百万の魔物掃討戦、その3~前哨戦③~
「団長・・・本気かよ?」
「どした、カナート」
隣のアマリナが不思議そうな顔をしている間にも、ヴァルサスとアルフィリースは幾度が言葉を交わし、ヴァルサスが頷いてその場を離れた。
ヴァルサスがブラックホークの面々を率いてその場を離れていく様子を見て、オーダインが興味深そうにアルフィリースに尋ねた。
「アルフィリース殿、我々には何か悪だくみはないのかな?」
「悪だくみだなんて、そんな。もちろんあります」
アルフィリースがオーダインに質問すると、オーダインはオークの軍勢を見て、少しだけ考える。
「4度・・・いや、3度かな。確実な、という意味では」
「わかりました、それで充分です。連携だけが肝ですね」
「しかし我々をそんな役回りに使うとはね。一つ貸しにしておくよ?」
「武功が上がったらお返しします。できればこの戦の中で」
「楽しみにしている」
オーダインもまた楽しそうな表情で丘を降っていった。彼の後には、一糸乱れぬ騎兵隊が続く。赤、青、黄、緑、紫、茶の鎧で身を固めた騎士たち。数の上ではそこまででもないのに、どの国の騎士隊よりも逞しく見えるから不思議だ。
そして困惑顔のドライアンである。その表情を見ると、アルフィリースは思わず笑っていた。
「どうしましたか、王よ」
「・・・自らの胸に聞いてみよ」
「仲間外れにされた気分だと?」
「身も蓋もない言い方をするな」
ぶすりとしたドライアンに指摘されたが、アルフィリースは全く悪びれない。
「心配せずとも、グルーザルドには存分に働いてもらいますとも。一人十殺の勢いが必要です」
「1人あたり2体で足りるだろう?」
「これも言っていませんが、敵の軍は推定で15万以上です。今更敵側の戦力増強を話題にしてもしょうがないので、皆の前では言いませんでしたが」
「・・・そんなに急激に増えたのか」
ドライアンの表情が一段階引き締まる。アルフィリースは頷く。
「人間側の動きを察知して戦力を増強したのでしょう。あるいは他のオークたちと決着をつけるつもりだったのか。私はオークだけで10万と言いました。魔王ともなれば他の魔物も取り込みますので、それだけの格を備えた大将がいるのでしょう」
「ここで叩かねば、取り返しがつかないな?」
「ええ、実はこの合従軍はタイミング的にもギリギリです。割と危険な状況ですね。さすがにこの数の魔物が命も惜しまず突撃すれば、隘路も抜かれるでしょう。その先に待つターラムはさしずめ、彼らにとっては苦労した後のご褒美でしょうか」
彼らがターラムに到着した時に想定される惨劇を考え、アルフィリースの表情も引き締まった。そしてアルフィリースは背後に控えるイェーガーの隊長格に向けて手招きする。そこから歩いてきたのは、大きな旗を複数持ったロゼッタ。その表情は緊張で固まっている。
「さ、ロゼッタ。出番よ」
「うぅ~本当にやるのかぁ? アタイがこんな大役をやるとか、さすがに胃が痛ぇ」
「これだけの大軍だからよ。引き上げ合図は太鼓だけど、軍の指揮は丘の上から旗でやるわ。単純な合図にしたから大丈夫でしょ。指示は私が出すのだし」
「だからってよぅ~いくら旗がデカいからって、力があるだけならダロンでもいいじゃねぇか~」
ロゼッタが珍しく弱音を吐いたので、アルフィリースがその背を優しく叩いてやった。
「ダロンはやはり戦士なのよ。私がいない時に、いざという時の引き際を判断できるのはロゼッタだけ。それに戦場の経験が一番豊富なのもロゼッタ。大丈夫よ、失敗しても誰もロゼッタ以上には上手くできないんだから。何かあったら2人で首をくくりましょう」
「慰めになってねぇ!」
むむぅ、と唸るロゼッタがだが、深呼吸を何度かすると頬を叩いて気合を入れ直した。
「うっし、しゃあねぇ! やるか!」
「その調子。では始めるわ」
「うむ、俺からも頼むぞ」
