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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その28~前哨戦㉘~

***


「全滅したか・・・」


 マクミランとメルセデスが率いていたオークの群れおよそ15万が追い散らされ、殲滅されてるその様を遠くから見守る一団がいた。

 中央にいる小兵のオークを担ぎ上げ、闇に紛れるような体色をしたオークたち。彼らは仲間が死にゆく様にも何の感慨もなく、ただ事実として受け止め感想を漏らした。


「予想通りですね」

「途中からではあるがな。儂もこの戦力でまさか人間の版図を押しのけて、一大国家を築けるとは夢にも思っておらぬ。南へと抜ける関所を止められた段階で、こうなるであろうことは予見できたのじゃ。肝心なのは――」

「応対までの速度、そして人間側の最高戦力ですね?」


 オークの一体が告げる感想に、頷く小兵のオーク。


「本陣に攻め寄せた奴らは化け物だ。敗北は将軍級が蹴散らされた段階で確定していたが、本陣の一画に潜んだまま敵の最高戦力を確認できたのはよかった。次は奴らを殺せる戦力を育てればよい。そして、今度は別のルートを使って南下する方法も模索できる」

「失敗は成功の糧だと?」

「それにしては犠牲が大きかったがな。また一から作り直すのは大変だろうが、他の2大勢力、それに後方で様子を見ている慎重な実力者たちもいるだろう。奴らをうまく利用すれば、いち早く組織を再編することも――」

「できませんよ?」


 突然背後から声をかけられ、オークたちは驚いて振り向いた。そこには人間の女が一人、いつの間にか立っていた。白い杖を地面に突き刺し、薄い桃色の髪を風にたなびかせる姿に畏怖を覚えたのは、小兵のオークにとって初めての経験だった。人間など家畜以下、同族ですら利用する対象でしかないというのに。

 盲目の女――リサは堂々と姿を晒しながら語った。


「ヤレヤレですね――やっぱりデカ女の言った通り、黒幕がいましたか。あなたがこの戦争の黒幕ということでよろしい?」

「・・・戦争を仕掛けるように進言した、という意味でならそうだな」

「他に協力者は誰もいない?」

「そこまで教える義理があると思うか?」


 互いに探り合うような会話だったが、リサの方は既に興味がなくなったのか手をぶらぶらとさせると、仕込み剣をずらりと抜き放った。


「確かにそうですね。では私が勝ったら吐いてもらいましょうか」

「そのような約束をする義理もない。そしてこの数のオークに勝てると思うか? こいつらは儂の側近だ。将軍連中程ではないが、それに近しい実力者だぞ?」


 小兵のオークは手を広げて彼我の戦力差を誇示した。体表の黒いオークは全部で12体。いずれも知性的な目をしており、先ほどの反応を見るに、敏捷性も戦闘力も高いことは容易にわかる。

 そして小兵のオークもまた魔術の詠唱を始めた。どうやら本人にも戦闘力は備わっているらしい。だがリサは小さく忍び笑いを漏らすだけで、微塵も動揺する様子が見られなかった。


「わかってますよ。おまけに隠密に優れ、魔術も無効化するのでしょう? 本陣に潜んだまま気付かずに離脱できるくらいだから、気付いてますよ」

「そこまで知っていて一人で仕掛けてくるとは大層な自信家のようだが、何が可笑しい?」

「いえいえ。やはり我々のデカ女と知恵比べをして勝てる性悪は、そうそういないなと思ったのです。あ、これは褒め言葉ですが本人には言いませんからね? 調子に乗られても困るので」

「・・・言っている意味がよくわからん」

「馬鹿ですねぇ。私がここにいる時点で、全てあなたがたの悪だくみが露見しているのですよ。この場所にわざわざ派遣された私が、何の準備もなく姿を現すとお思いで?」


 そうリサが告げると、一体のオークがぐらりと倒れた。倒れたオークは泡を吹きながら痙攣しており、そのオークの様子を見ようとしたオークもまた倒れ――ばたばたと倒れた頃には小兵のオークを抱えるオークも倒れ、魔術の詠唱を中断して着地せざるをえなかった。


