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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その22~前哨戦㉒~

「強い豚さんがいるって聞いてさぁ、ここで合ってそうだね? アタシだと役不足かなぁ?」


 ミレイユをちらりと見て、ジェミャカはくるりとシャルロッテに向き直った。


「いいんじゃないかしら? 足は引っ張んないでほしいけど」

「あはは! 大丈夫だよ~むしろ好き勝手攻撃しちゃって? アタシが全部避けて合わせるからさぁ。その方が気楽でいいし」

「マジ言ってんの? 言っとくけど私の攻撃、見境ないよ?」

「その方が楽しいじゃん?」


 凶暴に笑うミレイユを見て、ちらりとヴァトルカと見比べるジェミャカ。


「なるほど、これは気が合いそうだ」

「どうして私を見るのです?」

「言わせないでよ~」

「貴女たち、いつまでくっちゃべって――」


 そう言いかけたシャルロッテの顎を、ミレイユが膝で蹴り上げた。シャルロッテが混乱する。何の変哲もない、ただ近づいて蹴った。その行為を蹴られるまで認識できなかった。あまりに違う速度だということはわかったが、それだけでなく重い。

 シャルロッテは何事かを考える前に腕を振り回して反撃したが、その時にはもうミレイユが離れている。腕を頭の後ろで組んで口笛を吹きながら離れているミレイユが、けらけらと笑った。


「豚さんさぁ。どんなに見事な肉体をしていても、一発も当たらなかったら意味ないんだよ。わかる?」

「・・・逆に聞くわ。一発も当たらずに戦いが終わると思っているの?」

「いーや、それはないかな? でもねぇ、アタシってば正面からの殴り合いでも結構強いんだぁ。試してみる?」


 ミレイユの姿がふっと消えたかと思うと、今度は掴めば届く位置でミレイユが微笑む。あっけにとられたシャルロッテだったが、好機とばかりに掴もうとして、瞬間10発以上蹴られたことに愕然とした。

 動かそうとした腕、前に出ようとした足の膝、そして顎と側頭部にそれぞれ4発ずつ。どのようなことをすればそんな動きが可能となるのかはわからないが、一つシャルロッテにわかるのはミレイユが尋常ではない敵だということだった。

 だがミレイユとしても、少々手ごたえに違和感があったようだ。ちらりとジェミャカの方を見ると、顎で助力を促した。


「なるほど、頑丈さだけは時間がかかりそうってことか。ちょっと気合入れて潰してくる!」

「ほどほどになさい。周りにいるのは仲間なのですから」


 ヴァトルカに窘められつつ向かっていったジェミャカだが、これで勝つことができると多くの傭兵やグルーザルドの軍人が安堵していたのだ。だが、なぜシャルロッテがこの少数で遊撃隊を組織しているのか、彼らはまだそこまで考えられていなかった。


***


「ぬぅらぁ!」

「ドライアン王、突出しすぎです!」

「お前らがついてこぬかぁ!」

「駄目だ、頭に血が上っておられる」

「だがこれでこそ王よ」

「その言い方はどうなのだ」


 苦笑いとも歓喜の笑みともとれる表情を浮かべて、ドライアン率いるグルーザルドの先頭部隊は、敵の本陣へと一直線に駆けていた。味方の被害は少ないとはいえず、平野を駆ける戦いにてこれほど苦戦する相手は、ドライアンの記憶にもないほどの手ごたえだった。

 それでもドライアンの行く手を塞ぐほどの猛者が出現することはなく、王であるドライアンを先頭に、少しずつ相手をかき分けるように進んでいた。途中、相手の背後から斜めに斬り裂くように出現したカラツェル騎兵隊のおかげで、相手の陣が乱れたのが助けになった。それがなければ、もっと被害は大きかったはずだ。天馬が先導していたあたりアルフィリースの采配なのだろうが、見事なものだとドライアンは感心しながら進軍を再開した。

 太陽は既に中天を過ぎ、やや傾きかける太陽の光が血煙で遮られる頃、ドライアンは敵本陣の中心に到達した。


「抜けたか!」

「もうここまで来たか。数ばかりいても、所詮使えぬ劣等種どもよな」

「まことに」


 大きな四足歩行の亀のような魔獣の上には、王座が2つあった。一つには豪奢な鎧兜を身に纏い、偉そうにふんぞり返るオークが。もう一つの玉座には、柔らかな絹の衣に包まれた雌のオークがしなだれかかるようにして鎮座していた。

 その周囲を取り巻くオークたちはいずれも静かに、その場に佇んでいた。この場所だけが、戦場の興奮から取り残されたように静かであることに、ドライアンは不気味さを覚えるとともに冷静さを取り戻していた。


「お前たちが総大将か?」

「いかにも。ロード、マクミランである」

「クイーン、メルセデスである」


 王と女王を名乗るオークは尊大に答えた。本陣にいるオークはいずれも精強だが、その数は300にも満たないだろうか。ドライアンにしてみれば、寡兵でここまで堂々としていられることが妙なのだ。

 あるいは罠か。ドライアンがそんなことを考えると、見透かしたようにマクミランが笑った。


「案ずるな、獣人の戦士よ。罠などありはせぬ。この戦、我々の負けよ」

「そうね。ここまで大きくした群れだけど、また一からやり直しね。悔しいけど、他の群れの選択が正解だったってことかしら?」

「それはどうかな。ただ次はもっと上手くやれる自信がある。ここを生き延びて、次はこやつらを倒すだけの戦力を手に入れるさ」

「そんな時間を与えると思うか?」


 ドライアンの詰問は当然。だがそれをわかっているマクミランとメルセデスも、鼻息荒く返した。


「当然、そこまで虫の良い話があるとは思っておらぬわ。なぜ我々が撤退もせず、ここで待ち受けたと思う? 敵の中核となる戦力を叩かねば、撤退もできぬと思ったからよ」

「ここにいる兵士が全て殿に回れば、撤退の時間くらいは稼げるでしょう。そして王と妾がいれば、また群れは作れる。時間はかかるけど、より強い群れが」

「ではその目論見を潰させてもらおうか!」


 ドライアンが気迫をみなぎらせて前に出た。そのドライアンを見て、高みからマクミランが笑う。



続く

次回投稿は10/7(木)11:00です。

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