百万の魔物掃討戦、その8~前哨戦⑧~
獣人たちの疾走が、あっという間に戦場を埋め尽くす。その驚異的な速度と攻撃力に、オークが次々と弾けて吹き飛んだ。あるオークなど、突撃する獣人たちに弾かれて体勢を崩すと、そのまま独楽のように回りながら獣人たちの爪や牙を次々と受け、いつ死んだのかわからぬまま、ようやく回転が止まった時にはほとんど肉の残らぬ骨だけの残骸を晒すことになった。
「進め、潰せ!」
「爪と牙で豚共の肉を削り取れ!」
「狂奔や暴走の魔術なんて、獣人には不要ですね」
リサが彼らの前進を感知しながら、いつの日か獣人たちとは戦えないなとアルフィリースやミランダと言い合った日々を思い出す。獣人たちと戦うために人間は製鉄の技術を発展させ、その先方となったのがローマンズランドのはずなのだが、今獣人たちがローマンズランドを救うために戦っているのはなんとも皮肉だとリサは考えた。
グルーザルドが無人の野を行くが如き突撃を見せるに従い、リサが杖をかんかん、と鳴らしながら仲間にソナーを撃った。
「さて、我々も前進しましょう。今回の戦いは撃破ではなく、殲滅ですから。作戦成功の要は、私たちにかかっていますよ?」
リサの率いるセンサー部隊が距離を保ちながら陣を押し上げる。それぞれのセンサーの周りには何があっても対応できるように、50人1組で護衛がつき、一体も討ち漏らしがないように互いに補いながら、まるで網を狭めるように少しずつソナーの包囲網を押し上げていった。
そうすることで、リサは不思議な感覚を得た。自分のソナーの範囲だけでなく、リンクする他全員のソナーの範囲を共有するかのような感覚。そして他のセンサーたちのソナー範囲を取り込み、今までにない範囲で相手軍のことが感知できるような気がしたのだ。
世界が広がる感覚。それはセンサーとして覚醒した、あの日にも似たような感覚だった。
「これは・・・ちょっと見えすぎて・・・」
相手の心音なども含めて、筋肉の音まで聞こえそうになって思わず感覚を狭めるリサ。危うく情報の多さに卒倒するところだった。そして、その中で一際大きな心音を感知したり、魔術の流れまでもが違う個体を判別できるようになる。
「・・・え~っと、もしかして敵将や上位種の位置が丸わかりということですか?」
リサは自らの結界の応用を使い、空中にソナーの塊を作ってフェンナがいるであろう場所に合図を出した。それはまるで掌ほどの大きさの雪が舞って弾けるような合図だった。
ほどなくして、フェンナがシーカーの一団を連れてやってくる。
「今のはリサですよね? 何用ですか?」
「少し試したいことがあります。私が同じくソナーを落とす場所周辺に敵将や上位種がいるかどうか、確かめることができますか?」
「やってみましょう」
リサがソナーを降らせた場所を確認するために、簡易の「土壁」で高台を作り、フェンナが位置を確認する。
そこには確かに敵将と思しき大きな個体と上位種が複数固まっていた。
「・・・リサ、どんぴしゃりです」
「・・・どうやらリサのセンサー能力が一段階上がったようですね。エアリアルと連絡を取ってください。それにイェーガーの後詰にも。一気にケリをつけますよ」
リサが自信に満ちた笑顔で、不敵に笑った。
***
アルフィリースは戦場の空気が変わったことにいち早く気付いた。左翼の進撃が異様なまでに早い。何が起きたかはまだわからないが、おそらくはリサが何かやっていると想像をつける。
「(戦場で想定しないことが常に起こる――頭を柔軟に、一つの戦術にこだわらないこと)」
アルドリュースの兵法書にはそう書いてあった。だがこの変化はおそらく味方に有利になる。
右翼のカラツェル騎兵隊は相手の後陣まで突っきって抜けるところだった。まさに縦横無尽の疾走だ。抜けたらターシャに誘導させて、別の角度から再度突撃させる予定だった。あと一回は敵陣を突っ切ることができると、オーダインは自信をもっていた。
左翼は多少遅れているが、その分相手を殲滅に近い状態で追い込んでいる。正面からはグルーザルドが既に半分程度にまで相手陣を押し込んでいたが、さすがに速度が遅くなっている。敵の中ほどから後陣にかけては堅いようだ。
ここまでは予想よりもかなり良い展開だった。夕刻までに何とか敵軍を崩壊させることができればよいと考えていたが、まだ戦いが始まってから二刻程度しか経っていない。
局面が想定よりも早い。慎重に進めるか、それとも一気に食ってしまうか。
「敵の大将は後陣の半ほどか、それとも右翼側に移動したか・・・さて、どちらかしら」
アルフィリースが決めあぐねていると、リサが作ったであろう結界が作動した。今まで見た中では一番の大きさ。リサが作れるはずの結界よりも、はるかに大きく戦場を丸ごとすっぽりと覆っていた。
夏に雪が降るかのごとくセンサーの塊が雪のように舞い散ると、その中で一番大きな輝く雪が相手の後陣右奥に落ちた。
アルフィリースはその意味を瞬時に理解し、飛び出した。
「コーウェン、本陣からの指揮は任せるわ」
「大将を自ら討つので~?」
「いえ、おそらくはまだ一波乱、二波乱あるはずだわ。私が直接行くのが一番確実よ」
「団長の直感に従います~いってらっしゃいませ~」
コーウェンが深々と礼をすると、アルフィリースはターシャに旗信号で命令を下しながら、自らはアンネクローゼの騎竜アルロンに飛び乗った。アルロンは気位の高い竜だが、かつてアルロンの姉竜であるドーチェを助けたことを、忘れてはいない。アンネクローゼに言われてアルフィリースと共に本陣で控えていた時も、大人しくその出番を待っていた。
そしてアルロンの手綱を引くと、一気にアンネクローゼの傍に飛びあがった。
「アンネ、大詰めよ!」
「もうか? まだ陽は傾いてもいないが、敵本陣を一気に殲滅するのか?」
「思ったよりも遥かに順調だけど、討ち漏らしはしたくないわ。予定通り行きましょう」
「わかった、竜騎士たちを散開させる。私は彼を迎えに行く」
「お願い!」
アンネクローゼはここまでの予想される展開を、アルフィリースから聞いていた。最初はそんなに上手くいくものかと考えたが、あまりに想定通りに進むのでうすら寒くなったほどだ。
これでアルフィリースが親友でなかったら、妄想癖のある女として遠ざけるほどの戦術だったが、現実はそれをさらに上回っていた。アルフィリースの指揮なら勝てる。確信をもったアンネクローゼは、次の局面に向けて竜騎士たちに命令を下した。
続く
次回投稿は、9/9(木)13:00です。