百万の魔物掃討戦、その11~前哨戦⑪~
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「抜けたぞ!」
「ここが敵軍の背後か」
メルクリードとオーダインを先頭に、カラツェル騎兵隊はオークの軍を斜めに突き抜けた。
オークの肉壁が突然途切れて出現した草原を前にして、初めてオーダインが背後を振り返る。後に続く騎士たちはそれぞれが必死の形相ながらも、隊列をほとんど崩すことなくついてきていたが、左側にオークの軍勢が見えないことに気付いたオーダイン。
兜の面体を上げながら、周囲の騎士たちに向けて叫んだ。
「損害は!?」
「脱落は百騎前後だな。あの大軍の中を抜けたにしては、上出来だろう」
赤騎士メルクリードが顔色一つ変えずに答える。確かに被害は少ない。だが最後に当たった軍の手ごたえだけが気にかかった。
オーダインは隊列を整えるように馬の速度を駆け足に戻しながら、やや遠巻きにオークの軍の背後を見ながらメルクリードを呼んだ。
「メルクリード。気のせいでなければ――」
「案ずるな、気のせいではない。最後に控えていた敵の軍一万弱は、全て上位種で構成されていた。武器も防具も人間の軍から奪ったのだろうが、使いこなしていた。練度の高い軍勢だ」
「隊伍も組んでいたな」
「そうだ。あれこそが敵の本隊だ。残りの連中は烏合の衆だな」
やはり気のせいではなかったのだ。最後も突っ切ったはずなのに、手ごたえがなかった。大盾を使った密集戦術と斜陣を組まれたことで、突破力をいなされた。
予想よりも左側に突出したのはそのせいだ。カラツェル騎兵隊の全力の突撃をいなされたことは、オーダインの闘志を煮えたぎらせた。傭兵も面子は大切にする。特にカラツェル騎兵隊は傭兵だけでなく、民衆や騎士にとっても憧れでなくてはならない。そうでなければ、代々の素晴らしい団長たちに申し訳が立たない。
兜の中でオーダインの瞳が燃える。その瞬間、メルクリードがオーダインの肩を優しく叩いた。
「落ち着け、団長。まずは馬に水を飲ませろ」
「あ、ああ」
オーダインは空に向けて広げた拳を握ると、騎士たちは隊列を整え直し、丁度50歩後に全軍停止した。その場で武器を下ろすことなく掲げたまま、馬に水を与え、自身も軽食や飲水で小休止を取る。
オークたちとの距離は充分。何かあっても対応できる距離は確保している。オーダインやメルクリード以外の隊長たちが集まる前に、メルクリードがオーダインに話しかける。
「まったく、お前は短気だよ。本来ならお前が赤騎士隊の隊長にふさわしいだろうな」
「・・・済まない。私はやはり団長の器ではないのだろう」
兜の奥でオーダインがどんな顔をしているかは想像のつくメルクリードだが、わざと素っ気なく言い放った。
「器などあってないようなものだ。代々の団長も皆同じようなことを口にした。それを言うなら、初代が一番団長らしくないわけだしな」
「・・・何度も聞かされたが、初代は英雄だ。とてもそんな風には思えない」
「英雄譚には少々尾ひれがつくものだが、初代オーダインは確かに本物だったろうさ。恰好は悪かったがな」
メルクリードの口調が和らぐのは、いつも初代のことを話している時だけだ。そのことに気付いているのだろうかと、オーダインは思う。
「だが奴はいつも、自分が何をしたいかだけは明確にしていた。そこさえ間違えなければ、騎兵隊は負けぬ。初代オーダインなくとも騎兵隊が滅んでいないのは、歴代の団長がその役目を全うしたからだ」
「何をしたいか、か。私はできているのか?」
「今だと何をすべきか、だろうな。この戦場では頼りになる仲間が多くいる。イェーガーもブラックホークも、グルーザルドもいる。腕が鳴るじゃあないか。だが自分たちだけで戦う必要はない。そういうことだろう」
「・・・そうだな」
確かに、いち傭兵団としてこの立ち位置にいて活躍しているのは、既に夢物語のような活躍だ。オーダインは思い直すと目の前が少し晴れたような気がしたが、メルクリードの口調が一転険しくなった。同時に、オーダインもオークたちの変化に気付く。
「もしこの先相手の軍が思ったよりも手強ければ――俺は『使う』。それだけは心に留め置いてくれ」
「――それほどか」
「それほどの相手がいそうだ。出て来るぞ」
他の隊長たちが丁度集結しようとしたところで、静かに移動していたオークの軍隊の後方が突然散開した。出てくるのは隊列を組み、長槍を構えたオークの騎兵たち。その先頭にいるオークたちは、それぞれが重装備をし、巨大な四足歩行の青銅竜に跨っていた。他のオークたちにいたっては、二足歩行の亜竜やクックドゥーに騎乗していた。
青騎士ロクソノアが驚きの声を上げる。
「なんだあれは? 奴ら、一人前に騎兵隊とでも言うつもりか?」
「さぁ、だがやる気は充分のようだな。ここからが本番だ。オーダイン団長、どう崩す?」
「そうだな・・・」
メルクリードの言葉にオーダインの頭が冴える。初代もこういう冒険を何度もしたのだろうかと思うと、初めて彼の横に立った気分になった。高揚する、湧き立つ、闘志が漲る。
このカラツェル騎兵隊に対し、知能の低い豚が騎獣戦を仕掛けようというのか。差を見せつけたうえで存分に食い荒らしてくれると構えた瞬間、目の前に一体の天馬騎士が舞い降りた。
「カラツェル騎兵隊、オーダイン団長で間違いありませんか?」
「私がそうだ。貴殿は?」
「イェーガー所属、天馬騎士部隊隊長のターシャです。この軍の軍師アルフィリースから伝言を預かっています」
「なんと?」
「最初のお約束を忘れぬように。敵が騎兵隊で挑発してきた時こそ、好機。正面で戦うことよりも、カラツェル騎兵隊らしき勝ち方がございましょう。馬の上についている頭にはれっきとした差があることをお忘れなく、とのこと」
そのあけすけな指示に、オーダインは目を丸くした後ぷっと吹き出した。一瞬で冷静に戻った。気持ちは熱くても結構だが、頭は常に冷静でなくては。何通りも考えていた勝ち筋が、一つにまとまる。
「なるほど。豚の相手をまともする必要など、どこにもないと」
「私は詳しいことはわかりませんが、案内をするように命じられています。よろしければこちらへ。先導します」
「なるほど。それが勝利への道か」
「騎兵隊が駆けるのならそうなるでしょうと、団長が申しておりました」
何から何までお見通しかと、オーダインは悔しいよりも一口乗りたい気分になった。どうやらメルクリードも同じような気持ちらしい。他の隊長はまだ首を捻っているようだ。
「よかろう、案内を頼む」
「はい、こちらへ」
ターシャが動き出したのを確認すると、オーダインが槍を突き上げた。
「皆の者、もう一度突撃だ! 今度こそ大将の首を取るぞ!」
「「「おおっ!」」」
大陸で一、二を争う騎馬部隊の突撃が再開された。ターシャは天馬を翻すと、アルフィリースの指示通り彼らを戦地へと誘うのだった。
続く
次回投稿は、9/15(水)13:00です。