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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ピレボスにて、その10~氷原の散歩~

「クロー、どうかな・・・?」


 アルフィリースがおそるおそる尋ねた問いに、クローゼスはまっすぐに彼女の方を向いて答えた。


「アルフィリース、真剣に考えた結果だが・・・やはり今の私はそなたと共には行けないよ」

「そっかぁ・・・」


 アルフィリースがしょんぼりと項垂れた。仲間達もその会話は聞いたいたようで、それぞれが落胆の色を示していた。その様子を見て、クローゼスはため息をつきながら答える。


「話は最後まで聞くものだ、アルフィリース」

「え?」


 アルフィリースが顔を上げる。


「『今は無理』という意味で私は言ったんだ。雪原の事を託して出立したお師匠を無視して、私がアルフィリースについていくわけにはいくまい?」

「じゃあ」

「ああ。お師匠が返り次第、私がアルフィリースの元に行ってもいいかどうか尋ねてみようと思う」

「本当!?」


 アルフィリースは嬉しさのあまり、クローゼスを抱きしめていた。クローゼスは小柄なので、アルフィリースの突進を受け止めきれず、後ろに倒される格好になった。そして当然と言えば当然のように、アルフィリースの胸でクローゼスは窒息しかける。


「これでクローも私達の仲間ね!」

「く、苦し・・・」

「もうクローったら照れちゃって! 嬉しくて声も出せないの?」

「あ、アルフィ! それでは我の二の舞だ!」


 その様子を見て、同じ状況で死にかけたエアリアルが慌てて止めに入るのだった。


 そしてその後、クローゼスが呼吸を整えてからのこと。


「ふうー」

「ご、ごめんなさい。クロー・・・私ったら、ついはしゃいじゃって」

「はしゃいで殺されては、たまったものではないよ」

「反省してます・・・」


 アルフィリースが縮こまったのを見て、クローゼスは苦笑した。


「まあなんだ。許可が下りるかどうかはお師匠次第だから、こればかりは何とも言えないな。団欒の期間も分からんし、ゆっくりと期待しないで待っていてくれるといい」

「いつでも私は歓迎するからね!?」

「・・・そうか」


 クローゼスはそっけなく言って立ち上がったが、そうでもしないと本当にこのまま山を降りてアルフィリースについていってしまいそうだった。何かを我慢するように、しらずしらず拳を握り込んでしまうクローゼスである。

 そしてまたしても吹雪の中を歩き続ける一行。気がつけば吹雪は徐々に収まってきており、雪がはらはらと降っている程度にまでなっていた。吹雪の地帯は抜けたらしい。吹雪が治まってみて初めて分かったのだが、辺りは既に夜である。吹雪では視界がきいていなかったので、クローゼスの背だけを見て歩いていたからアルフィリース達は時間感覚がよくわかっていなかったのだ。

 ただ一気に寒さが訪れたせいで、周囲の木々まで一瞬で凍ってしまったらしい。樹氷と化した木が、アルフィリース達の松明に反射して、きらきらと輝いてみせる。動物や魔獣も寒さにそれぞれ穴倉で震えているのか、アルフィリース達の足音と吐息以外、世界は静寂に包まれていた。


「この谷を抜ければ、もう雪は降ってはいまい」

「へえ・・・」


 アルフィリース達はクローゼスに導かれるまま、馬数頭分程度の細さの隘路あいろを進んでいた。風もほとんどなく、穏やかに雪が降る道を踏みしめながら進んでいく。


「よし、出たぞ」

「うわあ・・・」

「へえ・・・」


 アルフィリース達が隘路を抜けて出た先は、切り立った崖。崖下は漆黒に彩られ、何があるのかさっぱり見えない。山を眼下に見下ろせるくらいなので、まだ標高は相当に高いのだろう。


