表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2230/2685

百万の魔物掃討戦、その10~前哨戦⑩~

「あぁあああ!」

「うらぁああ!」


 小隊長を任された2人が、必死の形相でオーク相手に剣を振るっていた。

 エルシアの頭の上にはユーティがいて、エルシアがオークに囲まれないようにてきぱきと指示を飛ばしてるた。そうでなければ戦争の興奮にあてられたエルシアが、もうこと切れかけているオークに執拗にとどめを刺すからだ。

 そしてゲイルの周りでは、ロゼッタの特殊兵たちが的確に補助をしていた。混乱しそうになるゲイルに向けて、現状を伝え続ける。戦場慣れした古参の兵たちが、興奮で周りが見えないゲイルを支えていた。ゲイルの経験からすれば、オーク相手に一対一で剣を振るって勝つこと自体がぎりぎりに近く、何体ものオークを同時に相手するのは困難だったからだ

 そして周囲のオークが一通り動かなくなったところで、彼らの所属する大隊に一度撤退の合図が成された。


「エルシア小隊長、退がりましょう」

「こっちも退くぞ、ゲイル小隊長どの」


 エルシアに言葉をかけたのは、彼女よりも年下の少年兵。エルシアは青い顔をしながらも頷き、周りの隊員たちの顔を確認した。

 皮肉めいた仲間の声にもゲイルは思ったより冷静で、すでに点呼を取ると撤退を始めていた。隊員の質の違いゆえに出る差だったが、エルシアはそれが悔しく、小さく唇を噛みながら撤退を指示する。


「退くわよ、全員無事ね?」

「ええ、軽傷だけです」

「ほとんど、手負いのオークにとどめを刺すだけでしたから」


 エルシアを含めて敵の返り血や汗で酷い顔になっているが、エルシアは死者がいないことにほっと安堵した。戦いは以前も経験したのに、部下を持つとなるとまったく緊張感が違う。中隊長、大隊長ともなると、いったいどうやって人を指揮するのか。エルシアは不思議でしょうがなかった。


「(それとも、他人の死に慣れれば中隊長でも大隊長でも平気になるのかしら)」


 エルシアがそんなことを考えていると、小隊の一人が尊敬の眼差しでエルシアを褒め讃えた。


「それにしてもエルシア小隊長はさすがですね! 向かってくるオークたちを刺突剣で鮮やかに何体も捌いて! そんな細身の剣でも、的確に使えば複数のオークを一斉に手玉に取れるのなのですね!」

「そうですよ! 巨漢のオークには盾で突進を一度止めてから、重量のある武器で殴るか、中距離や遠距離の武器で近寄らせずに倒すのが常套手段だと習ったのに! 刺突剣で複数を同時に捌くことができるなんて初めて知りました。さすが統一武術大会、女性部門の優勝者!」

「・・・たまたまよ」


 謙遜したエルシアだが、エルシアにとってオークを倒すこと自体はさして問題がない。統一武術大会で戦った猛者たちに比べれば、同時に突進してきても5体程度なら軽く捌けそうな自信はある。

 だが戦場で四方八方から襲われるとなると、少々事情が異なる。まずは位置取りが大事。囲まれないように最小限の注意も払いながら、なおかつ小隊長として指示を出しながら彼らの先頭に立つ。イェーガーで小隊長としての講習と訓練を真面目にこなしてわかってはいたが、実際に戦場でやるとなるとまったく事情が異なった。


「(真面目に聞いておいてよかった・・・周囲は実績から中隊長をやれという声もあったけど、アルフィリース団長が駄目だと言い続けてくれなかったらどうなっていたのか)」


 エルシアがアルフィリースの渋い顔を思い浮かべると、初めて深く息を吐くことができた。同時に凄まじい疲労感が襲ってくる。また一刻後には再突撃なのだ。これを日が暮れるまで繰り返すとなると、体力と気力、何より神経がもつかどうかが不安でしょうがない。交代しながら前線を受け持つ訓練を提案したアルフィリースの先見の明に感謝する。

 エルシアがさらに自分たちの後ろから撤退する他の小隊を確認し、合図を送り合いながら互いの無事を確認する。どうやら小隊長としての初陣は上手くやれたようだとほっとした瞬間である。


「ゴラァアア!」


 オークの死骸の下にいたオークが突然起き上がって吠えた。隠れていたのか、今息を吹き返したのか。倒し損ねたのはどこの隊だとエルシアが恨む前に、小隊で一番年若い少女がその足を掴まれる。


