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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その9~前哨戦⑨~

***


「くそっ、倒しても倒しても湧いてきやがる!」


 先行したグルーザルドやブラックホーク、カラツェル騎兵隊の後詰として陣を押し上げるイェーガーだったが、大隊を率いるタジボがぼやいていた。

 雲霞の如く押し寄せるオークの群れに向けて、大隊の先頭で夢中で槍を突き続けていたタジボだが、もう既に50体は倒している。数えるのは面倒でやめてしまったが、疲労感からそのくらいは倒していると推定できる。

 ギルドからの依頼なら、二ヶ月は贅沢できそうなほどの討伐量。それでも全く減る気配のない相手を前に、さすがの竜人も息切れしていた。この敵の中を、味方の軍が掻き分けて突破したのがいまだに信じられない。

 タジボの槍先が少し鈍り、一撃で仕留められなかったオークがタジボにのしかかる。その背後から別のオークが槍を構えるのが見えた。


「しまった、ちきしょうめ!」


 槍を手放してオークを突き飛ばすか、オークごと盾にして反撃するか。自分の安全だけなら前者だが、隊の勢いを消さないためには後者。その一瞬の判断の迷いが、タジボの手を鈍らせた。


「あっ、まず――」


 後ろのオークは隊長級だった。思わぬ鋭い一撃をくらいそうになった瞬間、ダロンの戦斧が相手の上半身を吹き飛ばした。


「問題ないか、タジボ」

「お、おう。問題は今片付いた」

「後退の時間だ、一度後陣に下がって大隊を休ませろ。まだ先は長い」

「そうさせてもらうぜ」


 タジボは隊に合図をして空に鏑矢を撃たせ、ダロンの大隊と入れ替わるように下がる。混戦の最中これほど簡単に後退できるのは、普段の訓練のおかげだった。

 下がる途中、ウィクトリエの大隊が次に控えており、彼らとすれ違う。ウィクトリエの大隊は飲料と軽食を用意してタジボたちに渡した。


「お疲れさまです。損害は軽微のようですね、流石」

「俺自身が大怪我するところだったけどな。しっかし、団長はこの展開を読んでいたのか?」

「オークの軍勢の崩し方ですか?」

「いや、戦術じゃなくて、大隊を半刻ごとに交代で敵に押し当てるってことだよ。ずっとこの一月以上、この訓練ばっかりだったろ? さっきの間合いでダロンが来なかったら、結構危なかったと思ってな」


 ウィクトリエ、タジボ、ダロンはそれぞれ大隊を率いるようにとアルフィリースから指示されていたが、その際の訓練は隊の動かし方と、交代の訓練が中心だった。個々人の手合せは訓練外でするように言われ、徹底的に状況訓練と十人一組で戦う集団戦だけを叩きこまれていた。

 交代の訓練なんて必要ないだろうという声も傭兵たちには多く、タジボもまたその効果には懐疑的だったが、大隊内で深手を負っているのは訓練通りの動きができなかった連中だけだと、次々に報告が上がってくる。

 一息つく間にもその報告を聞きながら、大隊の様子がほぼ全て把握できることに驚くタジボ。それはウィクトリエも同じだったようだ。


「座ってると勝手に報告が上がってくるんだが」

「ええ、私も驚いていますし、周囲の傭兵も顔を見る限り同じ気持ちでしょうね。傭兵の本分は生き残ることとは常に口を酸っぱくしてアルフィリースは語りますが、被害を最小限にとどめる戦い方は見事です。特にアルフィリースが力を入れていたのは、情報伝達。センサーの部隊は想定以上に稼働しているようです」

「そうなんだよ、見事過ぎると思わないか?」


 タジボが口に軽食を運びながらダロンの戦いを見守っていた。オークの中にいてさえ一際大きいダロンは、当たるを幸いとばかりに敵をなぎ倒している。大隊の勢いも十分。対して群がるオークたちは勢いに欠ける。リサが率いるセンサー部隊が次々に敵の隊長級を示し、それらを集中的に狩っているせいだ。

 軍が相手なら恐ろしいが、統率力を失ったオークでは右往左往するだけとなり、さしたる脅威とならない。目の前で自分たちの隊長が次々と撃破される様子を見れば、オークでなくとも士気が下がろうというものだ。

