が一切効かないヘカトンケイルが送り込まれてきた所で、決定的な打撃を受けた。戦力の1/5近くを失い、さらに第三王子であったニューマスを失ったのだ。これによりシーカー達は大草原から完全撤退。今は大草原の東の迷いの森にて、以後の方策を決めるための議論をしているのだが、既に議論自体が5日にも及んでいる。


「ですがシャーギン様。魔術が効かない相手では、我々の出来ることなどたかが知れていますぞ」

「だからなんだ! このままおめおめと撤退するというのか? 死んだ者達がそれでは報われぬ!」

「シャーギン兄さん。撤退は一つの手段として検討したうえで、戦うかどうかを決めた方がいい」


 発言したのは第五王子のロクスウェルである。彼は大人しい性格で知られ、争いを嫌う人物である。普段なら物静かなこのロクスウェルの言葉を聞くシャーギンも、この時ばかりは逆効果だった。


「ロクスウェル、貴様は前線で戦っておらぬからわからぬのだ! 生きたままあのおぞましい化け物どもに裂かれ、踏み潰され、喰い殺されて死んでいった者達の無念が! あのような光景を見ておいて、今さら尻尾を巻いて逃げるなど、考えられん!」

「しかし!」

「だが、戦うにしても勝算は必要だ。何か策はあるのか?」


 争う二人を遮るように次に口を開いたのは、第一王子で時期族長のハルティニアスである。


「我々の決断は全員の命を左右する。戦うなら勝算が必要だ。逃げるなら、逃亡先の選定が必要だ。お前達二人は、その策があるか?」

「それは・・・」

「戦いながら見つけます!」


 頭の血の昇ったシャーギンが息まいたが、ハルティニアスは大きくため息をついた。


「それができていれば苦労はない。それに最初は我々が優勢だったのだ。それがわずか数日で逆転していった。奴らの方が余程対応が早いのだ」

「では兄上はどうされるおつもりで?」


 シャーギンがやや挑発的な目つきでハルティニアスを見る。ハルティニアスもまたやや苛立った目で弟と目線をぶつけたが、彼は静かに言い放つ。


「私は戦うことにも反対はしない。だが、よほど高い勝算が無い限りは無理だ。少なくとも、あの魔術が効かない兵士に対抗する策を見つけるまではな。その点を考えると、まずは私達が落ち着ける場所を見つけるのが適当であると思う。自分の城なくして打って出るのは、余りに危険が大きいとは思わないか?」

「それは・・・確かに」


 ハルティニアスの意見は至極もっともだったので、シャーギンも黙った。ハルティニアスはなおも続ける。


「だが、問題はその場所をどこにするかだ。幸いにしてこの迷いの森は我々にとって苦にならず、あの異形の者共の追撃を緩めてくれはするが、どうやら物見の報告では、徐々に奴らはこちらに近づいているらしい。結局この森も安心はできないということだ」

「では、どうされるのが一番だと?」


 部下の一人が質問する。


「既に私の手勢を外に向かわせた。彼らが外の世界がどのようになっているのかを、報告してくれるだろう。その上で、移動場所を選定したいと思う」

「おお、それならば安心ですな」


 部下達が安心したように笑顔がこぼれる。そして会議は一度解散し、中にはオルバストフと、ハルティニアスが残った。そこで初めてオルバストフがゆっくりと口を開く。


「ハルティニアスよ」

「なんでしょうか、父上」


 ハルティニアスは聞き返しこそしたが、オルバストフの言いたい事は既にわかっているようだった。


「お前は、移動先が見つかると思うか?」

「・・・正直、期待はしておりませぬ。ここで見つかるくらいなら、我々は最初から隠れ住む様な真似をしなくてもよかったでしょう」

「その通りだ。だが、ならばなぜあのような事を?」

「希望は必要です」


 ハルティニアスははっきりと言い放った。


「例えまやかしでも、民には希望が必要です。これで数日は士気を持たせられるでしょう」

「その間に、次の手を考えると?」

「はい。ですが私も少し失望しました」

「何に?」


 オルバストフは、ゆっくりと質問する。ハルティニアスは言うべきかどうか悩んだが、言葉にするのを躊躇うかのように、歯切れ悪く話し始めた。


「・・・先ほどの私の話を聞いて、そのまま彼らが信じたことです。彼らは、自分達がどのような状況に置かれているか、またこれまで置かれてきたのかを全く理解できていない。ミュートリオのような小さな集落に籠り、他との接触を断って、何の変哲もない日々を甘んじて受け入れることに慣れ過ぎている」

