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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その13~前哨戦⑬~

 ゼルドスはヴァルサスの忠告を聞きながら、戦線から漏れ出て突撃してくるオークめがけて、石を投げつけた。回転をつけて投げられた石はオークの目から頭の中に突き抜け、一撃でオークの命を奪う。


「見たこともない亜種、ねぇ。楽しみでしかねぇんだがよ」

「そう言ってくれると思っていた。俺も同じ気持ちだ」

「じゃあ小休止したら再度突撃ってことでいいか――いや、グルーザルドの後ろをついて行くべきだな」

「なぜだ?」

「亜種や進化種がいるんだろ? なら、そういうことさ」


 ゼルドスの言葉に何人かは頷き、何人かは意味がわからず顔を見合わせた。ヴァルサスは意味深に頷くのみだ。


「なら、この後の指揮は任せていいか? ベッツは女の相手で忙しそうだ」

「幸せ者の尻ぬぐいかよ。まぁ構わんが、お前は?」

「アルフィリースに用事を言いつけられている。そろそろ迎えが来るだろう」

「用事? 迎え?」


 ヴァルサスが誰かの策に乗るのも珍しいが、その答えはすぐにわかった。空から見事な飛竜が一騎、舞い降りて来たからだ。

 操縦する女竜騎士が高らかに告げた。


「戦場にてこのまま失礼する! ブラックホーク団長、ヴァルサス殿はおいでか」

「俺だ」


 ヴァルサスが一歩歩み出ると、着陸して竜の背を低くする女竜騎士。


「私はローマンズランド第二竜騎士団長のアンネクローゼだ。軍師アルフィリースの指示でやって参った。指示は受けておられるか?」

「ああ、聞いている。案内を頼むぞ」

「心得た」


 アンネクローゼのことを知っている団員も多かったが、全く物怖じせず飛竜に飛び乗るヴァルサス。その背でアンネクローゼだけに聞こえるように話した。


「すまんな、我々の竜騎士は怪我をしていてな」

「・・・命に別状はないのだろうか」

「案ずるな、一月もあれば回復するはずだ。あれは頑丈だからな」

「ならばよい」


 アマリナはかつてのアンネクローゼの先輩でもあり、そして本来ならアンネクローゼに先んじて栄誉を受けるべき竜騎士だった。正当に評価されていれば、第二竜騎士団の団長はアマリナだったはずだ。

 ヴァルサスは当然そのことを知っている。だがアンネクローゼには一言もそのことを伝えることなく、またアンネクローゼもそれ以上不要な会話はせず、空に舞った。


「用意はよいか、ヴァルサス殿」

「用意などいつでもできている。俺にとっては戦場こそが故郷だ」

「アルフィリースはそなたを敵の大将にぶつけるつもりだ。それはつまり――」

「俺に大魔王と一騎打ちをやれというのだろう? 構わん、久しぶりに滾るからな」

「そう簡単に――」


 アンネクローゼはヴァルサスを慮ろうとして少し振り向き、不要なことだと理解した。その目には闘志が漲り、高揚する戦意を抑えることにむしろ力を使っていることが一目でわかったからだ。

 騎竜であるドーチェが物珍しそうに振り返るほどの闘志。その頼もしさに、たしかに心配するだけ無駄だなとアンネクローゼも考え、作戦通りにヴァルサスを連れて行くべく、手綱を引いていた。


***


 グルーザルド軍はドライアンを先頭に、獣将率いる部隊が快進撃を続けていた。対峙したオークたちは一合と交えることなく、吹き飛ばされ肉塊となり、ただ血の雨を降らせるだけである。

特にドライアンの猛攻は凄まじく、腕が一度振るわれるたびオークたちが何体も宙に舞い、戦士たちはその光景を見て奮い立った。戦士たちにとってはおなじみの光景であり、違いは場所が南部の荒野や大森林でないということだけ。

 そしてついに彼らは戦端が切れるところまで突き抜けたのだった。そのことに違和感を抱いたのは、やはりドライアンが一番早い。


「やけに抜けるのが早――」


 先頭を抜けた一団が目の前に見たのは、巨大な炎の波が押し寄せる場面だった。押し寄せる波は広く高く速く、逃げ場所はどこにもない。


「くっ!」


 ドライアンが驚いたのも一瞬、その直後には回避ではなく、腰を落として地面に正拳突きを繰り出していた。衝撃波で土が盛り上がり、炎の波がドライアンを避けて通った。多くの戦士がドライアンに倣った避け方をするが、間に合わず炎の波に呑まれる者も多かった。

 炎の波はオークごとグルーザルドの先陣を飲み込み、やがて消えた。波が去った後からグルーザルドの戦士たちがばらばらと立ち上がったが、その数はやや減っていることは明らかで、半数以上が無事とは言い切れない火傷を負っていた。当然、背後から炎に飲み込まれたオークたちはほぼ全滅する羽目になった。


「自軍ごと犠牲にするか・・・腐りはてた奴らだ!」


 ドライアンが激昂したが、口調程に冷静さは失っていない。発動された大規模の魔術から察するに、予め用意されていた戦術なのだろう。

 非道だが有効。それはドライアンにもわかっていたことだ。バハイアが自軍に対魔術用のローブを装備させていなければ、被害は倍以上になっていたに違いない。

 そのローブもほとんどが駄目になったのを見ると、多くの戦士がローブを脱ぎ捨てた。同時に、規則正しい足音と共に彼らの眼前には、完全装備のオークの軍隊が出現していた。その戦士たちが担ぐ台座のような場所に、竜の頭蓋骨をあしらった杖を持った小柄なオークが鎮座していた。


「ゲラララ! さても間抜けな獣人共! これで死なぬとはまだ楽しませてくれる相手のようだ。大戦期の野蛮な走狗だった頃よりは、一歩は進歩したようだなぁ?」


 人語を訛りなく話すオークが、哄笑しながら小馬鹿にしたようにドライアンを指差した。挑発のつもりかと、ドライアンが堂々と声を張った。


「舐めるなよ、オーク風情が! 我々は誇り高き獣人の国グルーザルド、その王ドライアンが受けて立つ! その素っ首今から引き抜いてくれよう!」

「できるかなぁ? 我々をただのオークと侮ってもらっては困る。厳しい生存競争を生き抜いた精鋭の我らを、貴様らのように魔術もろくに使えぬ単細胞と一緒にしてくれるなよ」


 ケラケラと笑う小兵のオークに、獣人たちが一気に殺気立つ。それをさも楽しそうに見ながらぱんぱんと手と打って、小兵のオークがぽぉんと舞った。


「どれ。能無しのオーク共にはもったいないが、一つ面白い物を見せてやろう。私の名前はサルガム。この大魔導士サルガムが――」


 小兵のオークがそれ以上喋ることはなかった。その口に唐突に生えた2本の矢。射かけたのは、フェンナとエアリアル。左構えのフェンナと、右構えのエアリアルが背中を合わせるように、サルガムに向けて同時に矢を放っていたのだった。



続く

次回投稿は、9/19(日)12:00です。

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