 もはやどちらが大軍なのかわからないくらいの勢いの差を見ながら、ウィクトリエがタジボに質問を返した。


「・・・何が言いたいのです?」

「まぁセンサー部隊が想定以上に働いているのは予想外かもしれないが。ここまでの大軍同士の戦いを、団長はどこで学んだのかってことだよ」

「師の教書なのでは?」

「いくら兵法書を深く理解していても、多少は指揮に迷いや失策はあるもんだろ? 怖いくらいハマってるぜ、これ。この規模の戦争なんてのはここ百年以上もなかったはずなのに、いったいうちの団長はどうしてこうも見事に戦いを操れるんだろうな」


 タジボの疑問はウィクトリエも当然思ったことだ。だがその疑問に答えるすべがないことはタジボもわかっているだろう。

 だからウィクトリエはこう答えるのだ。


「たまたまでは。そうとしか言いようがありません」

「格好良く言うなら、才能だよな。ただこれが才能なら――」

「才能なら、なんだと?」


 その先は口にしない方がよいのではと思ったが、タジボは声を小さくしてウィクトリエにだけ聞こえるように告げた。


「俺たちの団長は、戦争の才能がありすぎる。平和な世の中になったら、どうなるんだ?」

「アルフィリースは乱世の梟雄だと、そう言いたいのですカ?」

「敵から見たらそうだろうな。その矛先が俺たちに向かないことを祈るぜ」

「まさか」

「絶対にないと、言い切れるか?」


 タジボの疑問をウィクトリエはすぐに否定できなかった。言い澱むウィクトリエを見て、タジボがばつが悪そうに口を開いた。


「いや、済まなかった。冷静なアンタじゃ、答えられんよな」

「・・・いえ。即答できない自分に驚いただけです。アルフィリースのことは信頼していますが、そう言われると・・・」

「俺も同じだ。いや、誰もが感じていると思うぜ。これだけ見事に軍を操ってしまう俺らの団長は、怖いってな。相手に大魔王級がいるんじゃないかって話だったが、敵からしたらどっちが魔王だよって思っているんじゃないのか」

「我らの団長が、魔王ですか?」


 ウィクトリエの言葉に、真面目にタジボが頷いた。


「英雄って呼ぶべきか? 英雄と魔王の違いなんざ、敵か味方かの違いでしかないだろう。この勢いなら、10万だか15万だかのオークを本当に殲滅しちまうぜ? そんなことをするのが英雄だってんなら、英雄なんざごめんだね。いくら豚共相手でも、同情を禁じえねぇ」

「そこまでにしておきなさい。叛意ありと思われても仕方ありませんよ?」

「そんなつもりはねぇよ。でもちょっと団長が恐ろしく思えてきたのは本当だ。イェーガーには恩もありゃあ、居心地もいい。だけどよ、ひょっとしたらずっといるべきじゃねぇのかもと思ったわけさ」

「・・・今考えることではないでしょう」


 ウィクトリエはタジボの言葉を否定できなかった。タジボはため息を共に、最後の軽食をほおばった。


「すまねぇな、忘れてくれ。だがイェーガーの連中は大小あれど、誰もが団長か副長、それに戦争に酔い始めている。冷静な奴がいてもいいとは思っただけさ」

「火竜の眷属であるあなたが、冷静を語るとは」

「んだよ、悪いか?」

「いえ、忠告心に留め置きましょう。ですが、リサとミランダがいる限り、アルフィリースが暴走することはないと確信していますよ」

「だといいけどな」


 タジボが槍を支えに立ち上がる頃には、ダロン率いる大隊がさらに深く切り込んでいた。そして彼らの勢いが止まりそうなころに、頭上から飛竜の編隊が飛んできて、相手に向けて炎を吐いて乱す。

 混乱し、逃げまどうオークたちに向けて喜々として武器を振り下ろす仲間たちを見て、タジボの不安も少し理解できるような気がしたウィクトリエだった。

 だが一方で、それどころではない者たちの方が多い。小隊を率いるエルシアやゲイルには、当然そんな余裕はなかった。



続く

次回投稿は、9/11(土)13:00です。

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