表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2235/2685

百万の魔物掃討戦、その15~前哨戦⑮~

「俺は槍騎士ガンドルフ! 誰か俺と勝負する強者はいるか!?」


 その威圧に、すっと動いたのはエアリアルだった。リサが杖をエアリアルに一瞬引っかけて止める。


「エアリー、一対一の勝負にこだわらないように。これは戦です、勝てばよいのですから」

「無論、心得ているつもりだ」

「貴女は意外と熱しやすい。夢中になり過ぎず、選択肢は常に周囲に無数にあることをお忘れなく。平時ならともかく、戦時の一対一から得られる物など何もありませんよ?」


 それだけ忠告しリサがすっと杖を放したので、エアリアルは前に進み出てガンドルフに対峙する。


天翔傭兵団セレスティアル・イェーガー、突撃隊長のエアリアルだ。勝負を受ける気はあるか?」

「無論だ!」


 ガンドルフはエアリアルが出て来ところで目をぱちぱちとさせて、指を一本突き出した。


「だが一つ条件がある!」

「条件? 言ってみろ」


 どうせ下衆な要求だろうとエアリアルがたかをくくっていたエアリアルだが、ガンドルフは頬を赤らめながらやや声を小さくして告げた。


「俺が勝ったら、逢引一回!」

「・・・それは褥を共にするという意味でか?」

「そっ、そんな野蛮人みたいなことができるか! まずは日中に遠駆けや、狩りなどをいかがかと言っている! 一目惚れだ、悪いか!?」

「よっ、さすが我が軍随一の純情派!」

「茶化すな!」


 部下に囃し立てられ羞恥で真っ赤になったガンドルフがあたふたと言い訳をする一方、エアリアルはこめかみに指を当てて悩んだ。


「我の方がオークよりも野蛮人なのか・・・」

「さすが野生児。本能に忠実なのはよいのでは? あんな童貞オークの言うことを真に受ける必要はないでしょう。やっておしまいなさい」

「それでは我の方が悪党のようではないか?」


 リサの進言にエアリアルがシルフィードの手綱を締めて駆け出し、まだ部下と言い合っているガンドルフに強烈な一撃をみまったが、それをあっさりと槍で受け止めるガンドルフ。むしろ危うく槍を絡めとられるところだったと、槍を弾きながらエアリアルは気を引き締めた。

 離れ際、エアリアルが三段突きを放つ。それも初撃と二撃目を躱し、三撃目にカウンターを合わせて来るガンドルフ。互いの槍が頬をかすったところで、エアリアルはシルフィードから飛び降りた。このままではシルフィードが巻き添えになりかねないと判断した。

 その様子に、イェーガーや部族の戦士たちがざわ、と揺れる。イェーガーの突撃隊長を苦戦させるほどのオークがいる。その事実に動揺が走った。

 ガンダルフとは言えば、好敵手の出現にニンマリと口を歪めるだけだ。


「さすが俺が認める別嬪だ。惚れるぜ」

「そういう言葉は戦い以外で吐くがよい」

「これはしたり、文化の勉強が足りんな。学ぶとしよう」

「活かす機会はないがな!」


 エアリアルが躍りかかりながら、2人の猛者は激しい攻防を繰り返していた。2人のやり取りを聞きながら、リサはアルフィリースに言われたことを思い出す。


「(ミランダからの情報と、私が知り得た相手の状況からいくつかの最悪を想定しておくわ――そして最大に警戒すべきなのは、相手に冗談を言う連中が出てきた時)」

「(冗談を?)」

「(そう、冗談がわかる相手は最悪だわ。だって、精神構造が人間とほぼ同じと言うことだもの。獣にも火を使ったり道具や自然を利用するのはいるけど、言語が通じても笑いは共通にならないと誰かが言ったわ。人間とその他の生物の最大の違いは、精神構造の違いだと。オークの能力は身体能力が優れている分、精神構造が劣化している。それが人間と同等ということは、肉体は私たちを遥かに凌駕するはずよ)」

「(もし、その次元の敵が出てきたらどうするべきですか?)」


 アルフィリースの瞳が一段階暗くなった。


「(犠牲を覚悟して。撤退という選択肢は絶対にないわ。どんな犠牲を払ってでも、一度の戦いで滅ぼし切る。どのような戦術を用いれば犠牲が最も少なく、そして最も効率よく勝てるか。それだけを考えて。そしてリサにしか出来ない仕事が、一つ増えることになるわ)」

「(私にしかできないこと?)」

「(これも最悪の想定の一つ。相手の装備が充実していれば、最低限人間とは比較にならないほどの金属性の魔術士がいるはず。そして戦術を使うなら、相手の軍にいるのは――)」


 リサは自分の仕事を思い出し、懐に手を伸ばした。使うのは嫌だが、仕方があるまい。ただそれまでの露払いと護衛をどうするべきか。ちらりと頼りにできそうなダロンとラインの様子を見れば、エアリアルに加勢する機会を窺いつつ、他の異変にもう気付いていた。

