百万の魔物掃討戦、その21~前哨戦㉑~
「(やるわね、雌ども。剣技ではそれぞれが私と同等か、それ以上。そして互いの呼吸を感じ取るのが上手いのか、隙がほとんどない。惜しむらくは、人間の体型であること。ハルピュイアらしき娘は見た目よりも遥かに腕力があるけど、それでもオークに比べれば非力。それゆえに、決定打に欠ける。いかに鋭い一撃を繰り出されようと、致命打にも脅威にすらならない。脅威になるとすれば――)」
シャルロッテがエルシアの方をちらりと見る。リリアムは完成されつつある剣士だった。エメラルドは生粋の狩人だが、剣士ではない。一つの道を極めるのではなく、複数の手段を組み合わせて勝つことを選択するだろう。それぞれまだ隠し玉はあるだろうが、普通に戦って、普通に勝てる相手だった。
だがエルシアだけに、わずかな脅威を感じるシャルロッテ。その一挙手一投足に思わず目を見張る。
「(悔しいけど、このジャリは強くなる・・・今の攻撃から推測される最高値の、まだ1割にも満たないのではなくて? 完成した状態なら、ひょっとして単独で私と戦えるのではないのかしら。惜しい、強くなったこのジャリと戦ってみたい! ああ、だけど――)」
シャルロッテの攻撃が突然勢いを増し、3人をまとめて弾き飛ばした。特にエルシアの武器に限界が来たが、当然武器を交換させる余裕などシャルロッテが与えるはずがなく、殺気で牽制されたエルシアは思わず武器の交換すら躊躇って固まった。
一度距離を置いて息を整え直す3人に、シャルロッテが威風堂々立ちはだかる。
「ああ、残念だわ。これは戦争――敵を見逃すことは許されない。これが果し合いの場であったなら、また強くなった貴女たちと再戦することもできるのに――」
「ふん、同情でもしようっての?」
「いいえ、ジャリ――エルシアだったかしら? これは純然たる事実よ。貴女たちでは私は倒せない。これが最後の忠告だわ」
ぶわりとシャルロッテから殺気が立ち上がる。エルシアは思わず一歩後ずさった。
「降伏なさい。そうすれば次に戦えるようになるまで生かしてあげるわ。私の下で強くなりなさいな」
「・・・冗談! 一度降伏して心が折れたら、強くなれるわけがないでしょう? それとも、負けたふりして寝首をかきにくるような相手にも食指が動くわけ?」
「泥を啜って生き延びる選択をするのは恥ではないわ。私もそうやって生き延びてきた」
シャルロッテは何の特技もないオークだった。多くのオークの中で一回り小さいオークとして生まれ、性格も気弱。そんなシャルロッテは格好の虐めの対象だった。差別の言葉として、「雌オーク」と呼ばれ、蔑まれる日々。転機は捕えた人間だった。
その人間は勇敢だった。武器もなく捕えられながら、遊びとして一対一の拳闘をもちかけられ、裸一貫でよくオークと渡り合った。10を超えるオークを殴り殺し、最後はついに力尽きたが一つの悲鳴も上げることなく絶命するその時まで戦い抜いた。
仲間のオークたちはその人間を嘲ったが、シャルロッテにはその人間が輝いて見えた。あれだけ小さくても戦えるのに、自分は何なのかと。
それからシャルロッテはがむしゃらに鍛練した。やがて鍛えた体で一つの群れの頂点に立つと、同じような境遇にあるオークに手を差し伸べ鍛錬し、親衛隊とした。そして功績が認められ、王に仕える将軍の一人としての地位を確保した。
ある日同じように捕えられた人間の中に、身なりの高いであろう人間の雌がいた。その女は戦う術を持っていなかったが、死ぬ寸前まで人間としての誇りを失わなかった。シャルロッテは死んだその後の雌の処分を王に願い出た。その雌の血肉を取り入れた際に上位個体に進化すると、その人間の雌と同じような髪が生えた。王以外のオークは誰もが滑稽だと笑ったが、その見事な巻き髪はシャルロッテの誇りである。
シャルロッテが吠える。
「悔しささえ忘れなければ、努力と根性と筋肉は自分を裏切らない! さぁ、どうするエルシア!?」
「・・・それでも御免だわ! 私は私の誇りにかけて、お前には屈しない!」
「よく言った! では死になさい!」
突きの構えからの、シャルロッテ全力の突貫。リリアムもエメラルドも意に介することはない。エルシアは反射的に構えたが、当然何か考えがあったわけではない。ただ、戦う意思だけは最後まで見せなければいけないと思っていた。
その時、横から飛びこんできた影がシャルロッテを蹴飛ばした。全力の自分の攻撃を蹴飛ばす者がいるのかと、思わずシャルロッテは唸って吠えた。
「何者!?」
「豚に名乗る名はない! とでも言っておくべきかしら」
「それでは私たちが悪者ではないですか。普通に名乗りなさい、普通に」
飛び込んできたのはジェミャカとヴァトルカ。ジェミャカが全力の蹴りでシャルロッテを蹴り飛ばしたのだ。その時の脚ごたえとでもいうべき感覚に、ジェミャカが自分の脚を見つめていた。
「ヴァトルカぁ、あの豚さんかなり強いわ。全力でやっていいよね?」
「そうなると私は周囲に被害を出さないためにサポートに回る必要がありますが、一人でなんとかできますか?」
「なんとかはできるかもしれないけど、ちょっとてこずるかなぁ? 仕留め切るならあと一人ほしいけど」
ジェミャカが素直に援護を求めたのでヴァトルカは驚いた。肌感覚としてかなり強いと感じていたが、ジェミャカにそう感じさせるだけの力量があるということになる。
銀の一族である自分たちに迫るオークなど聞いたこともないが、ここまで軍を押し込むのなら、ありえなくはないのかとヴァトルカは考えを改めた。
「では、その辺の獣将の誰かにでもお願いして――」
「いやー、アタシがよくない? その方が確実だよ~」
名乗りを上げたのはウサギの獣人、ミレイユ。独りだけブラックホークのコートを加工し、丈の短いベストのような格好にしている0番隊の獣人の戦士。その彼女が凶暴な笑みを浮かべ、すたすたと近寄ってきたのだ。
続く
次回投稿は、10/5(火)11:00です。