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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その14~前哨戦⑭~

「前口上が長すぎるぞ、貴様」

「ま、まだお話することがあったのでしょうか?」


 エアリアルとフェンナが口々にサルガムに向けて不平を述べたが、一番不平を述べたのは傍にいたリサだった。


「2人とも、ちょっと早過ぎます。ペラペラ野郎に腹が立つのはわかりますが、もう少し自制していただかないと」


 よく言うなと、周囲の誰もが思った。ソナーを小範囲で乱射して射るように促していたのは他でもない、リサ当人なのだが。

 だがリサの意見は少し違う。


「それが本体じゃないのですよ。それは幻で、本体はもっと奥に――」

「その通り!」


 突然オーク軍の上にサルガムの巨大な顔が浮かび上がる。その巨大さに思わず見上げて恐れおののく者もいたが、さすがグルーザルドやイェーガーの多くは冷静だった。それが魔術だと本能的に見抜き、警戒心を上げるにとどめてみせた。

 サルガムは思ったよりも驚かれなかったので不満だったのか、つまらなさそうな表情で見下ろしていた。


「ま、そこのお嬢さんがご存じのとおりこれも含めて幻術の範囲ということだ。今まで我が軍を順調に蹴散らしたと思っているのだろうが、あんな有象無象を我が軍の実力だと思ってもらっては困る。戦いはここからよ」

「ごたくはいいからさっさとやろうぜ、日が暮れちまわぁ。それとも夜戦がしたいのか?」


 いつの間にか最前線まで出張ってきていたラインの挑発に、サルガムの顔が歪む。


「図に乗るなよ、人間風情が! ワシが強化した軍の実力を見せてやる。全隊、微速前進!」


 サルガムの苛立つ指令と共に、オークの軍勢がザッ、ザッと規則正しい前進を開始した。大盾と大剣を基本装備とし、全身鎧に身を固めたオーク上位種の軍勢である。さすがの重戦士ともいえるオークの行進に、グルーザルドですらいきなりつっかけようとはしなかった。

 先陣を切るべきなのはフェンナとエアリアル。そのために最前線にまで来ているのだ。


「詠唱を開始してください!」

「射掛けろ!」


 エアリアルの指示と共に、風の魔術で強化された部族たちの矢が一斉に放たれた。だがそれらの矢はオークたちの盾や鎧に跳ね返され、前進を止めるに至らない。何体かのオークを倒しても、すぐに後列から補充されてしまう。


「ぬ、質の高い密集陣形だな」

「ならばこちらです」


 シーカーの一団が一斉に魔術を唱えた。いくつも放たれる『地霊アース処女メイデン』により、無数の棘が地面からオークの軍を襲う。だがこれも、彼らに届く前に無効化されてしまった。


魔術無効キャンセル?」

「今の数の魔術をか? あいつらの背後に大勢魔術士がいるぞ!」

「ではこちらの番だな」


 サルガムの声と共にオークの軍勢の一部が一斉に開き、移動式の弩弓バリスタが現れた。そこから放たれる鉄製の大矢が、獣人たちの一部をまとめて串刺しにした。


「何ィ!?」

「まだまだよ。そら!」


 そして別の軍勢の一部が開くと、そこから雷塊砲トールキャノンが放たれた。シーカーたちが土の魔術で壁を造りいくつかを迎撃したが、間に合わないものが着弾して大爆発を起こす。

 崩れたグルーザルド、イェーガーの部隊に突っ込んでくるかと思われたオークの軍勢だが、やや足早になっただけで隊列はそのまま崩れていない。


「訓練されてやがるぜ、厄介だな。全員抜剣、近接戦だ! 距離を潰せば弩弓だろうが魔術だろうが、効果は薄れる!」

「獣人の戦士たちよ、怯むな! 力づくで打ち倒せ!」


 ラインとドライアンが声を張り上げ、一斉に戦闘態勢を取る戦士たち。そしてラインが剣を振り下ろした。


「突っ込め!」


 掛け声とともに大歓声が戦場を包んだ。そして一斉に切りかかる勇猛な兵士たちに向けて、オークは突然長槍を取り出した。飛びこんだ獣人と戦士たちの一部が串刺しにされるが、味方の死体を足蹴にしてでも、勇猛なグルーザルドの兵士は突っ込んだ。