 ラインがそっとリサの方に来て、耳打ちをする。


「お前、相手の本陣に行く必要があるだろ?」

「・・・聞いていたのですか?」

「いや、想像だ。ルナティカとレイヤーがいない状況じゃ、お前しかいないだろうと思ってな。護衛が必要か?」

「本っ当、その勘の良さはなんなんでしょうね? センサーよりも鋭くて、ありがた気味が悪いです」

「経験値が違うんだよ、経験値がな。護衛にゃ適任を呼んである」


 リサの背後からすっと女が近づいた。誰かは名乗らなくても、当然わかっている。


「まさか、S級傭兵殿に付き添っていただけるとは」

「実力は申し分ないつもりだわ。下手な中隊をつけるより確実よ?」

「任せるぜ、ライフリング。下手うったら、わかってるな?」

「私に脅しも念押しも不要だわ。そんなことで仕事ぶりが変わるようなら、S級になれると思って?」


 ライフリングが鋭くラインを睨むと、ラインがすまなかったとばかりに手を挙げたが、その表情には余裕がなさそうだった。


「悪いな、何かあってもそっちの手助けにはいけない。こっちはこっちで大変そうだ」

「ええ、わかっているわ。こっちも修羅場になるわね」


 彼らの見つめる先には、普通のオークよりもはるかに大きい巨人のようなオークと、竜のようなオーク。それらがグルーザルド軍を薙ぎ払いながら接近してきているのだ。


「あれの応対で俺は手一杯になるだろうな」

「仕方がありませんね。こちらもそうでしょうが、もう一つ懸念事項が」

「なんだ?」

「一つ強い気配が、軍隊らしからぬ動きをしているのがいるのです。遊撃部隊とでもいうのでしょうか」

「狙われているのはどこだ?」

「おそらくは・・・リリアムの部隊かと。そちらに救援を回してください」


 リサの表情は険しく、ラインははたと思いつく。


「気配の強さは同じくらいでも、強弱はあるだろ? その遊撃部隊の隊長は、5つの気配の中で何番目に強い?」

「紛れもなく一番です」

「・・・わかった。そっちも俺がなんとかする。心置きなく行け」


 リサはそれ以上何も告げなかったが、断じる以上間違いなく現時点での最強だということがラインにもわかる。そして竜の上には大魔導士サルガムとやらもいる。この戦線に、リリアムに回せる余裕などないことは、どちらもわかっていたことだった。


***


「陣形を崩さないで! 5人で1体を相手にするの! それでもだめなら10人がかりよ! 前に出なくていい、ここより後ろに敵を通さないことだけ考えなさい!」


 リリアムの指揮の下、懸命に大隊はオークの上位種たちの軍を食い止めていた。前ではグルーザルドがぶつかってくれているせいで、突破してくる相手は散発的。それでも上位種が5人から10人も固まって出てくれば、それは大きな脅威となる。

 リリアムが率いるのは、比較的経験の浅い傭兵が多い。そしてここまで消耗していることを考えれば、戦線を維持すればそれで十分と考えられた。

 リリアムが、額の汗ではりつきかける黒髪を振り払った。


「並の上位種なら数体まとめてもものともしないけど、完全装備とはいったい何なの? オークにそんな技術はないはずだし、誰かが武器の供給でもしたっていうのかしら?」


 そう考えるリリアムだが、疑問に思ったところで状況が変わるわけでもない。オークはそれぞれの得意と体格に合わせた、最適な武器防具を装備していることが苦戦の原因の一つだった。それに魔術の知識に乏しいリリアムにとって、金属性の魔術で武器防具をある程度作ることができるなどとは知りもしない。

 知ったところで何かが変わるわけではないだろうが、ただリリアムは思い切り剣を振るうよりも、頭をフル回転させながら戦う難しさを実感していた。


「やりにくい! ターラムの自警団を扱うのとはわけが違うわ。アルフィリースが指揮官養成講座とかいって講義やら指揮訓練やらをやらされたけど、あれがなかったらこんな混乱じゃ済んでないわね! うちの団長さんは、憎らしいくらい優秀だわ。ちくしょう!」


 いっそ何もできなければ任務を放棄して逃げ出そうという選択肢も考えるだろうに、悪態をつきながらでも戦うしか選択肢がないことはわかっていた。

 そしてついに、その目の前で味方の陣の一画が吹き飛んだ。大隊にいるセンサーが悲鳴を上げるように報告する。


「敵、一部隊が凄まじい勢いで突っ込んできます!」

「大物か!」

「わかりません!」


 センサーが告げて間もなく、相手の部隊が目の前に立った。他の上位種よりも一際大きく、さらに筋骨隆々で肉体を絞り上げたオークたちが、小さなやぐらのようなものを担いで全速力で突撃してくる。

 吹き飛んだのは単に彼らの勢いを止められなかっただけで、どうやら武器で打ち払われたりしたのではなさそうだ。重症はいるが、死者はほぼいなさそうだとのセンサーの報告に、リリアムは少しほっとする。


「後陣に伝令を。ここで止められなければ任せるわ」

「はいっ!」


 伝令が駆けて行くと同時に、櫓の上から集団の後方に飛び降りた者がいた。その者が歩くと、カッ、とまるでヒールの高い靴のような音がする。

 そして筋骨隆々のオークたちが櫓を下ろし、その場に片膝をついて道を開けた。歩いてくる者が舞い上がる土煙の中から甲高い声で叫び、周囲のオークが唱和する。


「今日のワタクシは!?」

「「「イケてます!」」」

「私の今日の髪型は!?」

「「「キマってます!」」」

「私の今日の筋肉は!?」

「「「隆起して美しいです!」」」

「そんな私のお名前は!?」

「「「豚姫将軍オークプリンセス、シャルロッテ様です!!」」」

「よろしくってよ!!」


 唱和したオークが腕と武器を掲げ、その間から姿を現したそのオークを見て、リリアムを始めとして大隊のほとんどが呆気にとられて思わず武器を下げるほどの衝撃が走った。



続く

次回投稿は、9/23(木)12:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