「獣人の王様にまで頼まれちゃ、しょうがねぇ」
ロゼッタが大きな赤い旗を左右に振ると、陣内に太鼓が鳴り響いた。それに合わせて、鬨の声が上がり始める。それに呼応するように天馬と飛竜が空に上昇を始め、馬蹄の響きが聞こえてきた。
同時に、相手の陣からもオーク共の叫び声が張り上がり始めた。その歓声はさざ波が大津波に変わるように、やがて地鳴りのように響き、その声の大きさに青ざめる傭兵も出始めた。
当然、その大きさは丘の上にいるアルフィリースにも伝わる。敵の士気の高さも、人間を殺し慣れているという自信も。だからこそ、正面から駆逐するべき。戦っても勝てないと、力づくで教え込む必要があるのだ。
この時丘の最前列にいるアルフィリースがどのような表情をしていたのか見ている者は誰もいなかったが、敵が見ていたら自陣の指揮官と思わず見比べていたであろう。魔王たるべきは、どちらなのかと。
アルフィリースは敵軍の士気の高さを見たうえで、一度頷いた。
「さすが大軍。声の大きさでは勝てないわ」
「どーすんだ、これ」
「私たちは実利を取る。声が大きいのなら、黙らせるまで。合図を」
アルフィリースの指示でロゼッタが赤い旗を回し始めた。それと共に進み出たのはエアリアル。愛馬シルフィードに乗ったエアリアルは、前進を白と緑の戦装束で包んでいた。この戦いのために拵えたものである。
そのエアリアルが一騎で進み出ると、馬上から大声量で敵陣に呼びかけた。
「聞けぇ!」
風の魔術も使用したエアリアルの大声量は、オークたちの歓声を突き抜けて彼らを黙らせるほどに轟き渡る。
エアリアルは槍を右手に持ち、左手を腰に当てて居丈高に呼びかけた。
「我は天翔傭兵団、突撃隊長エアリアル。誰ぞ、我と一騎打ちをする度胸のある猛者はいるか!?」
エアリアルの声に応えるように、オークの中から大型の四足歩行のトカゲのような魔獣に乗ったオークたちが複数現れた。特に最後に現れた者は体も魔獣も一回り大きい。隊長級複数と将軍級が一体。エアリアルは釣れた獲物に満足し、ぎらりと目を光らせた。
相手が女だと見て取ったオークの一人が口元を歪め、我先とばかりに手持ちの大剣を構え、魔獣の尻を叩いた。
「ブガァアア!」
「その意気やよし、が」
エアリアルは悠然と待ち受けた。そしてオークが大剣を振り下ろす瞬間だけ、シルフィードがさもつまらなさそうに鼻を鳴らし、後ろ足を軸にひらりと回って躱し、通り過ぎたオークの後ろ首めがけてエアリアルが槍を一閃した。
宙高く舞うオークの首と共に、涼しい顔のエアリアルが言い放つ。
「稚拙だぞ」
鮮やかな一撃に、味方から歓声が上がった。それを見た隊長級たちが色めき立つ。
「ガァアアア!」
エアリアルの挑発に、他の隊長級たち4騎が同時に魔獣の尻を叩いた。今度はエアリアルもシルフィードの横腹を蹴り、動かす。そして味方にはまだ出ぬよう、手で押しとどめた。
エアリアルは味方の布陣に沿うようにシルフィードを走らせたが、明らかに速度を抜いていた。オークが駆る魔獣は亜竜のように強靭だが脚は遅く、シルフィードは駆け足程度で十分に距離を保つことができることを見ると、エアリアルはさらに合図をシルフィードに送って速度を落とさせる。
彼我の距離を見ながら、エアリアルが背中の手裏剣を四本同時に空中に放った。オークたちが何事かと思って視線を外した隙に、エアリアルはシルフィードの上で180度回転して矢を放っていた。
矢が隊長級の先頭を駆ける魔獣の鼻先を射ると、魔獣が前足を上げて叫んだ。操作を失った隊長は落下し、他の隊長たちもその場で魔獣を止めて足が止まる。その瞬間、空を舞っていた手裏剣が飛来して隊長たちの首を刎ねた。
かろうじて生き残った隊長一体も、エアリアルが放った矢が無慈悲に眉間を貫いた。それを背後から迫る将軍級が見て吠える。
続く
次回投稿は、8/30(月)14:00です。