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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その16~前哨戦⑯~

 そのオークには見事な縦カールの金髪があった。体はこれ以上ないくらいに鍛え抜かれていた。服装は華麗な姫が騎士として出てきたのかと思われる程、豪華で煽情的なミニスカートだった。そしてその容貌は、誰がどう見てもオークそのものだった。

 見た目と格好の不釣り合いさに、誰もがあんぐりと口を開けていた。これでもう少し不自然でない点があれば、間違いなく失笑を誘っていただろう。だがあまりの不自然さを前にしては、誰もが呆然とするのみである。ただ1人、リリアムを除いては。

 シャルロッテと呼ばれたオークは、見事な縦ロールをふぁさりとかき上げ、物憂げなため息をついた。


「今日も完璧な私だわ・・・自分の美しさが憎い!」

「「「流石です、シャルロッテ様!」」」

「だけど鍛え上げた筋肉は何のため・・・戦わずしてなんのシャルロッテか」

「「「その通りです、シャルロッテ様!」」」

「心構えは盤石だわ。皆も筋肉の準備はよろしくて?」

「「「いつでもいけます、シャルロッテ様!」」」

「よろしい、ならば戦争よ!」

「いつまで三文芝居やってんだ、オラァ!」


 リリアムの副官として同行していたカサンドラが、飛びかかって大剣を頭上に振り下ろす。巨漢と言って差し支えないカサンドラの全体重を乗せた一撃を、シャルロッテは指二本で挟んで止め、しかもそのままカサンドラが空中で静止した。


「なっ・・・動かねぇ!?」

「お前、人族の割には良い筋肉をしているわね。10点満点で6点というところかしら。だけど――」


 シャルロッテがぱっと指を放して拳を握り込むと、予備動作なしに放つ。カサンドラは咄嗟に大剣の腹で受けたが、あまりの衝撃に後方に吹き飛ばされたあとも着地に失敗し、そのままリリアムの傍まで何回転も転がされてしまった。

 土まみれになりながら起き上がったカサンドラが見たのは、へしゃげた自らの大剣。


「アタシの大剣が・・・嘘だろ? 鋼鉄製だぞ?」

「鍛えた私の肉体が、鋼鉄如きに劣るといつから勘違いしていたの? 筋肉は全てに勝るわ。いずれ金剛石すら素手で砕くのが、我が宿願」

「「「さすがです、シャルロッテ様!」」」


 周囲の親衛隊がパチパチと拍手する。見た目の奇天烈さだけでなく実力も伴うオークの出現に周囲が動揺し始めた頃、リリアムがそっとカサンドラに忠告した。


「カサンドラ、立てる?」

「そりゃあもちろん――」

「肋骨か胃がやられたんじゃない?」


 立ち上がろうとしたカサンドラは、口の中から血が逆流してくるのに気付き、自らの重症を悟った。だが痛みに脂汗をかく自分より、見た目冷静なリリアムの流す汗の方がはるかに多い。


「なっ・・・マジか。それよりリリアム、その汗は」

「正直この戦いを舐めてた。あれは化け物だわ。出現してからずっと、私にだけわかるように研磨したような殺気を放っている。一目で私を指揮官と見抜き、実力を探っているのよ。最短で敵の将だけを潰して回る作戦。私たちも同じことをやっていたけど、向こうも同じことを考えていたようね。そして残念ながら実力を把握されたわ」


 リリアムがすらりと剣を抜き放つ。その表情には微塵も余裕がなかった。


「時間を稼ぐわ。30数える間に全員を撤退させて」

「冗談だろ? 時間がなさすぎらぁ」

「無理でもなんでもやってもらうわ。それしか稼げないわよ。全員無理なら一人でも生かして。いいわね?」

「あー、あー、ちょっといいかしら?」


 シャルロッテがこほんと咳ばらいをして、2人の会話に割り込む。どうやらこの会話も聞こえていたようだ。


「私、雑魚には興味がないの。軍は将が倒れたら散るものだわ。もちろん自殺志願者は止めませんけどね、大人しく降伏するなら生かして差し上げてもよくってよ?」

「・・・そんな言葉、信じられないわ」

「ま、信じるも信じないも自由ですわ。だけど将来有望な者まであたら死なせる必要はないもの。私は人間でもオークでもゴブリンでも差別しない。有能なら誰でも採用するし、無能なら同族でも奴隷にするわ。肉体的にはそりゃあオークが優れるから親衛隊にまで入れる人間はいないかもしれないけど、可能性は常に残しておくべきだと思っている。