「キャアアア! エルシア隊長!」

「くっ!」


 エルシアが刺突剣を構えると、エルシアに方に向けてその少女を突き出すオーク。肉の盾のつもりなのだろうが、瀕死のオークはそこから逃げ出すことなど考えていないのか、それとも負傷の末に意識が混濁しているのか、自らの盾とした少女に向けて手斧を振り上げた。


「あっ!?」


 普通ならありえない行動に、エルシアの対応が一瞬遅れる。刺突剣ではオークの腕に届かず、投擲武器では威力が足らないか間に合わない。

 隊員が死ぬ。そんな絶望がエルシアの頭をよぎると頭の中が真っ白になった。ああ、絶望とはこうなのか。自分が死ぬかもしれないと思うと次々生き残るための発想が浮かぶのに、どうして仲間の死だと動けないのか。

 エルシアの逡巡に割って入ったのは、鋭い剣の閃きだった。


「えるしあ、だいじょうぶ?」


 エメラルドの剣がオークを三枚におろし、落下しかけた少女を抱えてエルシアに渡した。ぽかんとするエルシアに向けて、エメラルドが不思議そうにその瞳をのぞき込む。


「どこか、けがした?」

「・・・あ、いいえ! 見ての通り、大丈夫よ!」


 エルシアが返事をすると、エメラルドがにっこりと笑った。


「たたかいでからだがうごかないの、ふつう。えるしあ、よくやってる。きっとつぎはだいじょうぶだから。えめらるど、よばれたからまえにいくね?」


 エメラルドが手を振りながら、後退する自軍に追いつこうとしたオークたちの小隊をあっという間に切り刻むと、さらに前線に向けて飛んでいった。

 一対一とは全く別の、戦場での剣の冴え。羽の分だけ人間よりも怪我をしやすいはずなのに、オークの群れにかすらせもせず、間をぬうようにして一瞬で仕留めたエメラルドの手際に、仲間から感嘆の声が漏れた。


「すっげぇ~」

「今の、何?」

「あれが歌姫エメラルドさんなの? 戦いだと別人みたい・・・」


 剣が冴えていることは知っていたが、エメラルドの本質が狩人であることを改めて認識し、エルシアもぽかんとしていたが、頭を振るって小隊に指示を下した。


「それどろこじゃないわ。下がるわよ!」

「なぁんだ、無事じゃない」


 下がろうとしたエルシアに向けて声をかけたのは、リリアム。エルシアは嫌な場面を見られたとぐっと言葉に詰まったが、リリアムは予想に反して優しい言葉をかけた。


「全員無事ね、上出来だわ。後方で休憩したら、次もよろしく」

「・・・何よ、気持ち悪いわね。憐れみ?」


 エルシアの強がりに、リリアムが呆れたような声を出した。向かってくるオークを数体捌きながら、余裕の表情である。


「エルシア、あんたね。そのひん曲がった根性、なんとかしなさい。ただの労いでしょう?」

「るっさいわね! お互いさまでしょ!」

「私の小隊長としての初陣では、半数が死んだわ。だから上出来だって言ったのよ。単純に褒め言葉でしょうが」


 リリアムがまた一体捌く。うっとエルシアが言葉に詰まった。


「ま、その意地が張れるのならまだ大丈夫ね」

「・・・アンタは仲間の死に慣れたの?」


 リリアムが一瞬剣を止める。そして魔眼を使ってオークたちを一斉に切り払った。できた空白を使って、エルシアに向き直る。


「慣れるわけないでしょう? だけど、剣を振るわなければ私が死ぬわ、そして仲間がもっと死ぬわ。それが嫌なら、全て守れるほどに強くなりなさい。ま、無理だろうけど」

「・・・アンタの言葉、なんとなく意味が今ならわかるわ。今日が終わったら、話を聞かせなさい」

「頭を下げて教えてくださいって言うなら、いいわよ」

「それでもいいわよ」


 思い切り厭味ったらしく言ったつもりだったのに、エルシアが肯定だと言い残して去るのを見て、今度はリリアムがきょとんとした。そしてふっと笑う。


「初めて可愛げを見たかもね。化けるかしら? ぜひとも私よりも強くなってくれると、楽なんだけどな。でも、全員守るなんて現実は無理だって、いつ気付くかしらね。生意気なくらいのままが、本当は一番いいのに」


 生意気なエルシアも、いつかは現実を知るのだろうか。そう考える自分に胸の内には寂寥感があることをリリアムは意識しないようにしながら、率いる大隊を前線からなおも突進してくるオークに差し向けていた。



続く

次回投稿は、9/13(月)13:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