「だがその責を負うべきは我々だ」


 オルバストフは答えた。


「我々が彼らを堕落させた。移住の時、あれほど気概溢れた彼らを導けなかったのは我らの責任だ。そして、失敗した時、次善の策を出せなかった事もな」

「では、今のこの状況はその時の対価を支払っていると?」

「かもしれぬ」


 それにしては大きすぎる気がするがな、とオルバストフは考えるが、その考え自体があるいは甘えているのかもしれないと指摘する者は、誰もいなかった。

 そしてシーカーの長達がそのような議論に没頭している間、一つのテントの下で会話をする男女がいた。


「カザス、具合はいかがですか?」

「フェンナ。ええ、もうだいぶ良いです。まだ起き上がって色々するのは難しいのですが」


 テントではカザスが寝かされていた。彼らはライフレス達が撤退した後、シーカー達により救出され、保護を受けたのだった。もっとも他との接触を嫌うシーカーの事。人間であるカザスは、ほぼ捕虜のような扱いだった。フェンナは一応それなりの待遇を受けてはいたが、実質は監視が付いており、とても王族としての扱いはされていなかった。


「無理をしないでください、カザス。あなたは2日間ほど意識がなかったのですから」

「面目ない。咄嗟にでもあの時フェンナが守ってくれなかったら、僕は死んでいたでしょう」

「それはなんとも言えませんが、私は当然の事をしただけのことです。私達は仲間でしょう?」


 フェンナがカザスを元気づけるように笑おうとするが、今の状況ではその笑いも寂しげなものだった。


「そう・・・ですね。仲間と言えば、アルフィリース達は無事でしょうか。ニアも生きているだろうか」

「彼女達ならきっと大丈夫。ただ、我々には知るすべもありませんが・・・」


 二人が項垂れる。するとそこにオーリが入って来る。


「フェンナ様、面会のお時間は終わりです。すぐに出ていただきたい」

「もうですか? 先ほど来たばかりなのに」

「申し訳ありませんが」


 オーリは頑として譲らない態度でフェンナに接した。オーリは命令の上でフェンナの世話をしているが、彼はフェンナの事が好きではなく、どちらかというと憎んでさえいた。彼女さえいなければ、隊長であったウィラムを初めとした、自分の隊の仲間が死ぬことはなかったと思っている。いや、そう考えることで、無理矢理自分を納得させているのだ。フェンナがウィラムと恋仲だった事は、オーリとて知っていることなのだから。

 フェンナが悲しそうな瞳をしたままカザスを一瞥すると、テントを出て行く。そのままオーリを伴って、散歩をするフェンナ。


「フェンナ様、どちらへ?」

「散歩です。いけませんか?」

「できればすぐに御自分のテントに戻って欲しいものですね」

「・・・少しくらい外の空気を吸ってもいいでしょう?」


 フェンナは、オーリの忠告をはねのけるようにして散歩を続けた。事実、外の空気を吸わなければ、重くのしかかる気持ちに彼女は胸がつぶれそうだったのだ。


「(私はなんてちっぽけなのだろう。王族でありながら、何もできない。里の皆の仇を討つ事も、ウィラムの仇を討つ事も。カザスも治してあげられないし、アルフィリースの行方を掴むことだって。あげく、自由に歩き回ることすらできないなんて!)」


 フェンナが絶望に囚われて立ちつくす中、オーリが「時間が」と催促して来る。そんな彼に悲しそうな視線を向けるフェンナ。そして彼の方に歩こうとした瞬間、足に小石が当たる。


「・・・?」


 フェンナは周囲を見渡したが、誰もいない。気のせいかと動こうかとした所で、またしても小石が足に当たる。


「(気のせいじゃない?)」


 フェンナは足を止め、しばし考える。そして何事もなかったようにオーリの方を向くと、強めに言葉を発した。


「オーリ、少し離れていていただけますか?」

「は? いえ、それはできません」

「貴方は、私が用を足すところまで監視するというのでしょうか?」

「・・・これは失礼しました。少し離れておりますので、お早いお戻りを」


 オーリがやや顔を赤らめながら離れて行く。そして彼が十分遠くに行った事を確認し、フェンナが声を出す。


「もうよいでしょう。姿を現しなさい」

「ありがとうございます」


 草むらから音もなく姿を現したのは、ミュートリオでアルフィリース達を助けた忍装束の女。女はひざまづき、身分が上の者に対する礼を取る。


「貴女はたしか・・・」

「改めまして自己紹介をいたします。ミランダ様の護衛を申しつけられております、アルネリア教会の者で桔梗ききょうと申します。以後お見知りおきを」

「あの時は世話になりましたね。助けていただいたことを、フェンナ=シュミット=ローゼンワークスは改めて感謝いたします。して、何用でしょうか?」


 フェンナが油断のない態度で、かつ王族らしく威厳ある態度で振舞う。フェンナはアルフィリース達といる時こそ朗らかだが、人を導く立場の者として、それなりの態度は心得ている。

 その彼女に対して、桔梗がうやうやしく応える。


「この度、ミランダ様から伝言を預かってまいりました。まずはこの書簡を御確認してください」

「?」


 そうしてフェンナはミランダからの手紙を受け取るのだった。



続く


次回投稿は5/28(土)9:00です。

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