百万の魔物掃討戦、その26~前哨戦㉖~
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「この人間! よく動き回る!」
「そっちこそ、もうちょっと鈍くさいと思ったのに!」
「女王たる私を舐めるでないわ!」
アルフィリースと女王メルセデスは、死骸となった亀の魔獣の上で激闘を繰り広げていた。
メルセデスは魔術と拳闘を駆使する、接近戦と中距離戦をバランスよくこなす戦士。くしくも、現在のアルフィリースと似た戦い方をする相手だった。
しかも尊大で鷹揚な態度とは裏腹に、戦い方は繊細で隙がなく、しかも俊敏だった。短呪や無詠唱魔術を織り交ぜながら、アルフィリースの体勢が不利と見るや中規模の魔術を放つための詠唱へとつなげる、非常に厄介な相手。ここに至るまでの濃密な戦闘経験を匂わせる、熟練の戦い方だった。出入りの激しい戦いが一段落着くと互いの力量を察知したのか、隙を見せないまま様子見と牽制を繰り返す膠着状態をきたしていた。
かたや、勇者ゲルナデスとヴァルサスの戦いは激しさを増す一方だった。互いに外されることを考えていないかのように、ただ全力で剣をぶつけ合う。一合ごとに骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げ、衝撃波が走るほどの剣戟を無言でぶつけ合う。
周囲の戦士たちもそれぞれ必死で戦っていたせいで、彼らの戦いに巻き込まれて死んだ者も少なくはなかったが、彼らが意に介することはない。
そしてドライアンとマクミランの戦いは。マクミランの優勢で進んでいた。
「そぅら!」
「ぬおっ!」
マクミランの体格は、戦いが始まると共に徐々に肥大化していた。一撃受けるほど巨大に、そして一撃与えるほど力強く。これがマクミランの特性だと気付くのに、ドライアンはさほど時間をかけずにすんだ。
「わかりやすい奴だ。だが王にしては――」
「ふん、俺とてこんな特性を望んだわけではない!」
マクミランが無造作に横薙ぎにする腕が、速く強い。ドライアンはそれを受け、吹き飛びながら衝撃を逸らした。
「だがオークの群れではまず強さが全て! いかに賢しかろうと、それだけではのし上がれぬのよ。ならばこの特性は、頂点に立つまではふさわしいと言えような! なにせ、相手の数が多いほどに力を増すのだから」
「・・・と、いうことは」
「お前が単独で挑んできて、正解だということよ! もっと数を揃えてくれれば、力も発揮しやすいのだがな!」
マクミランの特性は「破軍」。相手が多いほどにその力を発揮する、対軍用とも呼べる特性。その特性をもって彼は無敵の力を発揮し、オークの王として君臨した。なぜなら、彼に勝つために徒党を組むほどにマクミランは強くなるのだ。反乱を起こしようがない。
マクミランは悔しそうに吠えた。
「包囲殲滅を狙ってくれれば逆に力を発揮できたものを、少数で突撃してくるとは。わざわざ本陣を少なくしておいた甲斐がないではないか! 貴様たち、最初から俺の能力を知っていたのか?」
「――さぁ、どうだろうな」
ドライアンははぐらかしたわけではない。彼自身は本当に何も知らず、ただ突撃要員として今回は動いている。それだけアルフィリースの戦術がはまったということになるが、彼女がいかようにしてそこまでの策を立てたかを知ることはできない。
ただ相手の話も総合してわかったことは、この王の相手は自分が最も向いているということだった。ドライアンは思わず口の端が上がるのを止められなかった。
その行為を見咎めたマクミランの表情が、さっと上気する。
「貴様、何を笑うか?」
「くくっ・・・いや、すまんな。戦いに勝つと吠えたくなるが、策がはまると笑いたくなるという気持ちが、よぅくわかったよ。これは確かにやめられん。そして貴様も、俺以外の相手ならよかったかもしれないな。俺が相手では相性が悪すぎるぞ、貴様」
「なんだとぉ!?」
「かつて――かつて、一度だけゴーラ老を追い詰めたことがある。技術戦では積み重ねた経験値がものを言う。総合的な戦いではいつまでたっても勝てぬと悟った俺は、一撃必殺に賭けた。だがその一撃が問題だ。どうやって当てればよいのか、とんと見当もつかなかった。お前なら、どうする?」
ドライアンの唐突な質問に、マクミランは閉口した。何を言っているのかがわからないが、とても大切な問いかけということだけはわかる。そして、答えがわからないと死ぬということも。
マクミランは考え、答えあぐね――そして光が差したかのようにはっと閃いた。それは、今まで考えたことのない可能性。自分を倒すためにはどうすればよいのか。それが次の段階へと進む鍵だと気付いた時には、もう遅かった。
「そうか! わかったぞ――」
「多分、正解だ。なぁ、強くなるとは残酷だろう? その時、初めてゴーラ老の正気を俺は疑ったんだよ」
ドライアンの腕だけが、ふっと消えるように動いた。動きは一瞬。だがそれで決着はついていた。
マクミランの動きが一度止まったかと思うと、首がゆっくりとずれ落ちていく。だがその表情にはどこか悟りきったような笑みが浮かび、後悔や、ましてドライアンを恨もうというような様子は微塵も見られなかった。
「――そうだな、正気ではない。自分を殺す想像を、常にし続けるとは」
「そうだ。俺には――そこまでのことはできそうにもなかった。だが強くなる道はきっと別にある。そして色々な強さがあってもよいと思う。そう考えいたって、はや数十年。人生とは短いな」
「ああ、そうだな――特に、我らオークはそれでは――」
マクミランは最後まで言葉を紡ぐことなく、その首は地面にずり落ちた。一瞬だけ解放した、ドライアンの全力の腕の動き。それが作る真空刃が、マクミランの首を落としていた。
かつてゴーラにすら致命傷を負わせることに成功した一撃。その恐ろしさに、ドライアン本人が封印した技でもある。
ドライアンがマクミランの首を持ち上げ勝利の雄たけびを上げると、それに呼応したようにグルーザルドの部隊が鬨の声を上げた。まだ完全なる決着はついていなかったが、どちらが精神的に勝ったかがこれで明白となった。
続く
次回投稿は、10/15(金)11:00です。