百万の魔物掃討戦、その29~報酬①~
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「・・・と、いうのが今回の戦いの結末です」
「報告ご苦労様、リサ」
オーク掃討戦が一段落着いた後、論功行賞のためにイェーガーは本陣を一度後方に移し、余力のある者、戦争本番で活躍の機会がなかった者を中心に追撃部隊を編成。報酬を出すことで追撃戦へと移っていた。そちらの指揮官はウィクトリエ、セイトが中心となり、グルーザルドも協力して行われている。
今はリサから最後の戦いの顛末を聞き取り、アルフィリースが功の順序と報酬を決めているところだった。アルフィリースは細かな配分は大隊長や中隊長に任せるとして、コーウェンとともに大雑把なところを決定して報酬を割り振っていた。もちろん功に見合った現物を用意できるとは限らないので、誰が功の何番目なのかということと、当面の報酬の算定くらいしかやることはない。ただ報酬の話が出ないことは士気にも関わるので、アルフィリースは疲れた体に鞭打ってもうひと働きをしていたのだ。
時刻は夜が更けつつあるところで、外では戦勝の宴が控えめながらも催されている。リサの報告で最後とわかると、アルフィリースはコーウェンと頷き合って記録を終了し、帳面を閉じた。
「では今回の戦の第一功はリサ、あなたね」
「理由をうかがっても?」
「まず今回の戦いで他の部隊に比べ、イェーガーの死者は極端に少ないわ。それはリサが構築したセンサー部隊が思ったよりもよく稼働したことと、最終的に敵の総大将を討ち果たしたことになる。これが功の一番でなくて、なんだというの?」
「はぁ、そうですか。まぁ、ありがたく受け取るとしましょう」
リサはスカートの裾をつまんで軽くお辞儀をしたが、その表情は浮かないままだった。当然、アルフィリースもコーウェンも腑に落ちない。
「どうしたの? 何か不満でも?」
「理由は3つ。一つには、私は報酬を十分すぎるほどもらっています。イェーガーとしての基本給だけでも既に家を構えるに苦労しないほどはもらっていますし、個人で受けている依頼の報酬を合わせれば正直使いきれないほどです。定期的にミーシアの孤児院などには寄付をしていますが、それでも余剰があるので、これ以上報酬をいただくことに純粋に興味がない事が一つ。現状の待遇にも不満はありませんし」
「ま、入り用でないなら持ち越してもいいけども。それに資産を運用するなら助言はいくらでもあるわ。他には?」
「ライフリングの拷問が、頭から離れません。相手の総大将が500も数えないうちにこれ以上なくみっともなく許しを乞いました。情報などは聞くまでもなくペラペラしゃべりましたし、確かにこれからの進軍にも役立つでしょうが、その時のライフリングの薄笑いがしばらく夢に出そうです。あれは真性のサディストですね。あんな人を仲間にしておいてよいのでしょうか?」
「・・・そうね、人格に少々問題があることは認めるわ。でも、必要な人材なのよ。特に、これからの展開次第では欠かせない人物になるわ」
「デカ女がそう言うのならよいですが、手綱はしっかりと握っておいてください」
「もちろん。あと一つは?」
リサは少々言いあぐねながらも、気を落ち着けるように深呼吸してアルフィリースに告げた。この場にリサが簡易の結界とでもいうべきセンサーを施す。ここの内容は、アルフィリースとコーウェン、そしてリサにしか聞き取ることができない。
「この後の展開――知っているのは他にラインくらいでしょうが、本当に予定通りやるのですね? 引き返すなら、これが最後の機会だと思いますが」
「――当然。今更引き返すことはできないわ。どうしてそんなことを確認するの?」
「いえね、周囲の評判が――」
リサの仕事には情報統制も入っている。兵士の噂話程度でも、広がるようなら誰が広めているのか、内容はどうかまで吟味するのが仕事だ。必要なら、噂の状態でリサが潰して回っている。
リサは言いにくそうに切り出した。
「――まるで、イェーガーの団長の方が魔王のようだと」
「・・・へっ?」
「あーはっはっは! もう言われ始めましたか~予想より早いですねぇ~」
神妙に切り出したリサと、呆気にとられたアルフィリースが、恨めしそうに馬鹿笑いするコーウェンを睨んだ。
「コーウェン、笑い事ではありませんよ」
「そうだよ。それに予想って何?」
「アルフィリース団長~まさか自分が何をやったのか自覚がない~? 兵法には明るいと思っていましたが~、歴史はそうでもありませんでしたか~?」
「う、うん・・・どうだったかな?」
アルフィリースが少々歴史を苦手としているのは事実だったが、コーウェンの言わんとしていることがすぐに思い当らなかったので、誤魔化さざるをえなかった。
コーウェンが指を宙で回しながら語る。
「いいですかぁ~、現在の人間の戦には明文化されていない国際法なるものがあります~。それは戦争における暗黙の了解ですが~、きっかけになったのはサラサ盆地の戦いです~」
「あ、知ってる。たしか盆地に立てこもった相手に対し、堅守に攻めあぐねた敵国が盆地を水浸しにして全滅させたってやつ」
「そうです~。もう少し詳細に語ると~、サラサ盆地は水はけがすごく悪い盆地で~地盤も緩ければ湿度が凄いんですね~。敵国も水浸しにしたはいいのですが水が引かなくて~、戦意を失くした盆地の兵士が助けを求めても助けに行けませんでした~。山岳戦で船の用意があるわけもありませんしね~。それにまだ一部の兵士は抵抗しようとしたのです~。敵国は残忍だと評判の軍隊で~、降伏は原則認めていませんでした~。その結果~」
