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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その17~前哨戦⑰~

***


「待てや! このメスガキィイイイイ!」

「誰が待つか!」


 エルシアが馬を駆ってシャルロッテから逃げる。馬術は拙くそれほど速度は出ていないが、とにかく転ばないことで必死だった。当たった物全てを粉砕する勢いで走るシャルロッテを見て、誰もが道を大きく開けてくれたおかげでエルシアはからくも捕まっていない。

 後ろをちらりと見れば、シャルロッテとの距離は一向に広がっていない。エルシアの全身にぶわりと汗が噴き出る。


「馬で離せないか。オークのくせに足が速い!」


 憤怒の形相で迫るシャルロッテには、もはやエルシア以外の誰も目に入っていない。生きた心地はしないが、これなら上手くいくかもしれない。エルシアにそんな考えが脳裏によぎるが、怖いものは怖かった。


「ちくしょう! なんで私がこんな目に!」

「シャルロッテ様ー!」


 そうこうするうちに、親衛隊で一番足が速いオークが追いついてきた。それを見てシャルロッテが凶暴な笑みをこぼす。


「お前、お飛び!」

「はっ、シャルロッテ様のためなら喜んで!」


 オークがダン、と飛ぶと、その足を掴んだシャルロッテの右腕に筋肉が隆起する音が聞こえそうなほどの血管が浮き出た。


「どりゃああああ!」

「感激の極みぃいいいい!」

「嘘でしょう!?」


 それは親衛隊オークを使った投擲。直立不動のまま回転する刃と化した親衛隊がエルシアの馬の脚を直撃し、馬をなぎ倒した。

 いち早く気付いたエルシアは前方に飛び出して受け身を取ることに成功したが、哀れな馬はそのままオークと共に転がり回り絶命した。その先では親衛隊オークが立ち上がると、その無事と筋肉の健在ぶりをアピールするように、笑顔でポーズを取っていた。

 そしてなおも逃げようとするエルシアの前には、シャルロッテが仁王立ちしていた。


「追いついたわよぉ、ジャリぃいいい!」

「どこの貧民街出身よ、あんた。今時スラムでもそんな汚い言葉使わないっての」


 エルシアの反論に対して無言で切り上げを放ったシャルロッテだが、エルシアは後ろに飛び退いて剣を避ける。

 その反応の良さに、シャルロッテの眉がぴくりと動いた。


「ジャリ。お前、目がいいわね。予備動作がほとんどなくても避けるのか」

「そんだけ筋肉つけてりゃ、嫌でも見えるわよ。無言で斬りつけるとか、優雅さの欠片もないじゃない?」

「フン! ジャリ相手にみやびが通じるかしらね? その分、四肢をもげばジャリでも優雅なオブジェになるかもだわ」

「うえっ、悪趣味!」


 エルシアが剣を抜いたが、実力差は明らか。シャルロッテが切り上げた地面は深く抉れており、逸らせるような生半な剣でないことはエルシアにもわかる。斬り合いになれば5を数える暇もなく絶命は必死。そう感じ取ったエルシアだが、急に高らかに笑い始めた。


「アッハッハ!」

「どうしたの? 恐怖に気でも触れたかしら?」

「いえいえ、ここまで狙い通りだとおかしくって。私って、やっぱり戦場で生きるのが向いているかしらね」

「何を――」

「周りを見なさい」


 シャルロッテが周囲を見ると、そこには大勢のイェーガーの兵隊が取り囲んでいた。その先頭には、それぞれの中隊や大隊の隊長がいる。そこにはブラックホークの隊長や獣将たちまでもいるのだ。