 そしてイェーガーの先陣を切るのは、この二人だった。


「オラァ!」

「セイッ!」


 ラインとセイトがオークの長槍と盾を足場にかいくぐると、軍の中に切り込んで手当たり次第にオークたちと斬り伏せ、蹴り飛ばした。

 ラインの手には既にダンススレイブがある。


「ダンサー! 10数えろ!」

「承知!」


 10数える間だけの全力解放。だがその1を数える間に、上位種のオークの首が10も胴体と泣き別れる。全身鎧も、武器での防御も関係なく斬り裂くラインの暴力は、あっという間にオークの軍隊に空白ならぬ、血だまりの赤い空間を作った。

 そしてセイトも爪を解放しているが、それよりも全身鎧には打突の方が有効だと思ったのか、敢えて掌底や急所を狙った攻撃で一撃ごとに相手を倒す。そしてまるで予め決められた作業のように、倒した相手が次の敵の邪魔となって、セイトに迫ることができない。まるで結界でも張っているかのようにセイトの周りにも円形の空間ができていた。


「やるじぇねぇの」

「やるじゃんか!」


 ラインとセイトの元に頭上からさらに参戦してきたのは、ベッツとミレイユ。2人は戦いを待ちきれないと言わんばかりに鉄火場に飛びこんできた。


「俺にもちょっと遊ばせろよ」

「腰はもういいのかよ?」

「はっ、ぬかせ! それにもコツがあんだよ!」

「猥談はあとにしな、ジジイ!」


 ミレイユが何人にも見えるが如き速度で動き回り、セイトの倍ほどの空間のオークを掃討した。ミレイユはどうだと言わんばかりにセイトの方に向けて胸を張ったが、セイトはそれを無視して他のオークをぶちのめし始めていた。それを見ていたベッツがざまぁみろとばかりに腹を抱えて笑う。もちろん反対の腕でオークを斬り伏せながら、である。


「ああっ、無視すんなぁ!」

「ハッハッハ! ミレイユの扱いがわかってやがるじゃねぇか」

「お前らだけ盛り上がるのは、よくないな」


 大盾をもった重戦士のオークをまとめてなぎ倒して合流してきたのはダロン。そしてその妻でもあったブラックホークのグレイスと、ダロンが率いる巨人の一団だった。

 しばらく離れていたはずのダロンとグレイスの息はぴったりで、背中合わせに重装備のオークを優先的に蹴散らして進んでくる。その後を、グルーザルド軍とイェーガーが切り抜けてきていた。


「穴が開いたぞ! 突っ込め!」

「今だ、崩せぇ!」


 統率されたオークの上位種たちも、一度崩れた戦線を保つのは容易ではない。それでも潰走しないだけ見事だったが、戦いの趨勢は再度グルーザルドとイェーガーに傾きつつあった。

 だが頭上にいまだ残るサルガムの口元がいやらしく歪むのを見て、ラインはまだ余裕があることを見抜く。


「油断するなよ! 戦い方を変えるな、10人一組の陣形を崩すな!」

「そうは言っても、戦いには勢いというものがあるだろう。ここで攻めずして、なんとする?」


 エアリアルが部族の騎馬兵たちを押し上げながら語る。2人は指揮官らしく崩す場所を見抜くべく、やや後方に下がって戦いの趨勢を見ようとした。と、その時部族の先頭を駆ける騎馬たちが突然宙に舞ったのだ。

 そしてリサがラインとエアリアルの傍にいつの間に立っていた。


「動きましたよ、相手の主戦力が」

「動かした、の間違いだろ。あれが戦いが始まってから感じていた連中か?」

「はい。並みの魔王を遥かに凌駕する気配が、5つ。そして中央にさらに大きな気配が2つ。それが相手の主戦力です」


 リサが指さす先、騎馬兵たちが宙から降ってくる先には、槍を構えたオークがいた。ひゅん、と槍を回して地面に石突を突き刺すと、そのオークは全員が衝撃に震えるほどの大声量で宣言した。



続く

次回投稿は、9/21(火)12:00です。

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