百万の魔物掃討戦、その5~前哨戦⑤~
≪荒れ狂う氷槍の雨≫
≪炎竜演舞≫
≪死風暴発≫
クローゼス、ミュスカデ、ラーナがそれぞれ練りに練った魔力で大魔術を放つ。そしてオークの群れを飲み込み、クローゼスとミュスカデの魔術がぶつかったところで大爆発が起きた。
さらに氷が一部蒸発して霧となると、そこにラーナの魔力が合流して辺り一面が霧に覆われる。全てではないが、突撃していた前衛の半分以上が霧に包まれ、視界を失った。
もちろん、魔術で強化された軍隊がそれしきで前進を止めるはずがない。後から後から進行してくる彼らは、前で何が起きていてもそれで足が止まるほどの理性を残されていない。
そして、先頭のオークが壁に突き当たった時に、初めて異常に気付いた。
「ブガッ!?」
「ギャヒッ!?」
槍衾ごと人間を潰そうと考えていたオークが突き刺さったのは、土の壁だった。魔女3人の魔術で視界を奪ったあとで、シーカー達が発動させたのは「土壁」の逆魔術。
「地盤沈下」とも少し違う魔術を開発したのは、もちろんアルフィリース。事前にアースウォールの詠唱を変形させて地面をなだらかな坂とし、上には薄い地面を作っておいて目くらましをする。霧が出現すると同時にそれを崩壊させて、イェーガーに向かっていると勘違いさせたオークの群れを壁に激突させた。ご丁寧に地面には油を、壁には棘を用意して。
オークたちは壁を登る暇もなく、油で滑る坂を戻ることもなく、加速のついた後続に潰され、どん詰まりとなった下り坂は阿鼻叫喚の渦となった。その光景をのぞき込んだ守備隊は思わず吐き気を催したが、すぐに中隊長たちの鋭い声が飛んで来る。
「容赦するな、油を流せ!」
傭兵たちが一斉に大量の油を流し、火を投げ入れると、盛大な炎が燃え上がった。そうでなくともオークたちの体には油脂が多い。火をつければよりよく燃えるのだ。
どんづまりとなったオークは潰れ、燃え、その後ろからはさらに油で転げながら加速のついたオークが続き、それらも次々燃える。霧に包まれた軍隊は止まることすらできず、気付いた時には自ら死地に飛びこんでいた。
「すげぇ・・・」
「悪夢みたいな光景だな」
炎が勢いを増し、オークの腐臭が戦場に漂う頃、兵士たちのざわめきが大きくなる。
「奴ら、登ってきてないか・・・?」
「この炎の中をか?」
いかに燃えていようが、燃え尽きるまでには時間がかかる。燃え盛るオークの死骸は堆積し、そこを足場に燃えながらオークたちが迫っていた。
「まずいですよ、隊長! あいつらが――」
「狼狽えるな! 団長の予想通りだ!」
「シーカー、エルフ部隊、前へ!」
フェンナの号令が聞こえると、総勢500のシーカーとエルフが一斉にアースウォールを唱え、壁が追加された。これにも詠唱にはアルフィリースは手を加え、直角以上の斜度になるように魔術を組み上げた。
オークたちはそれでも突撃しようとするのだが、その度に絶望という名の壁がシーカー達によって追加される。さらにその壁には人間の魔術士たちが「隧道」の魔術で小さな穴を開け、そこから弓矢や槍で攻撃できるように工夫を凝らしていた。
「砦の壁を魔術で構築する様なものか」
「魔術士が多い我々イェーガーならではだな」
もちろん魔術で創った坂にも壁にも、左右の端がある。15万の軍勢ともなれば当然坂だけでは処理できず、また魔術がかかっていない理性を残したオークたちが左右から回り込んできた。
ただ、そこが正解とは限らない。
「蹴散らせぇ!」
右翼で展開される、メルクリードとオーダインが先頭を駆けるカラツェル騎兵隊の全力の突撃。一瞬でオークたちを踏みつぶし、当たるを幸いとばかりになぎ倒す。
メルクリードは一撃でオークを突き刺しては天に投げ上げ、オーダインは目にも止まらぬ槍捌きで、槍の届く範囲のオークを一匹たりとも逃がさない。
それでも後から後から続くオークたち相手には勢いも衰えるのだが、さっと先頭の赤騎士と黒騎士の部隊が割れると、今度は茶騎士の重騎馬と、青騎士の紫騎士の波状攻撃が加わった。
突撃、防御、牽制を繰り返しながら、左右は緑騎士たちが守り、紫騎士たちが支え、黄色騎士が薙ぎ払い、一介となったカラツェル騎兵隊は止まることなく突撃した。
なまじ理性を残しているだけに、彼らの突撃をあえて阻もうとするオークはおらず、逃げようとするものには黄騎士部隊の矢が容赦なく降り注ぐのだ。
「タタカエ! ニゲルナァ!」
魔獣の上から喚き散らす隊長級の口を、青騎士ロクソノアの投げ槍が塞いだ。また一際大きい重戦士の装備をしたオークは茶騎士ゴートに潰され、魔術士級は黄騎士ヴァランドの矢に射抜かれ、僧侶級が駆け寄ったところで紫騎士リアンノの魔術が首を吹き飛ばした。
見かねた将軍級が、武器を手に魔獣の背を飛びおりる。
「仕方あるまい! この第十一軍団長、暴虐のハイム――」
名乗りは途中で終わった。カラツェル騎兵隊よりも速く単騎で飛びこんでいた緑騎士フォーリシアが、その首を刎ねていた。馬を使わない、騎兵隊らしからぬ突撃。そして気配を消しての一撃。魔物たちは戦場の興奮で、誰も彼女の存在に気付いていなかった。
「特別給金、いただきました。えーと、暴虐のハム、さん?」
フォーリシアの勘違いで名乗りすら上げられなかったオークは、豚野郎という蔑視用語で名を歴史に記録することになる。フォーリシアが将軍級の首を取るころ残党が騎兵隊に飲み込まれ、フォーリシアは自分の隊が馬を連れて来たところで飛び乗って、自然に部隊に合流した。
カラツェル騎兵隊は部隊を元から2つに分けており、前衛が疲れて来るにしたがって後方に備えさせたもう半数の騎士たちと位置を入れ替え、さらに相手陣の奥へと突撃していった。
そして反対の左翼では――
続く
次回投稿は、9/3(金)14:00です。