表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2227/2685

百万の魔物掃討戦、その7~前哨戦⑦~

「敵が圧倒的大軍の場合、突出した戦力は包囲して削られます。突っ込んだブラックホーク、カラツェル騎兵隊の外から敵が回り込もうとしていますね?」

「む、たしかに」


 ドライアンはそうなっている戦況を読めていなかった。どうしてそうなるのか。ふと今までも自分の戦いを考えると、数では同数、あるいは優位の戦場しか経験していないことに気付く。グルーザルドは獣人の国では最大戦力。そして蛮族との戦いでは、数は多くとも敵同士は協力はしなかった。つまり、各個撃破が可能だったのだ。

 もし自分が指揮を執っていれば、あの中央で包囲されているのか。そんな冷や汗が一つ、ドライアンの背筋をつたう。

 その不安を払拭するようにドライアンが提案する。


「ではあの包囲する戦力を我々で――」

「それは駄目です」

「またか!」


 ロゼッタが思わず吹き出した。ドライアンをこれほど手玉に取れる人間は、アルフィリース以外にいないだろうと考えると、まったく自分はとんだ女を選んだものだと、幸運に感謝するしかない。

 アルフィリースはロゼッタに命令し、旗信号を変えた。


「右翼は空から、左翼はエアリアル率いる騎馬部隊にやらせます」

「空から?」

「何のために飛竜の部隊を借りてきたと? グルーザルドの出番は次です。そろそろ準備させておいてください。体が冷えているのでは?」

「そんな軟弱な者は我が軍にはおらぬが――」


 ドライアンが自軍に目をやると、戦いに興奮する者もいれば、欠伸をしている者もいた。ドライアンは丘から一吠えすると、びくりとして急に屈伸を始める者がいた。王たる自分よりも獣人のことを理解しているアルフィリースが、ロゼッタに命じて信号で竜騎士たちに命令を下す。

 アルフィリースの指揮の下、アンネクローゼ率いる飛竜部隊の一部が五組一列横列となり、包囲しようとするオークの群れを火線で薙ぎ払った。何の前触れもなく火だるまとなったオークたちは混乱し、互いにぶつかりながら逃走しようとするところに向けて、アンネクローゼの無慈悲な命令が下される。


「第二波、放てぇ!」


 指揮官らしきオークが再度軍を立て直そうとしたところへ向けて、もう一度炎が降り注いだ。ドライアンがそれを見て唸る。


「むうぅ、直に見るのは初めてだが、想像以上の迫力だな」

「あの飛竜の炎は無限ではないわ。それでも、頭上から高速で飛来して浴びせられる炎に取れる戦術は限られる。グルーザルドならどう対抗するかしら?」

「・・・塹壕を掘ってやり過ごすしかないだろうな、我々には軍単位で使える飛び道具がないし、飛竜には生半可な飛び道具は効くまい。幸いにして速度はないから見てから躱すことはできるだろうが、四方から包囲されたら終わりだ」

「飛竜が空中で衝突する可能性があるから、四方から火を吹かれることはないでしょう。ただし、十字砲火はあり得ると思うわ。それらが最大3万いるそうよ」


 3万の飛竜が空を埋め尽くす光景に、ドライアンはうすら寒い思いをした。


「・・・なぜローマンズランドは大陸に覇を唱えなかったのだ?」

「戦力は十分すぎるでしょうけど、飛竜の世話、営巣地からの距離、飼育条件などまだ知らないことがあるのでしょうね。それに広大な土地を手中にしても、維持できなければ意味がないわ」

「歴代の王は賢明だったのか」

「あるいは愚かだったのか。ただ良くも悪くも、並だった可能性はあるわね」

「スウェンドルは違うと?」

「少なくとも、愚かな王を演じていると思っているわ。本当に愚かなのかどうはか、後の歴史が評価してくれるでしょう」


 アルフィリースが焼けて転がり回るオークの群れを見ながら、三度目の飛竜が火を吹くころ、左翼ではエアリアル率いる大草原の部族の部隊がオークを蹴散らしていた。

 ブラックホークがいかに勢いがあるといえども、所詮は小勢。彼らが千、二千と蹴散らそうが、それらを踏みつぶして後詰めが現れる。

 だが軍の体を成してはいないところに、エアリアル率いる部族の部隊が矢の雨を降らせた。


「突っ込め! デカい豚狩りだ!」

「ウーラー!」


 エアリアルの指揮の下、500の騎兵は小さく別れながら塊の中央に陣取るオークの首を次々と取った。特にエアリアルの弓矢の射程は普通の兵士の倍以上。オークの指揮官たちは視界の外から飛んで来るエアリアルの矢に、意図せぬまま次々頭を射貫かれていった。

 部族の部隊が切り崩したころ、敵軍の動きが変わった。軍を正面に突撃させるのではなく、下り坂になっている正面を捨て、左右を分厚くして前進してきたのだ。当然、中央にいたオークたちは左右に分かれて斜めに進軍することになる。

 アルフィリースが叫んだ。


「ここだっ! グルーザルド軍、総員突撃準備!」

「来たか!」


 ドライアンが直垂を脱ぎ捨てる。その筋肉は隆起し、血管が浮き出て突撃の命令を待っていた。それと同時に、グルーザルド軍が総勢前傾姿勢になった。

 アルフィリースがさらに叫んだ。


「フェンナに指示を! 茶色の旗を振って!」

「よし来た!」


 ロゼッタが旗を振ると、フェンナがそれを見て命令を下す。


「橋を架けます! 魔術展開!」


 予めシーカーとエルフの陣の前に準備しておいた魔法陣を起動させると、土壁となっていた部分がさらに伸び、伸びきった壁はゆっくりと敵軍の方に傾いてそのまま橋となった。

 ドライアンが「得たり」とばかりに凶暴な笑みを浮かべた。


「なるほどな、あとは我々が好きにやらせてもらうぞ!?」

「ええ、存分に食い尽くしてください」

「その言葉、わかっているではないか!!」


 ドライアンが丘の上から猛然と駆けると、思い切り跳躍した。丁度丘の下で待機していた自軍の先頭に立つと、拳を天に向かって突き上げた。


「言葉は不要だ、狩り尽くせぇええええ!」

「アァアアアア!」


 ドライアンの咆哮に呼応してグルーザルド全軍が叫ぶ。大地を揺らすような大歓声に、アルフィリースが額を叩く。


「もうっ、静かに突撃してほしいんだけどなぁ。せっかく隙を作ったのに、相手が対応したらどうするんだか――」


 その心配は杞憂に終わる。ドライン率いるグルーザルドの突撃は、馬よりも速く敵陣に到達し、左右に展開しようとするオークたちの横っ腹を突いたのだ。

 オークの一匹はグルーザルドが橋を渡ってくるのに気付いたので、指さしながら仲間に声をかけた。そして振り返った時には、既にグルーザルド軍の牙の間に、自分の頭が収まるところだった。



続く

次回投稿は、9/7(火)13:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