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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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百万の魔物掃討戦、その4~前哨戦④~

「キサマ、ヨクモ!」

「ほう、一人前に怒るか」


 将軍級が魔獣の脚を早め、怒りの咆哮と共に突撃してきた。呼応するようにエアリアルも正面から挑む。将軍級の腕の筋肉が盛り上がり、鉄製の大鉈が振りかぶられた瞬間、エアリアルは一気にシルフィードの速度を上げた。

 一段階どころか、一気に三段階。まさに風と化したエアリアルとシルフィードを将軍級は見失い、大鉈を振り上げた体勢のまま交錯した。

 エアリアルがシルフィードの速度を落としてゆっくりと振り返り、槍についた血を振り払うと同時に、ゆっくりと将軍級の首が落ちた。

 忘れたように吹きあがる血飛沫に一瞥もくれず、エアリアルがその首に槍を突き刺し、高々と掲げた。


「敵将、討ち取ったり!」


 エアリアルの勝鬨に応えるように、イェーガーとグルーザルドの兵士たちが歓声を上げた。魔物の軍隊には動揺が走るが、その動揺が軍の奥の方から沈静化されるのをリサが逃さない。


「中央奥・・・やや左ですね」


 魔物の軍の動揺はすぐに怒りへと変わり、それぞれが前を向いて構え始めた。空気の変化を感じ取ったアルフィリースは、ロゼッタに旗を振らせる。


「エアリアルを引き上げさせて。予定通り半月の陣で受けるわ」

「あいよっ!」


 ロゼッタの旗の動きを見てエアリアルが引き上げる。そしてリサからの合図を見て、アルフィリースが少し顔をしかめた。当然、ロゼッタもその表情を見ている。


「アルフィ、どうした? 予定外の事態か?」

「予定の範囲ではあるわ。ただしあまり歓迎できない」

「歓迎できない?」

「相手の実力が、私の想定している中ではかなり上の方だわ。人間の指揮官にしても、かなりのやり手かもしれない」


 身体能力や耐久力に優れる魔物を、人間が退けられる最大の要因は何か。アルフィリースに限らず、常々傭兵も騎士も、戦う者は皆考えていることである。

 一つには協力と意思疎通。だがこれは魔物でも行うことが稀にある。それは本能であり、我欲によるもの。決定的に違うのは、歴史と文化の醸成である。彼らは体系的に築いた知識や技術を伝えるすべを持たない。

 その反動か、個体の自己進化が異常に早い。重圧がかかる環境でこそ、彼らは力を発揮し一足飛びに進化したとしか思えないほどの変容をきたす。なんなら、寿命さえ変わるのだ。通常なら数年のオークの寿命が、数十年にすら延びることがある。

 だから異常なのだ、『兵法』を知っている個体がいるなどとは。もちろんここまでの戦いで、同じような戦法を使う人間を真似ているだけかもしれない。だが一つ真似できないはずなのは、自分の意志を伝達する手段をこの軍の指揮官は備えている。人間の指揮官ですら、そこに着眼点を置いている者はまだほとんどいないにも関わらず、である。

 そしてリサから引き続き鏡で光を反射しての報告で、アルフィリースは確信する。指揮官が、陣形の中で移動していた。もう間違いない。野戦において、大将に的を絞らせないことの意味を知っている相手だ。


「(この戦いで生き残らせれば、人間の知性を超える化け物が生まれるかもしれない。ここで何としても、仕留めなければ)」


 そのことに気付いているのは、おそらく自分だけだろうとアルフィリースは静かに考えた。あるいは、直感でヴァルサスやドライアンはわかっているかもしれない。だから、彼らと同じ戦場にした。足を引っ張るかもしれないシェーンセレノとは、間違えても同じ戦場で戦いたくなかった。

 アルフィリースは自らも魔術で光を作り、ターシャに向けて合図を送る。上空からターシャはその合図を受けて、目を凝らした。


「えーっと、なになに・・・敵指揮官は向かって左奥から右奥へ移動・・・あれか」


 リサがセンサーで相手を捉えるなら、ターシャは上空から肉眼で敵を確認する役目だった。15万相当の軍でも、一際目立つ相手を捉えることをターシャの視力は可能にする。

 ターシャは天馬を操ってアルフィリースに合図を送った。正円を描くその動きで、アルフィリースに合図を伝える。


「よし、指揮官を補足したわ」

「そりゃ結構だが、どうやってそこまで行くんだ? 15万の軍団が突っ込んでくるぞ!?」


 オークの軍勢は足を踏みならし、武器を打ち鳴らし、歓声を上げながら士気を高める。そして法螺貝のような音を聞いたと同時に、僧侶級や魔術士級が一斉に魔術を行使した。


「狂化」

「奮起」

「暴走」


 オークに限らず人間でも行使する魔術でもって、味方の戦闘能力を向上させる。否、それは捨て駒としてより良く利用するための魔術にすぎない。

 言語体系をほとんど解せないオークでは、精霊の力を行使する魔術を使っても効果は知れている。だから訴えるのだ。精霊の力を介して、より自分たちの潜在能力を高める方向へと。それが無理なら、使い捨てにしてしまえばいい。

 平均的な人間よりも二回り以上大きな体躯を持つオークが、痛みも恐怖も感じない、暴走する肉弾丸となったどういう効果を生むのか。それを人間に知らしめるために、彼らは魔術を学んだのだ。


「ゲブラヴァアア!」

「ギィャァアアアア!」

「ブラォウウウウ!!」


 悲鳴とも咆哮とも取れぬ声で突撃を開始したオークの軍団。魔術で強化された個体を中心に、イェーガーに向けて爆走を開始した。

 対するイェーガーは、大盾を出して防御陣形を固める。その後ろでは――


「構え――撃てぇ!」


 隊長たちが一斉に叫び、空の色が一瞬黒くなるほどの矢が放たれた。常々改良を繰り返していたイェーガーの弓矢の飛距離は、通常の三倍。高低を利用すれば、五倍の距離に届く。一斉に放たれた矢は先頭のオークたちに命中し、その動きを鈍らせる。


「ブガッ!?」

「ゲヒィ?」


 無様な声と共に速度が緩んだオークたちは、後方から爆走する仲間に突き飛ばされ、踏みつぶされた。一度放たれれば止まらないのは、彼らも矢も同じだが、矢の雨は彼らを完全に止めるには及ばない。

 オークの群れに向けて、矢が二陣、三陣と放たれる。それでもオークたちの群れが止まることはない。オークの群れの先頭が近づき、迎え撃つべく大盾との隙間から槍が出てきた。槍衾如きで止まるものか――多くのオークたちがそう考えた時、大盾の間が突然開き、その隙間から輝く大魔術が放たれた。



続く

次回投稿は、9/1(水)14:00です。

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