「向うに見える山からなら、一日もなくピレボスを下ることができるだろう。そら、白い月も翳り青い月しかないから、遥かかなたに人里の明りも見えよう?」

「・・・確かに」


 目のいいエアリアルが確認する。確かに明りのようなものがちらほらと見えた。あれが街のある場所なのだろうか。


「でもどうやって向うまで? 完全に崖で、向うの山に行く方法はないよ?」

「だな。途中に岩棚のように低い山は見えるけど、まさか跳べなんて言わないだろうね?」

「フ。そんな無茶は言わぬよ、私は。歩いていこう」


 そうしてクローゼスが何もない空中に向かって歩き出す。


「クロー? 危ない!」


 クローゼスの足が何も無い空中に踏み出された。そしてクローゼスが崖下に落ちると思われた、次の瞬間。


「あ・・・れ?」


 クローゼスは空中を何も無かったかのように歩いていた。


「なんで・・・」

「フフ、もうすぐ白い月が出る。そうすればわかるよ」


 そして間もなく雲の陰から白い月が顔を出すと、一面が一斉に明るくなる。すると驚いたことに、クローゼスの足元には氷の橋が出現していたのだ。


「それは」

「私が魔術で形成した。今までもずっとこの上を歩いていたのだぞ? ほら」


 クローゼスが示した先には、光り輝く氷の橋が見えた。幅にすれば3mもないだろう。アルフィリース達はずっとその上を歩いていたことになる。もちろん本当の大地も沢山あったろうが、作った端から雪で覆われたため、アルフィリース達は気が付いていなかったのだ。もちろんリサは別にして、である。


「すごぉい!」

「リサ、気が付いていたの?」

「もちろん。もっとも最初に気付いた時には驚きましたが。ですが、2歩ほど外に道を踏みはずせば空中に真っ逆さまと聞いて、ミランダは堂々と歩けますか?」

「うーん、それは難しいかもね」

「でしょう? クローがあえて何も言わなかったのも、同じような理由かと」


 そうしてクローゼスがアルフィリース達を氷の橋にいざなう。


「さあ、月夜の散歩と洒落込もうじゃないか」


 クローゼスが、大胆不敵に、そして楽しそうに笑った。


 そして一行は何も無い空中を、まさに氷の橋だけを頼りに歩いていた。地面は遥か下にあるはずだが、全く何も見えない。そして横もまた同様で、時折吹く突風にびくびくする面々である。ただそんな彼女立ちをクローゼスは察したのか、氷の橋の表面をわざと粗く構成し、滑り止めになるように作ってくれている。

 さらに橋はクローゼスの前方10m程に次々と構成されていく。彼女の歩く速度に合わせて、次々と橋が作られているかのようだった。悠然とその場所を歩くのは、先頭を行くクローゼスと、並行して歩くアルフィリース。そして翼を持つユーティ、グウェンドルフ、イルマタル、エメラルドくらいのものである。ミランダやリサはおそるおそる進み、エアリアルですら怖いのか顔が青い。馬の手綱を握っているから、まだなんとか平静を保てているのだ。ラーナはそんなエアリアルにしがみつきながら進んでいる。そして楓は・・・


「楓、膝が笑ってるよ?」

「た、た、高いところは駄目なんです・・・」

「とんだくの一もいたものですね」


 リサが呆れかえっているが、この高さは尋常ではない。高いところが平気な人間でも、たまったものではないだろう。

 その中で、アルフィリースだけが余裕綽々だった。


「ママ―! たかいたかいして~」

「よし来た! ほらほら~」

「きゃははははは!」


 アルフィリースがイルマタルを抱きあげながら、くるくると回っている。3mほどしか幅のない場所でよくやると、他の仲間は思うのだ。


「なんであんなこと出来るのさ・・・」

「馬鹿とアルフィリースは高いところが好きなのですよ、ミランダ。あるいは、デカ女は鈍いかどっちかなのです。普通の人間なら、楓のような反応が当たり前かと」

「んで、その楓は?」

「こ、腰が抜けましたぁ・・・」

「・・・ヘタレですね、あれは」


 楓は腰を抜かしていた。まあリサが背後から突然どついて脅かしたのだから、ある意味ではしょうがない。その時楓は、「ちょっと漏らしてしまいました」などと呟いたのだが。

 その頃、先頭でイルマタルを肩車しながら進むアルフィリースは、クローゼスと楽しそうに話しながら歩いている。


「クローの魔術ってすごいねぇ。まさか氷で橋を作るなんて」

「そうでもない。いくつかの条件が揃っているから出来る芸当さ。吹雪だったし、この辺は私のお気に入りで、何度も歩いて場を私に慣らしているからな。魔術が形成しやすいのさ。それに、途中の低い山々にも魔術の基点を形成し、橋を作る手伝いをさせている。何の下準備も無しでは、私でもこんな魔法みたいな真似は無理だよ」

