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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その6~前哨戦⑥~

「ビギャアアア!」

「ブゴォオオオ!」


 戦いの喧騒とは、オークたちの悲鳴でしかなかった。ヴァルサスが大剣を振るうたび、オークの首が十近くまとめて空を舞う。狂奔するオークたちすら震え上がらせる狂獣の戦いぶり。巨体を誇るオークの肉はヴァルサスの剣を妨げる障害にすらならず、武器も肉もまとめて粉砕するヴァルサスの剣。

 最初は鬨の声を上げながら突撃しようとしたブラックホークだが、あまりのヴァルサスの凄まじさに、ほとんど駆け足で彼の後ろをついて行くだけになってしまった。


「おらぁああ」

「わぁああ」

「お前ら、やる気のない声なら無理して出さなくていいぞ」


 無表情のベッツに窘められ、なんとなく声を出していたマックスとレクサスが声を上げるのを止めた。


「だって、それくらいしかやることがねぇじゃねえか」

「ヴァルサス凄すぎっす。狩る首がないじゃないっすか」

「と思ったら突然引き返してくるからよ、準備はしとけ。ヴァルサスだって人間なんだ。オークの200、300も狩りゃあ、いったん休憩を――」


 ベッツは言ってから足を止めたが、ヴァルサスの剣は勢いを止めることなく振るわれ続けた。先ほどの数はとっくに超えているのではないかと思えるほどの、死屍累々。ベッツは頭をかきながら、左右を見渡した。


「あー・・・じゃあ左右に展開すっか? 右はマックス、左はゼルドスが受け持って――」

「暇だ。私も戦っていいか?」

「この豚さんたち、貴方の敵?」


 ベッツの傍に舞い降りた天使のような黒衣の女性が2人。ヴァイカとチャスカはそれぞれ左右を見ると、ギラリと銀の瞳を輝かせた。


「チャスカ、勝負するか? どちらがオークをより多く倒すか」

「いいわよぉ。勝った方が今晩の褥を独占ね?」

「乗った」


 ヴァイカの武器がオークに飛来する。音速を超える武器が一直線に奔ると、遠くにいた将軍級の首を一瞬で飛ばしていた。

 反対では、オークたちが皺皺になって、見る間にしょぼくれて干からびていく。勝手に戦い始めた女たちを見て、ベッツがため息をついた。


「俺はまだ同意してないんだがなぁ?」

「・・・爺さん、毎晩幸せっすね」


 暢気なことを言ったレクサスに対し、諦めたような声を出したベッツ。


「何なら代わってみるか? どっちの機嫌を損ねても、一瞬で死ぬぞ? それが毎晩だ」

「・・・やっぱやめとくっす」

「お前も女は良く選べよ」

「俺は姐さん一択なんで、きっと大丈夫っす」

「その選択が十分危険だろうが」


 その直後レクサスとベッツの背後で空気の温度がすうっと下がったが、戦場の熱狂においてはそんな出来事は些事である。

 そして放射状にオークたちがなぎ倒されていくのを見ると、ブラックホークの面々は勝手に動き出していた。


「んじゃま、勝手にやりますか。後から突っ込む連中がやりやすいように」

「その方が俺たちらしいっちゃ、らしいわなぁ」

「5番隊の邪魔すんじゃねーぞ、ゴミ共よぅ」

「あら、一番のゴミクズに言われたくありませんわ」


 ファンデーヌがゲルゲダの耳にふっと息を吹きかけると、ゲルゲダは舌打ちしながら5番隊を率いて手当たり次第にオークを襲い始めていた。

 そしてゼルドス率いる4番隊がまだ健在なオーク共めがけて突撃し、ルイとレクサス、そしてファンデーヌもそれぞれ獲物を見つけて向かっていった。

 そしてマックスの1番隊だけが、冷静に戦況を見極めていた。


「さってと、放っておいても銀の戦姫の2人で決着はつくかもしれないが、できれば能率よく敵は狩っていきたいな。俺の恋人たち、敵の意識が集まる場所から潰していくか?」

「もちろんよ、坊や」

「だよねー」

「マックスさぁ、やっぱり黒髪の団長さんもマックスと同じ狙いだと思うんだよね」


 ラバーズの一人ペネローペが、頭上を見上げるとそこには戦場の様子を見ながら旋回で合図を繰り返す天馬騎士たちがいた。マックスはそれを見上げながら、ふむ、と小さく頷く。


「相当複雑な合図だぜ。数刻も見てりゃあ解析できるかもしれないが、今それをやる時間はねぇな。発想は同じだが、当然軍師なんだから相手の大将首を狙っているはずだ。現地の俺たちにできるのは、効率よく敵の指揮官を潰していくことだけだろうな」

「この数相手にぃ?」

「疲れる~」

「まぁそう言うな」


 ラバーズたちは作戦前に弱音を吐いたが、マックスが彼女たちを激励して動き出した。敵の解析をするなら、軍が相手だろうとすべて同じ。規模は大きいが、相手の魔術の影響もそろそろ切れるはず。

 後退が始まれば、魔物だろうが人間だろうが、行動にさしたる差はない。マックスは相手の行動を見ながら、敵の弱い所を切り崩すために動き始めた。


「お、速度が上がりましたね」


 全体の回復と強化魔術で補佐をしながら、ゆっくりと後をついていくグロースフェルドが仲間たちの動きの変化に気付いた。

 1番隊が稼働し始めると、今度は畏怖を与える戦い方から、一点突破に変わる。的確に相手の指揮官を潰し、最短距離で大将の喉元に迫る戦い方だ。

 1万程度の軍隊が相手なら、これだけで片がつく。ヴァルサス、ミレイユ、ベッツが先頭を行くだけで、ほぼ無人の野を行くような戦いになるからだ。半日とかからず、大抵は大将首を取って終わるのがブラックホークの戦争だ。


「しかし、今回は相手の規模が違いますからね。さすがに半日では無理だと思いますが・・・あのアルフィリースはどう考えているやら」


 グロースフェルドはちらりと丘の上にいるはずの女剣士の方向を見ていた。

 そのアルフィリースは全体の戦況を見つめていた。ここまでは予想通り。正面突破をかけてくる相手軍はほぼ完全に壊滅させ、左右の展開も優勢。右翼のカラツェル騎兵隊は相手偉人の半ば以上にまで切り込んでおり、左翼のブラックホークが手当たり次第に蹴散らしていたが、徐々に食い込み始めていた。

 それぞれの傭兵団が切り込んだ後で、イェーガーの後続が徐々に陣を押し上げて残敵を相当している。敵の被害は既に2万を超えているだろう。


「緒戦は順調すぎる・・・となると、次は」


 アルフィリースの予想通り、敵は動き始める。数を活かして、さらにこちらを取り囲むように動き始めたのだ。

 まだ相手の軍は圧倒的に数で勝っている。数で有利なら囲んで戦う。兵法の上等手段だ。


「左右の傭兵部隊の突撃力がありすぎるのが問題か。包囲殲滅は避けたいけど、この勢いは削ぎたくない」

「出番か」


 ドライアンがアルフィリースに声をかけた。どうやらそろそろ痺れを切らしているようだ。そのドライアンに、笑顔で返すアルフィリース。


「違います」

「な、何ィ?」


 がっくりと肩を落とすドライアンに、アルフィリースは指差して戦況を説明した。



続く

次回投稿は、9/5(日)13:00です。

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