 エルシアはしたり顔で語った。


「何の策もなく逃げたと思った? もちろん誘い込んで袋叩きにするために決まっているでしょうが! まさか卑怯なんて言わないでしょうね?」

「・・・」

「さぁ、観念しなさい! これだけの数の兵士を相手に、勝てると思って?」


 すごむエルシアに、今度はシャルロッテが肩を震わせると盛大に笑い始めた。その笑い声に、集まった兵士たちがざわめく。


「アーハッハッハ! なるほど、なるほど。大したものだわ、ジャリ。たしかにここまでは私の負けね」

「いやに素直ね。観念した?」

「まさか? 見せ場をくれたことに感謝しているのよ!」


 シャルロッテは再びふぁさりと縦ロールをたなびかせると、本人としては優雅に、人間には口の端を歪めて凶悪に笑ったようにしか見えない笑顔を漏らした。


「これだけの将を狩れるとは手間が省けたわ。本日の戦功一番は私で決まりね」

「まさか、全員相手にするつもり?」

「もちろん!」


 シャルロッテはダン、と地面を踏み鳴らした。そこに丁度親衛隊も追いついてくる。


「私はこのオークの軍を預かる将軍筆頭、『優雅なる豚姫将軍』シャルロッテ! 我こそはと思う勇気ある者は前に出なさい! 私の剣の錆にして差し上げますわ!」

「「「お手すきの方々は我ら親衛隊が相手をさせていただきます!」」」


 悦に入った表情でポーズを取る面々に対して、やはりリリアムの大隊のように呆気にとられた兵士たち。その瞬間、影が飛びこんでシャルロッテに一撃をみまった。

 交錯は一瞬。その一撃で互いに力量を感じ取る。


「はずした? つよい!」

「ぬ、ハルピュイアとは珍しい! それに、ここまでの腕前とは!」


 エメラルドはそのまま入れ替わるように、エルシアの傍に立つ。


「えるしあ、いける?」

「もちろんだけど、私も戦っていいの?」

「ひとりでたたかうの、むり。そのくらいつよい」


 エメラルドが油断なく構えるだけでもその危険度が伝わるが、もう一人進み出る者がいた。


「オークの相手とあれば、オ、オラの出番なんだな」

「やる気じゃないのさ、ダンダ」


 ドロシーがその脇を突きながら、ブラックホーク3番隊のダンダが戦斧を手に前に出た。その姿を見たシャルロッテと親衛隊は、雷鳴に撃たれたように口を大きく開いた。


「な、なんという美男子! どちらのご出身でいらっしゃるの!?」

「「「負けたー!」」」


 親衛隊がそれぞれ号泣したり、地面を叩いて悔しがっている。シャルロッテにいたっては、顔が真っ赤になって髪を直したりもじもじするのを見る限り、明らかに恥じらっていた。

 ドロシーは困惑した表情でベルノーの方を見た。


「ダンダって、オーク的に美男子なの?」

「知るわけがなかろうて」

「随一よ、随一! この10万を超えるオークの中で、随一の美男子ですわ!」


 シャルロッテがきいきいと力説するのも無視して、ダンダはずいと前に出た。


「オ、オラが美オークかどうかはさておき、なしてお前そんな恰好してる?」

「あらいけない。このクソはそこのジャリに――」

「そこじゃねぇだ。なして男のお前が、そんな女みたいな恰好しているのかっちゅうことだ」


 その言葉に、周囲と親衛隊が固まった。親衛隊オークがガタガタと震えながらシャルロッテの方を見たが、シャルロッテの瞳からはぶわりと涙があふれていた。


「オークに雌は滅多に生まれないこと、知っておいででしょう!?」

「ああ、そだな」

「それでも心は乙女なの! 仕方がないじゃない!」

「そういうことだか。なるほど、承知した。別に馬鹿にしたわけじゃなかんべ。許してぐれ」


 素直に頭を下げたダンダの紳士な対応に、親衛隊も泣きながら拍手をした。これ以上シャルロッテが暴走したら、被害は彼らに降りかかるのだ。

 そしてシャルロッテはダンダの対応にときめいたようだ。


「なんて素敵な殿方! お付き合いしてください!」

「それは残念ながら断らせていただくべ。オラには心に決めた女性がいるっぺ」

「そうなの?」


 ドロシーがびっくりしたように目を見開いた時、ゼルヴァーとベルノーが残念そうに顔を見合わせたことに彼女は気付かない。

 それでもシャルロッテは食い下がった。


「愛人でも構いません!」

「そこまでの甲斐性はオラにはないだ。それにオメを愛人にしだら、刃を引っ込めてくれるだか?」

「そ、それは・・・」


 シャルロッテはしばしの黙考のあと、剣を構えた。


「なんて悲しい運命! 所詮私たちはオークなのね?」

「オークの甲斐性は戦ってなんぼだ。オメもオークなら、暴力で証を立てるべ」

「承知しましたわ! ならば、この拳と剣で貴方を奪わせていただきます!」


 その言葉にシャルロッテがダンダを抱えて逃げるシーンを思い浮かべたドロシーは、一人でえづいていた。

 だがそんなやりとりの最中、5番隊のゲルゲダや、6番隊のファンデーヌを始めとして、各隊の指揮官が包囲網を形成している。そして完成した包囲網を確認し、後方からリリアムが追いついてきたのを見ると、ダンダとシャルロッテの咆哮を合図に戦いが始まったのだった。



続く

次回投稿は、9/27(火)12:00です。

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