「へええ。でもこの光景は美しいわねぇ」


 アルフィリースは夜空の中天にかかる、白と青の月を見上げる。青の月は年中見ることができ、満ち欠けもせず、あまり光を発さない。雲にでも隠れようものなら、周囲一帯は完全な闇と同義である。

 対して、白の月はおよそ20日の周期で満ち欠けする。そして7日ほどは全く姿を現さない。白い月が無い時は暗闇が多くなるため、犯罪も増え、魔物や魔獣も活発になるとされる。魔術に関係するのは主に白い月で、満月の時には魔術の行使が楽な事が多い。魔術を扱う者なら、誰でも知っている事実である。

 今日は白の月は満ちていた。強めとはいえ淡い光に反射して、氷の橋がきらきらと光り輝く。まるで自分が星の海でも歩いているかのような気分にアルフィリースは浸る。隣に恋人でもいれば素敵だろうなぁ、などとアルフィリースはそんなことを考えてしまうのだ。

 そんなアルフィリースの顔がニヤけていたのか、クローゼスが覗きこんできた。


「アルフィリース、鼻の下がのびているぞ」

「え、うそ?」

「冗談だ」


 クローゼスが冗談を言ったので、アルフィリースはぽかんとした。逆にクローゼスが今度は慌てる。


「なんだ? 私が冗談を言ってはおかしいか?」

「ううん。初めて聞いたような気がしたから」

「当然だ。初めて言った」


 そうしてクローゼスはぷい、と横を向いてしまった。アルフィリースは追及しなかったが、クローゼスはきっと照れているのだろうと、アルフィリースは当たりをつける。そして、それは的を得ているのだった。

 そのまま半刻ほども歩いたか。やがて一行は向うの山に到着した。


「さて、ここからは雪もほとんど積っていまい。私の案内は不要だな」

「ありがとう、クロー。本当に助かったわ」


 アルフィリースがクローゼスの手を取って、感謝の意を表す。クローゼスもまた、アルフィリースの手を握り返した。


「ああ、達者でな」

「クローこそね。寂しくなったら、いつでも私の所を訪ねてきて。仲間になるとかじゃなくて、お茶を飲みに来るとかでもいいから」

「わかったよ。覚えておくよ、アルフィ」


 そうして、クローゼスは元の氷の橋を渡って帰って行った。彼女らしく一切振り返る事はしなかったが、クローゼスはここで振り返ると、きっとそのままついていってしまう気がしたのだ。どうして自分がそこまでアルフィリースに魅かれるのかはわからないが、確信だけはあった。ここから引き返すこと自体にも、かなりクローゼスは力を要したのだ。アルフィリースも、何やら彼女のそんな心情を察したのかもしれない。無理に引きとめたり、声をかけたりはしなかった。


「よかったのかい、アルフィ」


 ミランダがアルフィリースに話しかける。


「何が?」

「もちろんクローの事さ。強引に誘えば、来ると思うけどね」

「そうね。でも、それは私の本意じゃないわ」


 アルフィリースはにっこりとミランダにしてみせる。その顔はどこか自信に満ちていた。


「何か考えが?」

「最後にね、クローは私の事を『アルフィ』って言ったわ。だから彼女はきっと私に会いに来てくれる。そんな気がするの」

「なるほどね・・・まあ、その時までに立派な団を作っておかないと、クローに飽きられるかもよ?」

「『この傭兵団はお茶も飲まないのか?』とかは言いそうよね?」

「言いかねないね!」


 そんなめいめい勝手なことを話しながら、アルフィリース達はその場を後にしたのだった。そんな彼女達が向かう先は、ガーシュロンの紛争地帯と言われる、大陸の東で最も治安の悪い土地である。



続く


次回投稿は5/27(金)10:00です。


次回から新シリーズです。よろしければ評価、感想などお願いします。

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