「・・・疫病が流行ったり、食糧難に陥った盆地側の軍隊では、共食いや味方殺しが始まった」
そこまで語られて、アルフィリースははっきりと思い出した。アルドリュースに語られた、もっとも悲惨な戦争の一つ。これだけは繰り返してはいけないと、以後平和会議でも何度も議題に取り上げられた戦争の在り方。兵法や政治を学ぶ者なら、一度は耳にする戦いだ。もっともその悲惨さゆえに、詳細まで語ってくれる教官はそう多くないだろうが。
コーウェンは続けた。
「その様子を見ていた包囲側の敵国は~、あまりの悲惨さに初めて盆地側の兵士の降伏を認め~、手厚く保護しました~。結果3割前後の兵士がなんとか生き残り~、十数年後には彼らは友好を結ぶに至ります~」
「その話が、何の関係が?」
「わかりませんか~リサさん~? 歴史に残る悲惨な戦でさえ~3割『も』生き残ったのです~。そしてそこまで敵国を追い込むのに~丸一月かかっているんですね~? その時の盆地側の軍勢は、5千人だったそうですが~。さて~、アルフィリースがやったのは~?」
「・・・1日で、15万のオークをほぼ皆殺しに・・・」
「正解~!」
コーウェンがぱん、と手を叩いた。その表情はこれ以上ないくらい明るく、リサは初めて心底嫌そうな顔をコーウェンに向けた。元から虫の好かぬ女とは思っていたが、今初めて相容れぬ相手だとはっきり認識したのだ。
アルフィリースは腕組みをして目を瞑り、申告そうに考え込んだ。
「もちろん~、英雄王グラハムの前例もありますとも~。魔物相手の戦いということを考えれば~、アルネリアが殺してきた総数には及びつきもしませんとも~。それでも~、1日で明確な意図をもって相手を追い込み~、実力行使で敵兵の一兵に至るまで皆殺しにしようとしたのはアルフィリースが初めてです~。魔物ですから国際法は適応されませんし~、傭兵たちにも罪の意識はないでしょうけどね~。史実に残る戦いに限れば~、の話ですがこれはとんでもない偉業です~、歴史に名前が残りますよ~」
「ちょっと黙りなさい、コーウェン。五月蠅いですよ、あなた」
「黙りませんよ~。だって~、歴史に立ち会ったんですよ~私たち~。正直生まれて何番目かには興奮しています~。これで酒でもあれば~、乱痴気騒ぎでもおっぱじめたいくらいです~」
「黙れと言いました。その口、今すぐきけないようにしてやりましょうか?」
リサから殺気が漏れたので、さしものコーウェンも降参したように黙った。だがその目はいまだににやにやと笑っており、何を言いたいかは明らかだった。リサもかろうじて仕込み剣には手を伸ばさなかったが、もう一言でも口をきかれれば、寸止めできるかどうかは自信がない。
アルフィリースはしばし黙っていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「・・・コーウェン、一ついい?」
「何なりと~」
「私が魔王だという噂、意図的にばらまいたわけではないのね?」
「大魔王級の魔王を殺す者を魔王と呼ばずして~、何と呼びますか~? 放っておいても広がる噂を~、どうしてわざわざ広げなければいけないのです~?」
「なるほど、そのとおりね。リサ、この噂は統制無用だわ。放っておきましょう」
「よいのですか?」
リサが確認したが、アルフィリースは極めて冷静に判断しているようだった。
「畏怖されるのは悪い事ではないわ。せいぜい他の国や傭兵団には私のことを恐れてもらいましょう。それに――」
「それに?」
「おそらくだけど、そのくらいの衝撃があってようやく、というところだわ。他の戦線の情報が上がってくれば、私の噂も自然に鎮静化するでしょう」
「他の戦線? ああ――」
ローマンズランドが請け負っているのは、防衛戦を選択したオークの群れ。城塞都市を陥落させた後にそのまま立て籠もったオークたち、総勢5万の相手をしているのだ。しかも、都市の住人をそのまま人質に。難しい戦いを強いられているはずだ。
そしてシェーンセレノが率いる一等は、森林や山岳を利用した天然の要塞に籠っているオークたちの掃討だった。総勢は10万以上。群れの規模だけなら、こちらよりも事前情報では多い相手だ。諸侯の軍勢もそちらに多くを割いており、森では大規模な戦は展開できないはずだが、規模だけを見れば最大の戦いとなっているはずだった。こちらも時間がかかるはずだ。つまり、イェーガーも夜が明けて戦争が終了していれば、どちらかの援護に行かなければいけないことになる。
アルフィリースはリサに指示を飛ばす。
「リサ、そちらの情報を収集して。できれば明日の朝一番で、遅くとも昼過ぎには報告を聞きたいわ」
「夜を徹して情報を集めるのですか? そこまでする必要が?」
「あるわ、おそらくね。わかったら行って」
アルフィリースがリサに出て行くように指示したので、リサは大人しく従った。たしかにこれ以上ここにいても、コーウェンと険悪になるだけだと思ったのだ。
そしてアルフィリースはリサと入れ替えにエルシアを呼び出した。もちろん、論功行賞のためである。
だが天幕に入ってきたエルシアは、思いのほか険しい顔だった。そして先ほどまで動き回っていたのか、まだ着替えも済んでいない状態でここに入ってきたのだ。外では戦勝の宴会が始まっているはずだが、エルシアは参加していないようだった。
その引き締まった表情を見て、アルフィリースはエルシアへの見方を変えた。
続く
次回投稿は、10/21(木)10:00です。