「これは――毒か?」

「こっちも一人なんて、誰が言いましたか?」


 リサの背後から、小瓶を指に挟んで複数持ちながら、姿を現した女がいた。自分が流した毒の成果を見ながら、女は小瓶の蓋を順に閉めていく余裕を見せる。


「馬鹿な、気配は――」

「そちらもセンサー能力、あるいは結界能力を備えているのでしょうが、私の方が上のようですね。人一人隠すくらい、わけないのですよ」

「そういうことね。それにしても思ったよりも耐性のある連中だったわ、想定より時間がかかったわ。あなたがペアじゃないと、正面からやり合う羽目になったかもね」


 女がふっと嘆息を漏らした。その仕草が艶やかで、どこか酷薄に感じるのはリサの気のせいではないだろう。


「初めて見る亜種でしょう? よく動きを止めましたね、ライフリング」

「これでも薬師としては大陸では随一と自負しているわ。毒の使い方でも、私より上となるとちょっといないかもしれないわね。始めて見る亜種だったけど、おおよそ効きそうないくつか並行して毒を風に流しながら試していたのよ。見事はまったのは、運もあるわ」

「ちなみに何の毒です?」

「神経系の筋弛緩薬――と言ってもわからないでしょうね。無味無臭で、生物なら魔術耐性の有無など関係なく逃れられないわ。魔術でもこれに対抗する方法はまだないはずよ。ちなみに意識はあるし、たどたどしくも話すことも可能だから、拷問する時にももってこいね」


 くすり、と小さく笑うライフリングの笑みは、死を告げる笑みと同義だった。小兵のオークは自分にも毒が回って動けなくなったことを自覚し、リサが一体ずつオークたちにとどめを刺して回る姿をじっと見つめているしかなかった

 やがて自分の番が来ると、首筋にひたりと剣が当てられる。


「さて、ついでに仲間の情報などを吐く気はありますか? あるいは辞世の句でも読みますか?」

「誰が・・・」

「ふぅ、仕方ないですね。ではさっさと殺して終いとしますか」

「念のため、情報は聞き出すべきじゃなくて?」

「拷問するほど時間がありませんよ。それに、ここまでする奴がしゃべるとお思いで?」

「四分の一刻もあれば、あなたの足裏を舐め回すほどに人格を壊して見せるけど、どう?」


 ライフリングが妖艶に微笑んだので、リサは思わず仰け反った。


「・・・そんな趣味はリサにはありません。ですが四分の一刻ほどなら時間は取れるでしょう」

「そう、残念ね。なら拷問の最短記録に挑戦しましょうか。なに、方向性も考えずただ壊していいのなら、薬の濃度も考えなくていいから楽なものだわ」


 ライフリングが小突くと、小兵のオークは抵抗もできず仰向けに倒れた。その腹に無遠慮に乗ると、ライフリングは懐から新しい小瓶と、長さの違う数本の針を取り出す。そのうち一本を口にくわえると髪を結い上げ針で固定し、ニッと笑った。


「さて。賢王と呼ばれた人物を歌いながら裸踊りさせるのに900カウント。貴様には屈しないと強情に叫ぶ女騎士を、足の指を舐めさせ腰を振るだけの売女ばいたに仕上げるのに1000カウント。強欲な宰相を泣きながら謝らせ、悪事を全部暴露させて怯えるだけの子羊に仕上げるのに1200カウント。あなたは何カウント持ちこたえるかしら。楽しみね?」

「うわぁ・・・」


 リサが忌避感から距離を取った。小兵のオークはもちろん死を覚悟していた。いかに上位種とはいえ、オークである以上戦場で死ぬだろうと。そして自分たちがそうしてきたように、残酷な方法で死ぬこともあるだろうと、おぼろげには考えたこともある。

 だが、こんな死に方は想定していない。死ぬまでの何百カウントかに訪れる苦痛を想像し舌を噛み切ろうとしたが、既にその力も奪われていることに今更気付いた。それを知っていて目の前の女が笑っていると知り、今回の戦いの黒幕であった小兵のオークは、心底恐ろしいのは人間なのだと今更知ることになったのだ。



続く

次回投稿は、10/19(火)10:00です。

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