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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その19~前哨戦⑲~

「ハァアアアア!」

「ブルォオオオ!」


 戦い始めて既に100合を超える打ち合いが続いていた。最初は周囲で固唾を見守っていたそれぞれの陣営も、互いに周囲を気にする余裕がないほど2人が戦いに没頭してからは、巻き込まれないために我先にと逃げ出していた。

 ガンドルフが突きを繰り出すと、それを滑らせ逸らし、3度の突きを同時に繰り出すエアリアル。それらを鎧や小手で強引に受け、多少の傷をものともせずに前に出るガンドルフに、エアリアルは徐々に後退させられている。

 傍目に見て明らかに技術が上なのはエアリアル。だがガンドルフの圧倒的な身体能力を活かした強引な戦い方の前に、追い詰められて見えるのもエアリアル。そして槍の心得がある者なら誰でもわかることだったが、明らかにガンドルフの槍の鋭さが戦いの中で増しているのだ。まるでエアリアルの強さを吸収して強くなっているように。

 ガンドルフの突きを後転で躱し、一度大きく距離を取るエアリアル。さしものガンドルフも少々息が切れたのか、深呼吸をして構え直す。


「凄い雌だな、お前。今まで戦った人間では一番だぞ」

「お前は我が戦った中では、五指にも入らん」

「はっはっは、それは凄い! 世の中には強者がいるのだな。これからもますます楽しみだ!」


 皮肉にも笑顔で応えるガンドルフは、まだまだ余裕を感じさせる。息が整う時間にも差があるのは明らかだった。エアリアルもまだ戦えるが、もう100合は無理だと腕の震えが訴える。

 いかにしてこの強敵に勝つべきか。ガンドルフがずいと前に出た時に、エアリアルはリサ、そしてウィンティアの言葉を思い出す。


「(あなたは意外と熱しやすい。周囲には無数に選択肢が――)」

「(時に流れる風のように。いつまでもこだわるのは風の吹き方にあらず)」


 エアリアルはふっと周りの気配を探る。センサーではないが、風がエアリアルに周囲の状況を教えてくれるのだ。久しく忘れていたこの感覚。大草原でなくとも、風はどこにでも吹いている。

 そして感じる、一つの勝ち筋。エアリアルはふぅっと息を小さく吐いた。


「なるほど、確かにお前は強敵だ。今の我では勝てぬかもしれぬな」

「む? 降参するのか? 潔いといえばそれまでだが、まだそちらにも勝機は残されているだろうに」

「薄くはあるが、確かにな。腕の一本でも犠牲にすれば、勝てる方法もあるだろう。相打ち狙いならもっと確率は上がる。だがそれは我の戦い方ではない」

「ではどうする?」

「これが競技会ではなく、戦争だということを思い出した。戦争というものは我も初めてだが、戦う前に団長の講義で言われたことを思い出したよ」

「?」


 エアリアルが指笛を吹いて、シルフィードを呼び寄せた。一頭だけエアリアルとつかず離れず、ぎりぎり安全な距離を保って戦いを見守っていた白い馬に、ガンドルフの視線が向けられる。

 それを見て、エアリアルは優しく妖艶に笑った。


「戦争で一番人の命を奪った事実は疫病。最も人の命を奪った武器は精錬された剣ではなく農具や石。そして人間の命を最も奪った種族は誰だと思う?」

「? なんだ、それは」

「人間だそうだ。特に、同士討ちには要注意だと」


 ガンドルフがはっとした瞬間、突然周囲は潰走するオークの群れに囲まれていた。魔術の知識の乏しいガンドルフは、エアリアルが静かに魔術を展開し、周囲の音を消していたのだと気付くこともなく、理由もわからず混乱した。

 そして潰走する仲間を切り伏せるわけにもいかず、ガンドルフは仲間を落ち着かせようと必死に声を張り上げた。その隙をついて、エアリアルの槍がガンドルフの足の腱を斬った。

 ガンダルフは体制を崩しながらも踏ん張ろうと、必死に槍を使って体を支えた。


「なんのこれしき――?」


 だが支えた体は急に吹き飛び、目の前の光景が横倒しになった。それが馬に蹴飛ばされたのだと気付くと、ガンドルフは片足で耐えようとしたが、その背中に凄まじい熱さを感じた。絶叫せずに済んだのは、口から溢れる血のせいである。


「ぐっ、ふあっ!」

「ほぅ。ディオダインの蹴りをくらい、俺の槍を受けてまだ死なぬか。大したオークだ」


 ガンドルフを背中から貫いたのは、オークの陣を後方から突き抜けたカラツェル騎兵隊の先頭、愛馬ディオダインに乗ったメルクリードだった。ターシャに先導されたカラツェル騎兵隊はメルクリードを先頭にオークの軍を突破し潰走させ、その勢いのままガンドルフに突っ込んだのだ。もちろん、ターシャがエアリアルの危機を察して誘導したのを、エアリアルはガンドルフよりも早く感じ取っていた。

 メルクリードがガンドルフを無慈悲に突き放すと、ガンドルフの手が虚空をかいた。倒れれば二度と起き上がることができない。そんなガンドルフが見たのは、投げ槍を持った赤騎士たちが隊列を組んだまま自分に突っ込んでくるという無慈悲な光景だった。

 ガンドルフには無数の槍が突き立てられた。ハリネズミのようになったガンダルフはそれでも倒れることなく、どこか悟りきった表情でエアリアルの方を見た。そこに追いついてきたオーダインなどの中心騎士たちがさらに槍を構えるのを見て、エアリアルが制した。

 そして慎重にガンドルフに近づくと、一声かけた。


「我のとどめがほしいか?」

「・・・やっぱり・・・美しい雌だなぁ・・・」


 澄んだ瞳でエアリアルを褒めたたえたガンドルフに、エアリアルは寂しそうに苦笑いで返した。


「生まれ変わったらまた聞いてやろう。その時はまた我を誘うがよい」


 エアリアルの槍が小さくガンドルフの喉を突くと、それを待っていたかのようにガンダルフは力なく崩れ去った。

 それを見ていたオーダインが、小さくエアリアルに話しかける。


「輪廻転生を信じているクチか?」

「さてな。だが、その方が夢があるだろう? 勝者が敗者の夢まで奪う権利はない」

「あるさ。少なくとも、今生きている世界ではな。敗者は夢を見る権利すらない」

「死者のようなことを言う」


 エアリアルのその言葉に、メルクリードは小さく答えた。


「既に夢破れた後だ。そのような意味では俺も死者だ」

「だがお前はここにいるだろう」

「抜け殻のようなものだ。夢の残滓だろうよ」

「それでも見届けたいものがあるのだろう?」

「かもしれん」


 メルクリードは寂しく笑って赤騎士隊をまとめると、そのまま残っている敵の本陣へと向かっていった。

 エアリアルは崩れ落ちたガンドルフの亡骸の前でしばし黙祷を捧げると、次の指示を仰ぐためにラインの下へと向かっていった。



続く

次回投稿は、10/1(金)12:00です。

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