百万の魔物掃討戦、その7~前哨戦⑦~
「敵が圧倒的大軍の場合、突出した戦力は包囲して削られます。突っ込んだブラックホーク、カラツェル騎兵隊の外から敵が回り込もうとしていますね?」
「む、たしかに」
ドライアンはそうなっている戦況を読めていなかった。どうしてそうなるのか。ふと今までも自分の戦いを考えると、数では同数、あるいは優位の戦場しか経験していないことに気付く。グルーザルドは獣人の国では最大戦力。そして蛮族との戦いでは、数は多くとも敵同士は協力はしなかった。つまり、各個撃破が可能だったのだ。
もし自分が指揮を執っていれば、あの中央で包囲されているのか。そんな冷や汗が一つ、ドライアンの背筋をつたう。
その不安を払拭するようにドライアンが提案する。
「ではあの包囲する戦力を我々で――」
「それは駄目です」
「またか!」
ロゼッタが思わず吹き出した。ドライアンをこれほど手玉に取れる人間は、アルフィリース以外にいないだろうと考えると、まったく自分はとんだ女を選んだものだと、幸運に感謝するしかない。
アルフィリースはロゼッタに命令し、旗信号を変えた。
「右翼は空から、左翼はエアリアル率いる騎馬部隊にやらせます」
「空から?」
「何のために飛竜の部隊を借りてきたと? グルーザルドの出番は次です。そろそろ準備させておいてください。体が冷えているのでは?」
「そんな軟弱な者は我が軍にはおらぬが――」
ドライアンが自軍に目をやると、戦いに興奮する者もいれば、欠伸をしている者もいた。ドライアンは丘から一吠えすると、びくりとして急に屈伸を始める者がいた。王たる自分よりも獣人のことを理解しているアルフィリースが、ロゼッタに命じて信号で竜騎士たちに命令を下す。
アルフィリースの指揮の下、アンネクローゼ率いる飛竜部隊の一部が五組一列横列となり、包囲しようとするオークの群れを火線で薙ぎ払った。何の前触れもなく火だるまとなったオークたちは混乱し、互いにぶつかりながら逃走しようとするところに向けて、アンネクローゼの無慈悲な命令が下される。
「第二波、放てぇ!」
指揮官らしきオークが再度軍を立て直そうとしたところへ向けて、もう一度炎が降り注いだ。ドライアンがそれを見て唸る。
「むうぅ、直に見るのは初めてだが、想像以上の迫力だな」
「あの飛竜の炎は無限ではないわ。それでも、頭上から高速で飛来して浴びせられる炎に取れる戦術は限られる。グルーザルドならどう対抗するかしら?」
「・・・塹壕を掘ってやり過ごすしかないだろうな、我々には軍単位で使える飛び道具がないし、飛竜には生半可な飛び道具は効くまい。幸いにして速度はないから見てから躱すことはできるだろうが、四方から包囲されたら終わりだ」
「飛竜が空中で衝突する可能性があるから、四方から火を吹かれることはないでしょう。ただし、十字砲火はあり得ると思うわ。それらが最大3万いるそうよ」
3万の飛竜が空を埋め尽くす光景に、ドライアンはうすら寒い思いをした。
「・・・なぜローマンズランドは大陸に覇を唱えなかったのだ?」
「戦力は十分すぎるでしょうけど、飛竜の世話、営巣地からの距離、飼育条件などまだ知らないことがあるのでしょうね。それに広大な土地を手中にしても、維持できなければ意味がないわ」
「歴代の王は賢明だったのか」
「あるいは愚かだったのか。ただ良くも悪くも、並だった可能性はあるわね」
「スウェンドルは違うと?」
「少なくとも、愚かな王を演じていると思っているわ。本当に愚かなのかどうはか、後の歴史が評価してくれるでしょう」
アルフィリースが焼けて転がり回るオークの群れを見ながら、三度目の飛竜が火を吹くころ、左翼ではエアリアル率いる大草原の部族の部隊がオークを蹴散らしていた。
ブラックホークがいかに勢いがあるといえども、所詮は小勢。彼らが千、二千と蹴散らそうが、それらを踏みつぶして後詰めが現れる。
だが軍の体を成してはいないところに、エアリアル率いる部族の部隊が矢の雨を降らせた。
「突っ込め! デカい豚狩りだ!」
「ウーラー!」
エアリアルの指揮の下、500の騎兵は小さく別れながら塊の中央に陣取るオークの首を次々と取った。特にエアリアルの弓矢の射程は普通の兵士の倍以上。オークの指揮官たちは視界の外から飛んで来るエアリアルの矢に、意図せぬまま次々頭を射貫かれていった。
部族の部隊が切り崩したころ、敵軍の動きが変わった。軍を正面に突撃させるのではなく、下り坂になっている正面を捨て、左右を分厚くして前進してきたのだ。当然、中央にいたオークたちは左右に分かれて斜めに進軍することになる。
アルフィリースが叫んだ。
「ここだっ! グルーザルド軍、総員突撃準備!」
「来たか!」
ドライアンが直垂を脱ぎ捨てる。その筋肉は隆起し、血管が浮き出て突撃の命令を待っていた。それと同時に、グルーザルド軍が総勢前傾姿勢になった。
アルフィリースがさらに叫んだ。
「フェンナに指示を! 茶色の旗を振って!」
「よし来た!」
ロゼッタが旗を振ると、フェンナがそれを見て命令を下す。
「橋を架けます! 魔術展開!」
予めシーカーとエルフの陣の前に準備しておいた魔法陣を起動させると、土壁となっていた部分がさらに伸び、伸びきった壁はゆっくりと敵軍の方に傾いてそのまま橋となった。
ドライアンが「得たり」とばかりに凶暴な笑みを浮かべた。
「なるほどな、あとは我々が好きにやらせてもらうぞ!?」
「ええ、存分に食い尽くしてください」
「その言葉、わかっているではないか!!」
ドライアンが丘の上から猛然と駆けると、思い切り跳躍した。丁度丘の下で待機していた自軍の先頭に立つと、拳を天に向かって突き上げた。
「言葉は不要だ、狩り尽くせぇええええ!」
「アァアアアア!」
ドライアンの咆哮に呼応してグルーザルド全軍が叫ぶ。大地を揺らすような大歓声に、アルフィリースが額を叩く。
「もうっ、静かに突撃してほしいんだけどなぁ。せっかく隙を作ったのに、相手が対応したらどうするんだか――」
その心配は杞憂に終わる。ドライン率いるグルーザルドの突撃は、馬よりも速く敵陣に到達し、左右に展開しようとするオークたちの横っ腹を突いたのだ。
オークの一匹はグルーザルドが橋を渡ってくるのに気付いたので、指さしながら仲間に声をかけた。そして振り返った時には、既にグルーザルド軍の牙の間に、自分の頭が収まるところだった。
続く
次回投稿は、9/7(火)13:00です。