 だからリリアム、とか言ったかしら? 私との一騎打ちを受けていただくわ。無粋な真似をする者がいたらこの約束はなかったことにする。思いつく限りの残酷な方法で皆殺しよ。他の者は残って見届けても良し、逃げても良し。好きになさいな」


 シャルロッテが促すように手をぱんぱんと叩くと、親衛隊がリリアムとシャルロッテを囲むように円を作って他の者を締めだした。割り込んでみろとでもいいたげに、親衛隊のオークたちは白い歯を見せて笑顔で周囲を威圧する。

 リリアムの部隊に動揺が走った。カサンドラを片手であしらうオークに対し、とびかかる勇気のある者はこの大隊にはいない。

 迷う部隊を相手に、シャルロッテがさらに促した。


「こう見えても忙しい身だし、そう気も長くないの。10数える間に決めて頂戴。ほーら、いーち、にーい」

「そんなやつの言うことを聞く必要はない、リリアム!」


 突然の掛け声と共に、親衛隊の間を縫うようにして飛来する手裏剣2本と刃付きのブーメラン、そして金属の球が3つ。シャルロッテはため息をついて飛来する物体を見やる。


「はぁ・・・この私の慈悲がわからないとは、なんという無能。こんなもので私を倒せると思っているなら、哀れの極みですわ」


 シャルロッテは腰の細みの剣を抜き放つと、鮮やかな剣捌きでそれらを弾いた。刃付きのブーメランを絡めとり、金属の球体を一つ、二つと弾こうとして、2つ目の球が不思議な軌道を描く。

 剣に当たったかと思われた時に変化して沈んだ球は、シャルロッテの膝を直撃した。痛みはないが、突然右膝の力が抜けたシャルロッテはたまらずがくりと膝をついた。そこに飛来する2本の手裏剣は交差すると、片方が軸となり、片方が急加速したのだ。


「なっ!?」


 ありえない軌道を描いた飛来物に対し、さしものシャルロッテも驚いた。その刃が濡れているのを見ると、緊張が走る。


「毒!? 無粋な!」


 3つ目の球が同時に飛んでくるのをふせぐことはできず、受けるのを覚悟の上で手裏剣を弾いた。シャルロッテが全力で気功を発揮し、受け止めた球は何の工夫もなくぽとりと地面に落ちた。


「え・・・何も仕掛けがない?」


 ここまでして当てた一撃に何ら工夫がないことに驚いたシャルロッテだが、突然頭から何かを被ることになった。意識が下に向いたところ、頭上に放り投げられた袋を別の手裏剣が破いてその中身をぶちまけたのだ。

 それが何かと手に取るまでもなく、その正体に勘付くシャルロッテ。


「これって・・・まさか・・・馬の、糞?」

「ざまぁみろ! これが本当のクソッタレだ!」


 親衛隊の向こうには、親指を下に向けるエルシア。投擲は全てエルシアによるもので、見事シャルロッテの意識を他に向けることで、馬の糞を頭から浴びせることに成功したのだ。

 そのままエルシアはシャルロッテを罵倒する。


「似合ってないんだよ、その金髪縦ロール! どれだけ滑稽か、鏡に映して見てみろ!」

「「「あわわ・・・なんてことを。シャルロッテ様は容姿のことを貶されるのが一番嫌いなのに」」」


 容赦なく辛辣な言葉を投げるエルシアを見て、親衛隊がガタガタと震え出した。そしてシャルロッテの方をおそるおそる振り返って見れば、そこには全身を真っ赤に上気させるシャルロッテがいた。

 そして殺気が爆発して親衛隊が吹き飛んだかと思うと、戦の喧騒を吹き飛ばすほどの怒号が響き渡った。


「てんめぇええええ! そこのクソアマ、動くなよぉおお! 素手で挽肉ミンチにして、豚の餌にしてやらぁあああ!」

「ははっ、本性が出たわね」


 エルシアは既に馬に飛び乗って離脱を始めていたが、去り際にリリアムに向けて叫んだ。


「リリアム! 借りは返したわよ!」

「・・・あの子ったら」


 既にリリアムなど眼中になく、全力でエルシアを追いかけて行ったシャルロッテに引き続き、親衛隊もあたふたと駆け出していた。

 エルシアは最初からそのつもりで来ていた。そしてどこに連れて行こうとしているかもわかる。


「他の大隊に合図を。あの豚姫将軍をなんとしてでもで仕留めるわよ!」

「我々は後方から追撃するので?」

「ええ、部隊の押し上げはタジボの隊に任せるわ。強敵はここで潰す!」


 リリアムは再び隊を立て直し、エルシアとシャルロッテを追いかけて行った。



続く

次回投稿は、9/25(土)12:00です。

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